イミテーションヒューマン~宇宙人の成りすまし~

明歩進

第1章 未知とのランデヴー

第1話 青天の隕石(1)

「ピンポンピンポン。大正解」

 彼女はいつもと変わらぬ口振りで言った。


「今の私は宇宙人、だよ」



 ***



 四月一日、月曜日。

 もう三月も終わり四月だというのに、今年の春はお寝坊さんだ。

 三寒四温という言葉があるが、今年は五寒二温くらいである。


 俺はダウンジャケットを羽織りショルダーバッグを持って部屋を出ると、リビングに顔を出した。


「母さーん。ちょっと出掛けてくるー!」

 返事は無い。


『今日未明、世田谷区喜多見きたみで未確認飛行物体が相次いで目撃されました』

 リビングはニュースの音だけが流れていた。


 喜多見ってめっちゃ近所だ。俺は少し興味が湧くところだった。

 だが、この手のものは何かの見間違いだとか、最近では動画投稿者が再生数稼ぎで珍事を起こしたりだとか、どうせその類のものだろう。


 テレビには「視聴者投稿」とされる、謎の飛行物体が周囲に色鮮やかな光を放ちながら出鱈目でたらめに飛んでいる様子が映し出されていた。

 俺はそれを手の込んだことするなぁ、と冷ややかに眺めていたがそろそろ行くか、と心機一転し家を出た。こういうのはまともに興味を持つだけ時間の無駄だ。


 昼には元号発表の中継があるし、時代の節目となるその瞬間を自分の目で見たかった。まぁぶっちゃけミーハーってやつだ。


 俺は駅前の本屋を目指す。

 先日終わった冬アニメが面白かったので、その原作の漫画を買いに行くのだ。


「さむ……」

 とつぶやいても独り。

 早く帰って、暖房利かせた部屋でソシャゲでもやりたい。今日中にエイプリルフールイベ制覇しなきゃいけないし。


 のそのそと身を縮め込みながら歩いていた俺は、ふと自販機に目がいく。

 チビビタC。俺のガソリンだ。本屋のあとコンビニ寄るのもだるいし、買ってくか。


 ――と、自販機を眺めていた俺の目に飛び込むは、おしるこの赤い缶。

 卯月うづきはおしるこ好きだよな。多分、好きだろう。あいつ、和菓子に目が無いし。


 買ったチビビタとおしるこをほいほいっとかばんに入れると、俺は再び目的地へと目指す。


「Excuse me」

 俺は目的地へ目指す。


「Excuse me!!」

 俺は目的地へ目指す。


「Hey,hey! Boy! Hey,boy!!」

 なんだよ、俺に話し掛けてたのか。いや内心そんな気はしていたのだが、きっと違うと信じたかった。

 俺そんな英語、達者そうに見えるか? ったく、卯月が居れば代わってもらうんだが。


 俺を追って、しつこく話し掛けてきた外国人――と思ったら明らか、見た目日本人のおっさんリーマンに向き直る。

 横にある髪を無理くり、頭頂部へと持ってきているバーコードなおじさんである。


 なんで日本語しゃべんないだ? エイプリルフールにしたって性質たちが悪い。周りから見ても面白くないし、何より俺が一番不愉快。


「あー……えっとー……アイアムイングリッシュ、ノーノー、ドントスピーク」

 そう言って、俺はふるふると水に濡れた犬の様に必死で首を振った。


「Oh! Sorry. What language can you speak?」

「え?」

 今、ランゲージって言ったか? 「何の言語なら喋れるか?」ってことだよな。どう見ても日本語に決まってるだろ! いい加減にしろ!


「に、日本語なら話せますが……」

「あー! あなたは日本語を話しますか!」

「え? ええ、まぁ……」

 男は流暢りゅうちょうな日本語で喋りだした。


 何なの、この人。やっぱり俺をからかってただけかよ。相手してられんわ。


「それじゃ、僕はもう行きますので」

 俺は一刻も早くこの男をこうとするが、去ろうとしたところでまた、声を掛けられる。


「お待ちください! 少年よ! 私は道をきたいです!」

「……」

 俺は立ち止まり、男に振り向く。大体、その変な日本語は何なの? まだからかってんのか。


 とりあえず、この男が奇人であることはよく分かった。こんなやべー奴の制止を振り切って逃げたら、何をされるか分かったもんじゃない。

 っていうかスマホで調べろよ。まぁいい。道を教えてあげたらさっさとずらかるとしよう。


「どこへ行きたいんですか?」

「私はJAXONジャークスンへ行きたいです」

 男は日本語が話せる外国人特有の、外来語のとこだけ唐突に流暢な英語になる発音で言った。


 JAXONジャクソン。多くの日本人はそう呼ぶ。

 日本宇宙航空探索機関のことで、俺の父さんも調布ちょうふにあるJAXON本社に勤務している。

 そんな俺もまた大学は工学部へ行き、宇宙の研究に携わる職に就きたい、そんな夢を抱いている。


「JAXON関係者なんですか?」

 そういうわけで俺は一転この変質者に興味が湧き、ついそんなことを訊いてみた。


「いいえ。私はJAXON関係者ではありません」

 男は英語の授業で翻訳した日本語じみた返答をする。

 なんだ、ただの観光客だったか。


「ここから一番近いのは調布の本社なんですが、一般の方が事前予約無しでは入れないんですよ」

「あー! そうなんですか!」

 男は両手を顔の横にやりてのひらをこちらに見せて、驚きを示すオーバーリアクションを取る。

 あの、洋画で役者が「ワーオ」とか言いながらよくやるやつ。なんでこの人さっきから西洋かぶれなんだ。


「はい。なのでちょっと遠いですけど、一般見学ができる比企ひき郡観測所か相模原さがみはら研究所の場所、教えますね」

 そう言って、俺はポケットからスマホを取り出す。

 ちょっとお節介だったかな? 自分の好きなものに興味を示してくれる人に対しては、親切にしたくなるものだ。


「お勧めは相模原研究所なんですけど、本物のロケットと同じ大きさの――」

「あなたはJAXONに詳しいですね」

「いやいや~、そんなことないですよ。ただちょっと、父がJAXONの研究員なだけで……」

 俺はスマホの操作をしながら、ちょっと得意げにそんなことを言った。


「あなたは使えそうですね」

「え? 使える……?」

 男の口調は何の変哲も無かった。しかし妙な胸騒ぎがした俺は顔を上げた。


 彼はバレルに輪っかのついた玩具おもちゃの銃の様な物体を俺に向けていた。


「な、なんです、か……それ?」

 俺はその物体を震える指で差した。

 悪い冗談だよな? エイプリルフールだよな? 全然笑えないけどさ、「冗談だよ、少年。わっはっは~」ってなって終わるんだよな?


「あなたは使えそうですね」

 男はさっきと何一つ、変わらぬ口振りで言った。奴の目はスナイパーライフルの照準の様に無機質に俺をロックオンしていた。

 俺の心臓が跳ねた。こいつ、マジだ。マジでやばい。本能的にそうさとった。


 俺は咄嗟とっさに男に背を向け、走った。とにかく逃げるしかない。


 しかし五メートルも走っていないところで、俺の体は言うことを聞かなくなった。


 全身の骨が抜き取られた様な気分だった。

 視線がガタン、と階段を一段下りたときみたいに下がった。

 膝を突いたのだろうか? 全身の感覚が無くて、俺は自分の体が自分の体ではない様な感覚に陥った。


 俺は今、何をしている? 俺は今、どんな状態だ?

 いつの間にか俺の視界には空が映っていたが、それもやがては真っ暗になって。


 ああ、俺は死ぬのか? こんな、何をされたのかも、自分がどうなったのかも分からぬまま、わけが分からないままに俺は死ぬのか?

 父さん、母さん、親不孝でごめん。こんなことなら、せめて母さんの顔見てから家を出るんだった。

 俺、来世は異世界でハーレム創るんだ。


 俺は走馬灯を見る間も無く、そこで意識が途絶えた。


佐倉昴さくらすばる。十七歳。星乗ほしのり学園高校三年生。父のわたるはJAXONの研究員で宇宙飛行士。妹の卯月はアメリカのマサチューセッツ技術大学に飛び級で入学し――』

「彼は使えそうですね」

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