第五章15 『科学と魔法と人間の底力』

 白金のベールで覆われていた世界が、

 元の世界へと回帰する。


「……これが、ワタシの事実。つまり、死んでいたということデスね。そして、パパとママも……殺されていた。……これがあの日の事実」


 異端審問官ランクルは、黙して何も語らない。

 これは、彼女を気遣っての事ではない。

 1%でも自分に危害が加えられる事を避けるためだ。


 迂闊うかつに余計な事を言い、気分を逆なでして

 されないように黙っている。

 ただ、それだけの事。


 ――彼は自分が生きる事のみに、貪欲である。


「……素敵な事実だったわ。パパの見せた魔法は真実であり……そして、マザーであるワタシの強制停止コードによって、あの世界でのアンドロイドの暴走事件はじきに止まる。そうか……最後までパパとママは世界のために、命を張った」


 ――だから思い切って言う


「パパ、ママ……ありがとう! クオーレの人生はとても幸せな物デシタ」


 涙がほおを伝う。


 セレネの父、母が射殺される映像を

 見させられた事による心の傷も確かに大きい。


 だが、それよりもが本当の娘にするように、

 不器用ながらも一生懸命彼女を励ましてくれていたこと。


 自分の命や、感情よりもアンドロイドに過ぎない、

 彼女を大切にしてくれたこと。

 その全てに彼女は感謝の念しか抱けなかった。


 それは、何よりも……奇跡よりもずっと……尊いである。

 その事実を理解し。だから、彼女の心は青空のように澄んでいる。


「マザー・クオーレの名において命じます……ワタシ千を超す妹たちよ。……今こそこの世界に顕現しなサイッ!」


 彼女の猫箱が再び強烈な白金色の光を発し、

 ビキビキとヒビが入り……炸裂さくれつする!


 遙かはるか、下方にある陸上の人間たちも、

 そのあふれ出る光を視認できる

 ほどの強烈なる白金の光。


 セレネの周りには、様々な形状のアンドロイド。

 つまり、セレネの妹たちが顕現していた。


 それは、幻や一時的な召喚ではなく、

 実体をもった実存として、そこに居る。


「妹たちに助力を願いマス!……この甲板の十字架にはりつけにされた人間の救出及び、救出後はアンカーを辿りたどり、あのマルコポーロという航海者が乗っている飛行艇に移動してくだサイッ!」


「「「「ラジャーデスッ!」」」」


 彼女の妹たちは、自律思考を持った個々が人間と

 同じような感情をもったアンドロイドであるが、


 造物主である、パパとママ、そして、彼女の

 雛形ひながたとなった、姉であるマザー・クオーレの

 命には従うようにできている。


 ――もっとも今、セレネは、マザーとしての

 強制権を行使せず、ただの言葉によるお願いに過ぎない。


 彼女たちは、人間たちを救うために作られた存在。

 苦しんでいる人間が居たら、救いたいと思うのは、

 彼女たちの自発的な感情の発露に他ならない。


「異端審問官ランクル――質問です」


 急に自分に声がかけられた事に、思わずビクッとする。

 卑屈に顔をゆがめながら答える。


「はい。どうなさいましたでしょうか……セレネ様」


「この船のコアはどこに有りマスカ?」


「……この壊れたタリスマンがエンジンと操縦桿そうじゅうかんで……」


「タリスマンはあくまで触媒です。稼働に必要な魔力という燃料を提供しているだけでこの船には動力源があるハズデス」


「えっと、確か、この下の階層に大きい球場の物体が有りました。おそらく、それがその動力源とやらなのだと思います。たぶん、そうだと思います」


 弱気な表現ではあるが、うその気配は無い。

 時間が無い中での行動。

 この男を信じて、そこに行くしか無い。


「最短ルートを教えなサイ」


「はい。ここが……隠し通路です」


 白百合しらゆりの花園に飾られている、アーチの

 出っ張りを押し込むと、下層へ

 下りるための門が開かれる。


 セレネは下層に降り、その球場の物体を特定する。

 5メートル大の巨大な球形の漆黒の物体。


(これが……この空飛ぶ棺桶かんおけの動力源……)


 この漆黒なる球状の物体のあちらこちらに、

 魔術式や魔術的意匠が施されている。


 球状の物体の周りも、儀式的な過剰な装飾

 が施されており、それを裏付けるものとなっている。


「……魔術式を……電子回路へ……改竄かいざん開始」


 セレネが球状の物体に手を翳すかざすと、

 魔術的な紋様が、その存在の有様を変え、電子的な

 ……つまり、現実的な物体へ様変わりしていく。


 セレネは、事実と向き合うことによって、

 魔法の深淵しんえんと本質を理解した。


 だから、魔法を現実に再変換する事も可能。

 とはいえ、この物体はかなり複雑な構造を

 しており、その解析は困難を極める。


「くっ……このままだと……あと6分でこの船が地上に墜落してしまいマス!」


 そのセレネの周りに、いつのまにか、

 セレネの妹たちが居た。


「あなたたち……? 人質の解放は完了したんデスか?」


「もちろんです。姉様。緊急手当を行った上で、完全かつ、完璧、パーフェクトにマルコポーロ殿の飛行艇に全員、移送済みデス。つまり、この船に残るのは姉様と、その姉妹である私たちと、異端審問官ランクルのみ!」


 姉のセレネより、自然な言語を話す妹たち

 というよりも……セレネのこの口調は、セレネの

 父と母が望んで設定した物である。


「……さすがデス。では、手伝って下さい。この魔術物体を、電子的な物体に変更。その後に、ワタシたちのエネルギーを飛行艇の燃料として使い、安全地帯にまでこの飛行艇を移動させた後に着陸させます」


「了解! 姉様の期待に応えるために、頑張っちゃうよーっ!!」


 魔術式がブチブチと引きちぎれ、それが電子回路として再結合する。そして、あたかも、それがまるで元から電子制御されていた物体のように徐々に形状変化していく。


 ブラックスボックス化されている神秘を、

科学という解釈により、現実的な物体に逆行させる。


それは非常に高い演算能力を必要とする作業である。

現実の説明できない現実の事象を魔術として

解釈することは容易だ。


だが、その猫箱――ブラックボックスを暴き、

その真なる姿を現そうというのが彼女の試み。


 ――それはもはや一つの理論体系を作るのに等しき行い


 太古の昔に、科学が世界の真実の姿を

 明らかにする以前は世界は球状ではなく、

 平面であり、ペストは魔女の呪いであり、

 干ばつは祟りであると解釈された。


『十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない』

 かの有名なSF作家。アーサー・C・クラークの言葉だ。


 アーサー・C・クラークの言葉を借りるなら、

 セレネが現在行っている行為は――新たな魔法の発明である。


 魔法を理解し、科学による再解釈を行う。

 その結果生み出されたのが、この小さき太陽。

 ――核融合炉である。


 形状も球形ではあるが、もはや魔術的な意匠は

 全て消え去り、電子回路と様々な配管が通る。

 物理的なエンジンへと変化している。


「……はぁ……はぁ……形態変化は――成功ッ! あとは、エネルギー供給! 妹たち、死ぬ気でやるデス!」


 セレネと、千を超える妹たちが並列で繋がるつながることによる

 エネルギー供給により、核融合炉は起動する。

 タービンが回転し、電気が生み出される。


 落下速度がわずかに減速。だが、落下を止めるには至らない!


(……くっ……ダメなのデスかっ?!)


『安心するにへ! 地上からボクたちが押し上げてやるにへ』


 墜落するフライング・コフィン直下に

 超特大の魔術障壁の存在を感知。


 今までのソレイユでは決して、不可能だった

 規模の超特大の魔法が展開されている。


 科学――魔法。


 本来は相反する存在が、協力して、この巨大な

 質量を持つ物体を食い止めている。


 いや、もともと……魔法も、科学も

 その根源は同根の物なのかもしれない。


「並列エネルギー供給。緊急浮上するのデスぅ!!」


『……ツイン・マジック……押し上げるにへぇっ!!!!』


 確かに減速はしているが、このままでは

 都市の上での落下を免れられない。

 空飛ぶ棺桶かんおけの巨大な影が、都市に影を落とす。


『へへ。俺の事も忘れてもらっちゃ困るぜぇ! 助けにきたぜセレネ!』


 マルコポーロの飛行艇からカグラの声。


 今や無数のアンカーが、まるで一蓮托生いちれんたくしょう

 ばかりに、空飛ぶ棺桶かんおけに落とされている。


 カグラは、真実と事実を併せ持つ力に

 よって、アンカーを引き上げようと試みる。


 当然、現実的に一人の人間が巨大な質量を

 持つ物体を引き上げるなど不可能。


 だが――いまのカグラであれば、その事実を

 理解した上で、その理を超越することが可能。


 船艦に避難していた人間たちも、

 今はアンカーをカグラに協力してアンカーを引き上げている。


 なんらかの超強力なエンチャント魔法

 がそれを可能にしているのだ……。

 それは――ソロモンの悪魔の魔術!



 魔法――科学――人間



 三つの全く性質の異なる力が、螺旋らせんのように

 交わることにより、この船の再浮上を成功させる。


 奇跡的に人的な被害を出さずに安全地帯に

 空飛ぶ棺桶かんおけを着地させる事に成功したのであった。

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