第33話 討伐、巨大影喰い

「「うわああああああ!!!!」」

『グオオオオオオオ!!!!』


 で、景気よく啖呵は切ったものの、正面からやり合う勝算など無く、ただいま全速力で逃亡中である。


「何一つ! 面白く! なんか! ねぇっ!!」

「うるさいぞ、黎」


 四足で駆ける巨大な狼型影喰いは、殺意十分といった獰猛な鳴き声を晃陽の耳朶に打ち続けている。


「晃陽、犬野郎が飛び出してきてるぞ!」


 さらに、小型の影喰いも集まってきていた。さしずめ子分と言ったところか。


「ここは、奴の、狩場だっ。俺たちを、油断させ、おびき寄せていたんだッ」


 疲れはしないが、息は切れる。一言ずつ発話した晃陽に「お前の! 妄想が! 珍しく! 当たったな!!」と、左隣から黎が叫んだ。


 東洋フィルムの敷地から逃げ出したいのはやまやまだが、どんどんと工場の奥、行き止まりに追い詰められていく。狼型影喰いの統率力は二人の想像以上だった。


「晃陽!」

「なんだ?」

「このままじゃヤバい。二手に分かれるってのはどうだ?」

「却下だ」


 黎に影喰いが付いて行ったら、彼には為す術がない。


「俺が囮になるってのは―――」

「ダメだ」


 晃陽は自分に言い聞かせた。考えろ。せめてあの狼を倒せば、突破口が開ける。


「来い、デイブレイカー」


 走りながら剣を呼び出す。


「勝ち筋は決まったか勇者さん!?」


 黎の余裕たっぷりな声。わざと煽って、考えさせたのか。晃陽は、非常時とは思えない親友の強かさに舌を巻きながら、ざっくりと作戦を説明する。


「見えるか、黎?」


 そう言って、美しく光る剣の光沢を、黎に見せる。鈍くではあるが、鏡のように、追いすがる影喰いたちを捉えられた。


「俺は目が悪い。デカブツが先頭に立ったら教えてくれ、近くの工場こうばに飛び込む」

「了解!」


 疑問は挟まず即断した黎が、走りながらじっと目を凝らす。


「―――今だ!」

「行くぞッ」


 近くにあった工場の、大きめの窓をたたき割る。黎がそこから腕を突っ込む。


「開けられるか」

「できそうだ、けど……!」


 立ち止まった二人を猛然と迫る狼型。猶予は十秒もない。


「開いたッ!!」

「よし」


 二人とも痩せ型だったので、開いた窓から同時に入れた。中は縦長の巨大な輪転機のようなものがあり、吹き抜けで二階建ての構造だった。


「黎は上にあがれ」

「分かった」


 またも一人残ろうとする晃陽に疑義を差し挟むことなく、黎が脱兎の如く二階に上る梯子に飛びついた。


『グオオオオオオオ!!!!』


 狼型が工場に顔を突っ込んだ。


 このときを待っていた。


「デイ、ブレイク、シュウウウウトオオオオオ」


 誰もが耳を背けたくなる技名を叫びながら、晃陽が逆手に持った剣を槍のように投げつけた。


 剣は軽い。

 的は大きい。

 疲労を感じないこの街では、筋肉も自在に動いてくれた。


『ガァ!?』


 剣が真っ直ぐに影喰いの眉間を貫く。だが、晃陽は満足しない。


「戻れ」


 剣を手に戻すと、再び投擲とうてきの構えをとる。


「デイ、ブレイクゥゥゥゥ……」

「それはもういい!!」


 梯子を上り切った黎が叫ぶ。


 大型ゆえに身動きが取れなかった影喰いは、三発目のデイブレイクシュート(笑)で倒れ、消滅した。


「やったな、晃陽!」

「まだだ。援護を頼むぞ、黎」


 雑魚の掃除が残っていた。


 そこからはボスを失い、動きに統一性を失った犬型や虫型の掃討戦だった。


 数が多かったので、晃陽も何回から手傷を負ったものの、黎の的確な援護射撃もあり、大事には至らず。


 体感で五分ほど戦い、敵を全滅させられた。


 見計らったように、遠くで、ゴーン、と、鐘の音。


「深淵にひそむ邪悪なる影よ、夜明けの光に滅せ……」


 決まった。とばかりにどこぞのゲームで見たような痛々しいポーズを取る晃陽の頭をスパーンと景気よく叩いてから、黎が言った。


「鐘が鳴ってる。早く帰るぞ」

「労おうという気はないのか、黎」


※※


 翌日。


 時間は進んで、既に放課後の部活タイムである。


「これで、向こうの明の身体が戻っていれば、決まりだな。俺たちは、声を出す影喰いを全部倒せばいい―――でも、やっぱりちょっと疲れるな」

「俺は平気だぞ、黎」

「東雲くんは授業中寝てたからでしょ。氷月先生がぐぅぐぅ言ってるあなたの息の根を止めたそうな目で見てたよ」


 凍り付いた晃陽の顔を見限って、明と黎は話を続ける。


「先輩、昨日の夜に父親と神隠しの時のことを話したんですけど―――」

「なにか分かったのか」

「やぁみなさん、やっているかな」


 会話の最中、顧問の氷月がいつも通りの朗らかな口調でやってきた。


「氷月先生」

「何かな、東雲くん」


 神妙な口調に対し、敢えて名字+君付けで接する凍てつく視線の男に気持ちが萎えかけた。が、晃陽は勇気を振り絞る。あの狼型と戦った時と同等か、それ以上の。


「俺には使命がある。今日は少々休息が必要だったんだ」

「ああ、そうか。なら今日のところは許そう。だが、次に俺の授業で寝息を立て始めたら、君がいけない情報海オーシャンに君のCTに入っている小学生時代の小説くろれきしを全編無料公開するから、そのつもりで」


 晃陽は、また一週間ほど影の街にこもりたくなった。

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