第五章14 『猫箱の開封――あの日の事実《セレネ》』

「開きなさい――事実を示す猫箱よ――あの日の事実を映すのデスッ!」


 セレネが、猫箱の魔女デュパンより

 預かっていた、猫箱を開封する。


 すると、白金の光が世界を覆い――空間が歪むゆがむ

 そう、これは過去の映像の再現。



 ******

 映像は俯瞰ふかん視点。

 ――場所は、前の世界にいた最後の日。



 場面は、コロニー『詩編-96』の中で、セレネの兄弟たる

 アンドロイドの暴走が始まり、元オメガコーポの営業部長から、

 避難するようにと言う電話がかかってくる場面にまで遡る。


「私は……もう駄目です。いままで……ありがとう。あなたのおかげで最後にいい現実を見させてもらいっ…………」


 パカンッ。通話音声は間の抜けた発砲音。

 それが、元営業部長の今際の際いまわのきわに聞いた最後の音であった。


「クオーレ……逃げるぞ! いますぐにここから! 研究所のデータは全削除!」


「…………今やっているわ…………。Code: Purgatorium all delete……完了」


 研究所の外から扉を激しく叩くたたく音。

 素手では、入れないと理解したせいか、

 鈍器のような物で叩きだしたたきだしている。


 研究区画は、機密性保持の観点から非常に堅牢けんろう

 特殊な扉を採用しているが、とはいえ暴徒が

 ここに侵入してくるまでそう時間は掛からないだろう。

 

 現に、彼らのうちの一人は扉をこじ開けるための

 電子工具をいま探しに向かっているところだ。


「いいかい、クオーレ。よく聞くんだ。これは、悪い夢だ」


「でも、パパ。…………人がたくさん、死んでマス」


「…………クオーレは、魔法を信じるかい?」


「信じマセン。何故ならなぜなら魔法は……物語の中にシカ……存在しないからデス」


「いままで、君に機械論的唯物論しか教えてこなかったことを詫びるわびるよ。研究者の悪い癖だ。クオーレにも異なる世界や概念がある事を教えてあげるべきだった。でもね、魔法は存在するんだ。その証拠に、パパとママは本当は魔法使いなんだ」


「うっ、うそなのデス…………」


《……パパ……ママ……》



 パパはにやりと笑って、いままでに

 見たことがない奇妙な動きで左右の手を振り回す。

 まるでそのパパの姿は指揮棒を振るう

 コンサートマスターそのものだった。

 そして…………力強く握りしめていた

 右手を開くと…………そこには…………っ!



 ――セレネは全てを理解した。


 ……最後のパパが見せた魔法は、単純な手品だったのだと。

 そのトリックも俯瞰ふかんしてんのセレネには、見えていた。

 指揮棒にクオーレが目を取られている隙に、

 セレネの父親は、袖の下に隠していた、

 コインを右の手のひらに滑らせる。


 ――たったそれだけの、単純な、子供だましの手品


 それが

 ……つまり、クオーレの父親は、

 魔術師なのではなかったのだ。


 ただの怖がる子供の気持ちをなだめるために、

 自分だって恐ろしくて仕方がないのに、

 一生懸命に子供を励ますための演技をする、

 どこにでもいるただの優しい父親。


 ――それがクオーレが認識した魔法使いの正体。


《……パパ……ありがとう……確かに……だったよ》


 映像記憶はまだ続く。


「うっうそなのデス……そんな事…………絶対ッ……ありえないのデスッ…………」


「でもね、あるんだよ。クオーレ。今は信じられなくて良い。今外で起こっていることは、悪い魔女たちが見せている悪夢なんだ。だからクオーレは目を覚ましたらこんな悪夢は消えているんだ。だけど…………その前に、パパとママはこれから悪い夢を見せる魔女たちを倒さなければならない。…………だからその前にクオーレ。おまえを…………異世界に送る」


「異世界…………?」


「…………こことは違う世界よ。クオーレちゃんもデータや、絵本でしかしらない世界。本物の緑が生い茂り、生き物が息づき、わくわくする冒険ができる世界なの」


「デモ……お本の世界に書かれている冒険物語にはドラゴンとか、巨人とか怖いのもいたデス…………」


「これは。パパとママだけの秘密にしていたことなんだ。いままで、隠し事をしていてごめんね。実はクオーレは凄くすごく強いんだ! 本当のクオーレは局地殲滅せんめつ型の最強アンドロイドっ。どんなドラゴンや、アンデッドや、宇宙人や、幽霊が出てきたって、クオーレなら倒せるんだよ。クオーレは最強なんだ! パパとママの子が弱いはずが無いんだっ! だから信じてっ!」


「最強ノ…………局地殲滅せんめつ型…………セクサロイドッ!」


 セレネは理解した。この時に自分自身に

 対する認知が変化し、この世界に転移する時に

 その認識をベースに肉体が再構成された。


 ――父親と母親が話した、優しいうそが、

 異世界でのセレネの有様を大きく変えた。


《……本当は、ワタシはランクルの言うとおり……コミュニケーション用のアンドロイドだったということデスね……人や生物を殺す機能をワタシに搭載するハズはないと薄々気づいてイマシタ》


「うん。そうね。だから、あなたは異世界であなたが好きになった人と恋をすることだってできるのよ。それだけじゃない、その世界ではクオーレ君は新たな名と人生を持つの。あの窓の外からみえるあの綺麗なきれいな丸いお星様の名前を呼んでごらん」


「…………セレネ」


「そう。そして…………異世界に通じるための合い言葉。…………そしてクオーレちゃん。あなたが異世界で過ごす時の名前よ」


「きっと、新しい世界は楽しいことでいっぱいだ。怖い事なんて何一つないんだ。かわいい服に、素敵なお友たち美味しいおいしいご飯に、優しい人々、そしてきっと白馬に乗った王子様にだって会える!…………だからパパとママを信じて!」


「…………うん」


 扉の外で激しい機械音。

 扉をこじ開けるために何らかの

 機械を持ち出してきたようだ。


 パパとママはそれをみて

 焦っているようにも感じる。


「クオーレ。そこに横になって。そして目を瞑るつぶるんだ。そして、これからパパとママがある言葉を言う。そしてその言葉を全て聞きとげたら、最後にさっき僕が教えた合い言葉を一回だけ言うんだ。良いね?」


「…………うん。パパ、ママ」


 そしてクオーレはベットの上に、

 横たわり胸の前で祈るように手を組み、

 かたく目を瞑るつぶる。最後のパパとママの顔は、

 幸せそうな顔で笑っていた。


「私たちのかわいい愛娘まなむすめ


「その名はクオーレ。そしてその真の名は」


「セレネ」


 >>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>

 System Override…………Administrator Name…………Selene

 Override Completion……Reboot…………Mode; Princess Aurora

 Code; Magic…………Fantasy……Hope……Love……My Daughter

 >>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>


 これは――。


 セレネを強制スリープモードに移行させる裏コード。

 そして、クオーレをベースに作られた、

 セクサロイドX-01及び、Y-01を緊急停止

 させるための緊急コードでもある。


 映像はまだ続く。

 ――ここから先は、


 セレネの認知の無い映像。


「娘は……クオーレは、眠ったのか」


「ええ……私たちの、かわいいクオーレは眠ったわ。そしてプロトタイプでありマザーであるクオーレの、強制プログラム停止コードをコロニー内ネットワークに流すことも成功している。だからじきにこの狂騒も終わるはずだわ」


「そうか。なら――良かった。これで……クオーレがパパとママを殺される場面を目撃せずにすむし、クオーレの兄弟たちが人を殺さなくても済むんだね」


「ええ……そうね。私たちが異変に気づくのがもう少し早ければ、もっと早く手が打てたかもしれない。それだけが、私の唯一の心残りだわ」


 扉がけたたましい音を立て破壊される。

 銃を持った、血の気の多い男たち

 部屋に入り込む。


 男たちは、ホルスターから銃を取り出し、

 セレネの父親と、母親を射殺した。


 ――映像はまだ続く


 俯瞰ふかん視点。クオーレは横になったまま。

 異世界には転移できていない……。


 男たちは、クオーレを睨みにらみ。引き金を引く。

 無数の弾丸がクオーレを貫き。


 エネルギーユニットと、自律思考の独自チップも

 完全に破壊され、そこでクオーレ、


 ――つまり、セレネの生は終わった。

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