筋力極振りオッサン冒険者、力ずくで聖剣を引っこ抜く。

あざね

そんなことより――――筋力だ!!!!






 ――そんなことより筋力だ。


 俺ことリアンド・ファーリード(38)は、辺境の町に住む冒険者だ。

 この世界の冒険者はみな、女神アンロッドの加護によってレベルごとに成長点というものを能力値に振り分けることが出来る。そこには特別な才能などなく、ゆえに差別もない。すべての者が努力によって、平等に戦えるようになる世界の理だった。


 さて、そうなってくると、だ。

 冒険者として生計を立てる以上は、将来どのようになりたいか。それをしっかりと思い描く必要があった。例えば魔法使いなら、魔法攻撃力や魔法防御力に。盗賊ならば素早さに。そして、剣士ならば筋力などを重点的に鍛えていくのだ。


 世界中の冒険者は常に計算し、バランスよく能力を向上させていた。

 弱点があってはいけない。万が一の場合に生き残れないからだ。それはご尤もなことであり、普通は、何よりも重視するべきことなのだろう。


 そう、普通は……。


「ふぅ、ふっ……!」


 だが、俺の美学は違った。

 考えたのだ。そんな、平凡な存在になって何の意味がある――と。

 やはり思い描くのは理想の自分だった。それを曲げたくはない。だから俺は主流から外れようとも、周囲から笑われて、馬鹿にされようとも突き進んだ。


 ――そう。そんなことより筋力だ、と。


「今日は3ポイントの向上か。なかなかに、いい感じだったな……」


 日課の筋トレを終えて、俺はそう呟いた。

 隆起する美しく均整の取れた筋肉に、大粒の汗が伝っていく。


「さて。それも今日とて、筋力に割り振り――っと」


 ステータスを表示して早速、手に入れた成長点を筋力に振った。

 表示といっても概念的なものなので、目に見えるわけではないのだが、この世界ではそのように扱われていた。とにもかくにも、これで今日の鍛錬は終わりだ。


 冒険者になって早20年。魔物を狩りに行ったり、家の中でこうやって筋トレしたり、そうやって獲得した成長点を俺はすべて筋力に注いできた。

 普通なら技術の項目にも振って、攻撃の命中率を上げるのが常道だ。しかし、俺はそれをしてこなかった。しなかった、あえて。


「やっぱり、筋力だよな。うん、どう考えても筋力だ」


 鏡の前でポージングしながら、俺は何度もそう言って頷いた。

 さてさて。そんなこんなで俺は、いまやどこの冒険者よりも強靭な肉体を手に入れていた。数多いる冒険者の中でも、トップをひた走る数値だ。


 それこそが、俺の美学。

 どうせ一度の人生なのだから、己が理想を求めて何が悪いのか。俺が筋力のみに20年の歳月を注いだのは、そんな単純な考えによるものだった。


「それじゃ、今日はもう休む――ん?」


 そんなこんなで、今日はもう寝よう。

 そう思った時だった。窓の外から、何やら人々の声が聞こえてきたのは。


「なんだ? まぁ、昼間っから寝るのもアレだし、行ってみるか」


 なにかの祭だろうか。

 俺はそんなことを考えながら、その声のする方へと向かうのだった。



◆◇◆



 声を追っていくと、そこには不思議な光景があった。

 気付けば森の只中に立っていた俺。目の前には、一つの台座があった。


「さぁ、次なる冒険者よ。聖剣の柄に触れることを許そう」

「はぁ……?」


 そして、そこに突き刺さっているのは一本の剣。

 金の装飾が施されたそれからは、魔法に疎い俺でも分かるほど強力な魔力を感じ取れた。目の前の神父が『聖剣』といったが、すんなりと納得できてしまう。

 周囲には固唾を飲んでこちらを見る人々の視線が……。


「えっと……?」


 とりあえず、状況を整理しよう。

 俺は先ほど言ったように、何やら人の声がしたのを聞いてそれを追った。そうすると、それはどんどんと町外れの森に入っていって、やがて長蛇の列が見えたのである。列を見ると並んでみたくなるのは、人の性なのだろうか。俺はなんとなく、そこに参加したのだ。


 それでもって、いまに至る――ということである。

 あー、これってアレですわ。選定の儀、とかいう感じのアレですわ。


 この世界には、その才能に差別がないと先ほど述べた。

 しかし何事にも例外は付き物であり、これはその中でも例外中の例外。女神アンロッドによって授けられた特別な才能がないと不可能なことであった。


 それというのは、勇者と呼ばれる存在について。

 世界にはいくらかの聖剣が存在しているのだが、それを引き抜くことが出来るのは選ばれし才能をもった者だけ、という――少なくとも俺には関係のないことだ。

 選ばれた者は世界の命運を託され、魔王との戦いに身を投じることになる。そんな噂を耳にしていたが、ぶっちゃけたところ興味がなかった。


 ――そう。そんなことより、筋力なのだ。


「どうした、冒険者よ。聖剣に触れる許可は与えているぞ?」

「え、あ……はいはい」


 なので、俺は半ば投げやりに神父へそう返事をしながら柄に手をそえた。

 そしてグッと握り締めて、力を込める。すると――。



「…………あ」



 ボコっ――という、音がした。

 それというのは岩が崩れるようなそれで、岩というのはつまり台座のことであり。それすなわち、台座がぶっ壊れたという音に他ならないわけで。

 それつまり、俺の手に握られている聖剣が……。


「……………………」

「……………………」


 俺と神父、無言になる。


「……………………」


 観衆も、当然に無言になる。

 それもそのはず。そこにあったのは、あってはならない光景だったから。


「えっと…………?」




 ――聖剣、抜けちゃった。台座ごと。




◆◇◆



 そして俺はいま、魔王城の前に立っていた。

 ここまでの旅で、出会いと別れを繰り返してきたが今回は割愛する。というか、語るほど多くのイベントもなかった、というのが本音。

 冒険者をやめて勇者(仮)となった俺は、台座の岩が付いたままの聖剣を手に旅に出た。そんでもって、1年ほどの時間をかけてこの魔王城へとたどり着いたのだった。ちなみに聖剣の威力や性能は、台座部分も含むらしく、魔物への攻撃力は絶大だった。


「とりあえず、さっさと魔王を倒して元の生活に戻りたい」


 最終決戦に赴く俺は、そんな口癖を吐き出す。

 あの日からすべてが一変した。成長点を筋力に振るのは変わらないが、具体的に筋トレの時間が減ってしまったのである。なんと、悲しき事態だろうか。


「それじゃ、一気に行きますか」


 なので俺はそう口にして、魔王城の攻略に励むのだった。

 そしてあっさりと、最上階にあるそれっぽい部屋の前へとたどり着く。というか、考えるまでもなく魔王の部屋だろう。――と、いうわけで。


「でてこーい、まおー!」


 俺はなんとも勇ましい口調で、突撃するのだった。

 すると、その先にいたのは――。


「…………ん?」


 いたのは――。


「えっぐ……あなたが、わたしをたおす勇者なの?」


 一人の、小柄な女の子だった。

 肩口で揃えられた桃色の髪に、魔王特有の赤き瞳。均整の取れた顔立ちをしており、将来はさぞ美人になるであろうと思われた。

 赤を基調としたドレスを身にまとっており、背中には黒の翼。


「えっと、うん。そうなんだけど……」

「ふえぇ」


 完全に怯えている少女――おそらく魔王――に、そう答える。

 すると、彼女は小さく鳴いて涙目になった。


「えーっと……?」

「………………ぐすっ、うぅ」


 ――どうするよ、これ。

 俺は構えたままの聖剣(台座付き)を下ろし、とりあえず魔王に歩み寄った。いかな魔王といっても、このように幼い女の子に手を挙げるなんて出来ない。

 そんなわけで、ひとまずは話し合いをすることにした。


 視線を同じ高さにして、声をかける。


「キミ、名前は? 俺はリアンド」

「ふえ? ……ミレイナ・リリィ、です」

「そっか。キミが、この城の主ということで間違いないかな?」

「はい、そうです。間違いないのですけど、その、わたしは痛いの嫌なのです」

「あぁ、大丈夫。キミの方から攻撃してこない限り、こっちも攻撃しないから」


 そう言うと、少しだけ心を許してくれたらしい。

 ミレイナはホッとした表情になり、こちらの顔をじっと見つめた。


「ありがとう、です。あ――でも。そもそも、わたしは攻撃できないです」

「ん……?」


 そして、そんなことを言う。


「それって、どういうこと?」

「あぁ、えっと。これを見てください」


 俺が首を傾げると、少女は自身のステータスを開示した。

 そして、俺はそれを見て納得する。なるほど――。


「防御力、極振り――か」

「はい。なので、わたしは戦えないダメダメ魔王なのです」


 頭を抱えるミレイナ。

 痛いのは嫌だから、と彼女は言っていた。

 それに戦う意思もない。というか、こちらを見た瞬間に白旗振ってたし。


「そうか、だったら……」


 俺は怯えるミレイナを見て考えた。

 そして、あることを決意する。それというのは……。



◆◇◆



 ――数年後。


「起きてください、朝ですよ?」

「あぁ、もうそんな時間なのか……」

「昨晩も、遅くまで筋トレをしていたですね? ある程度でやめておかないと、逆に身体を壊します。気をつけてくださいね?」

「あぁ、そうだな。気をつけるよ、ミレイナ」


 俺とミレイナは、一つ屋根の下で暮らしていた。

 あの日、俺は勇者であることをやめて日常に帰ることを選んだ。というか、そもそも勇者とかやりたくなかったし、こんな可愛い子を殺めるなんて出来ない。


「朝ごはん、できてるです。リビングで待ってますよ?」

「あぁ、すぐに行くよ」


 ミレイナはそう告げると、部屋から出ていった。

 俺は壁に立て掛けられた聖剣(台座付き)を見つめる。しかし、すぐに視線を鏡に向けて――今日の筋肉の調子を確かめるのであった。




 世界の命運とか、どうでも良い。

 俺には俺の生き方が、美学がある。なにやら巻き込まれる形で、おかしな時間を過ごしはしたけれどもそこは変わらない。そう、そんなことより――。




「――筋力だ!」




 そうして、今日も1日が過ぎていくのであった。


 

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筋力極振りオッサン冒険者、力ずくで聖剣を引っこ抜く。 あざね @sennami0406

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