最終章11 『静寂の天使パンドラと最強の人間グレンデル』

 ここは異端審問官ハインリッヒ・クラ―マーの世界。

 つまり、彼の本星である。


 何百と言う、童話をはじめとした剣と魔法のファンタジー、

 夢と希望溢れるあふれる世界を取りこみ、食い殺し

 肥大化した世界。その広さは、もはや超天文学的な規模に及んでいる。


 ――この世界は悪意の苗床なえどこ


 元の世界の生命体は悪意の種を植えられて、

 異形化し、悪意以外の感情を持たない

 キメラのみが生きる世界。


 ハインリッヒ・クラ―マー達が、異世界へ

 狩りに行った今、この世界には凡そおおよそ

 知的生命体と呼べる存在はいない。

 

 悪意の種をこまれ、なお人格をもったもののみが、

 クラ―マーの信仰を許され、兆を超える船団の

 一員と認められていた。


 ――この世界は他の世界と異なる。


 他の世界を取りこみ、呑み込むのみこむその侵食性。

 先人の築いた、文明を一切価値の無いものと断じ、

 一片の欠片かけらも残さず潰した上で植民し拡大する世界。  


 造物主は原則として、それがどんな悪辣で残酷で過酷な

 世界であれ、その世界で生きる人間たちが紡ぐ物語と可能性には、

 世界に匹敵するだけの価値がある事から、神である造物主ですら

 個々の世界に対する一切の直接的な干渉は禁じられている。


 否――厳密に言うと、不可能なのだ。

 神は全知全能ではない。


 もちろん、神であればことわり改竄かいざんすることで、

 全知全能になることは可能であろう。


 だが、全知全能であること、つまり

 何の制約も受けず、完全に自由になる事は、

 想像や解釈の余地を狭める事に他ならない。


 全知全能であることは、造物主として世界の

 創造を行うにおいて、逆効果であることを

 彼らは理解しているのだ。


 だから彼等は自らの能力にあえて大きな

 枷を付けている。神である彼等は神でありながらも、

 グレンデルやプルガトリオほどの力を持たない。

 そして、世界の介入も行わない。


 ――だがこの世界は例外である。


 異端審問官ハインリッヒ・クラ―マーの世界は、

 他の世界が生みだすはずだった物語や、可能性を

 刈り取る存在である。


 その世界の存在を容認することは世界の縮小、

 引いては、世界の消滅に繋がるとあまたの世界に認識された。

 それは人間の紡ぐ物語の終焉しゅうえんである。


 ――故にこの世界は断罪の対象と成っている。


 造物主はその悪辣さを造物主が大法曹界に訴え、

 討伐許可を認めさせた。そして、その目的を

 達成させるために二人の代行者が立てられた。


 一人は、人間最強グレンデル

 一人は、解釈の魔女プルガトリオ


 ここはあまたの異世界を喰らいくらい、滅ぼす世界。

 この世界の存在を許す事は、その世界の生命体が生みだす

 多様な物語を潰す事を容認する事に他ならない。

 それは、この世界において最も罪深き事である。


「世界を滅ぼす任務。わらわにその役目が回ってくるとは皮肉な物だ」


 解釈の魔女プルガトリオは一人呟くつぶやく


「プルーちゃん、そうぼやくな。カグラたちが、異端審問官ハインリッヒ・クラ―マーを引き留めている間に、本星を滅ぼせっていうのが私様達の任務だ」


「あの子たちは――やれるだろうか」


「ははん。大丈夫だ! プルーちゃんの秘蔵っ子の猫箱暴きの魔女デュパンとやらも居るんだろ? 負ける道理はねぇさ!」


「ふふふ。まったく論理的ではない説明だが、お前からそういわれると本当にそうだと感じてしまうのだから不思議な物だな」


「ははは。カグラたちは大丈夫さ。それよりも私様たちの方こそ、失敗は許されねぇぜ! それにしても。まぁ、この世界には知的生命体が存在しないんだな。異形の化物、コズミックホラー系の化物とも違う悪意の具現化したような生命体」


「――何とも醜悪しゅうあくなる生命体。いずれは、この世界の異形なる生命体をつかって他の世界の侵略を行おうとしていたのであろうな」


 この世界は侵略した星の人間に悪意の種を

 埋め込まれ、異形とかした者たちの成れの果ての星。


 その姿は、深海の生物たちを悪意をもって

 融合させたような異形なる姿。

 悪意という感情しか持たない生命体。


那由他なゆたを超えるこの異形の群れを相手にどう相手取る。人間――グレンデル」


「はん。――私様は、片っ端から切って切って切りまくるだけだぜ」


「ふふふ。なんとも――お前らしい」


「そういうプルーちゃんこそどうすんだよ。魔法とは相性が悪いのだろ? こいつら?」


 解釈の魔女プルガトリオは

 背中の純白の翼をバサリと広げる。

 頭上には、天使のサークレット。


 ――変化ではない。今の彼女の姿こそが真なる姿


「――天使。はは。プルーちゃん、本当に天使だったんだな」


「今のわらわの名はパンドラ。この姿では悪逆非道しか行ってこなかったのだが、今日という日にはむしろこの姿の方が相応しいふさわしいだろうな」


「ははん。まあ――過去は過去だ。贖罪しょくざいというなら、今なす最善をするべきだ」


「そうだな――お前は正しい。グレンデル、わらわの放つ静寂に巻き込まれぬ様に注意しろ。これより――静寂を解き放つ。随分と長い間、餌をやっていなかったから、どれだけの被害を齎すもたらすかは、わらわにも分からないからな」


 そして解釈の魔女プルガトリオは純白なる

 翼を広げ、漆黒の宇宙で一人高らかに詠ううたう


 ***************

 悪成す者に絶望を

 ――罪人しくかしり在れ


 悪鬼にちゅうを罪には罰を

 ――咎人とがびと全てに災い在れ


 無間地獄エンドレス奈落アビス

 ***************


 パンドラは両手で球状の

 ――静寂を作りだす。


 それは一見、ブラックホールのような

 超重力系の魔法のようであるが、

 根本から違う、これは何らかの召喚魔法だ。


 その証拠にこの漆黒の球体の中で、

 何者かが蠢いうごめいている。

 意志を持つ死の魔法。


 パンドラは、かせをつけていた

 その球体を解き放つ。


 手から離れるとすぐにその球体は、

 すぐに太陽の大きさまで拡大。


 そして、次から次へと星々を食い殺して行く。

 いままで、断食させられていた分を取り戻そうと、

 次から次へと星々に住まう生を喰らいくらい

 そして、どんどん拡大していく。


 すでに何百京という星々がその球体に飲まれている。

 天使の姿と変化した解釈の魔女プルガトリオ

 ――パンドラは、ただ、詠ううたうのみ。


「ははん。プルーちゃん、こんな恐ろしい殺戮さつりく願望を抱えてよく正気を保っていられたな。私様ですら抱えきれるか危ういほどの濃厚な殺意。まあ、最強の私様なら抱えるんだろうけどな」


「くくく。なかなか言うでは無いか。わらわは一度は、あの存在に飲まれ世界を滅ぼしている身だ。最も、今となってはあの殺戮さつりく衝動は、わらわの本質だったのか、アレの意志なのかは、分からぬことであるがな……」


「はん。辛気臭くなるのもあれだ――プルーちゃんの本気を凌ぐしのぐ、人間の本気を見せてやろう。ティンダロスの猟犬の生態から学んだ新境地、新技だ」


「――ほう。どの世界にでも現れるあの珍種か」


「そう。前あいつとバトった時になんであいつが突然出現するか理由が分かったんだよ。あいつら、知的生命体の存在する領域と異なる領域で生きる生命体だったんだ。そう、あいつらは過去も未来も現在も関係ねぇ四次元の生物だったんだ」


「ふふふ。興味深いな――それで、その化物の生態を知って編み出した、お前の新技とやらを見せてもらおうじゃないか」


「おういくぜぇっ!!――超時空斬!!」


 グレンデルが、横薙ぎよこなぎ一閃いっせんを振るうと、

 局所的に時間が破壊され、三次元の世界が砕け散り、

 四次元世界へとシフトする。


 四次元の世界にいる今のグレンデルにとっては、

 この世界は一枚の大きな平面、紙に過ぎなかった。


 グレンデルは、その一枚の紙になった世界を

 横一文字で切り結ぶ。

 

 これが、グレンデルが生みだした

 新たなる奥義――超時空斬。


 時の修正力によって、再び世界は

 三次元に戻ると同時に、超銀河規模の星々の連鎖爆発


 ――がいを超える星々が真っ二つに

 切り裂かれ爆発した……。


「まっ。この技、手加減出来ねーからぶっちゃけ使い勝手が悪いんだけどな! あはっはは。それにしても、すげーな。真っ暗な世界が今ではどこも明るいぜぇ!」


 グレンデルはけらけらと笑いながら語る。


「はは……は。わらわは前から疑問に思っていた事なのだが、グレンデルお前は本当に人間なのか? とてもそうには思えないのだが……?」


「そうだぜ。私様は人間であり、子持ちの母親だ。まあその辺りの与太話は、この世界の掃除が終わったら話そうぜ。プルーちゃん」


「ふふふ。お前は本当に飽きさせない人間だ――グレンデル」

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