第五章13 『空戦の異端審問官ランクル③』

 最も、意気地がなく……すぐに敗北を認めた、

 異端審問官ランクル。


 彼は、油断させるためではなく、

 本当の意味で屈してしまった。


 だが、このような人間が生き残れば、

 一番厄介なのは歴史が証明している。


 英雄、豪傑、悪鬼は歴史を切り開くが、

 その後長く生きる者はそういはない。


 実際に、戦争の後に国を治めるのは、

 こういう、小物だったりするものだ。


 故に、本来生かしておく義理もないのだが……。


「死にたくない。死にたくない。とにかく助けてくれ。本当にもう無理。助けてくれ。もう、戦えない。死にたくない。船を止めて」


 つい先ほどまでは、この空飛ぶ棺桶かんおけに乗る、人質と、

 セレネを巻き添えにして死ぬと啖呵たんかを切ったばかりだというのに、


 銃創から溢れるあふれる、止まらない血を見るに連れて、

 自分自身の死を意識するようになり、

 早くも決意は完全に折れ、


 彼にとっては、異端審問官としての矜持きょうじも、

 信仰も何もかもどうでもよくなってしまった。


 ――彼の関心事は、どうすれば自分が生きられるかのみ


「……答えなさい。異端審問官ランクル。どうすれば、この船を安全に地上に着陸させる方法を述べなさい。操縦士のあなたなら、分かるはずデス」


「知ってれば答えてるって! 本当……分かんねぇんだ。この船の魔法の触媒であるタリスマンが操縦桿そうじゅうかんとエンジン代わり、それが失われた今、僕にはどうして良いか分からねぇ。助けてくれ。死にたくない。このままだと皆死んでしまう!!」


 みっともなく、泣き叫ぶ異端審問官ランクル。

 死の実感が迫ったことにより、発狂寸前だ。

 ここまで、自分自身の生にのみ執着する異端審問官も珍しいだろう。


(……この異端審問官は頼りにならない……この降下速度では……おそらく10分後には地面に墜落……絶対にそれだけは……ダメッ!)


 そこでセレネは気がついた


「……まずい……墜落予定ポイントに大都市が……。もし、このまま墜落すれば、その被害規模は、この船に乗っている人質だけでは済まナイッ!」


 セレネの分析能力によって、このままでは、

 地上の都市に衝突する事は明らかであった。

 そうなれば、何万人という被害が出るのは間違いない。


「……異端審問官ランクル。この船の人質の数は何人か答えなサイ!」


「ひっ……1367人です。それ以外は、本当にいません!!」


(……心音と声紋を分析……虚偽の可能性は低い……でも1000人の人間を、マルコ・ポーロの船を10分以内に避難させるのは無理。仮に避難させられても、この船が墜落すれば、地上に居る都市の数万人に死傷者が出る事になる。……どうしたら……)


「この船の原動力は魔法。……そうだ、この異世界に向かう前にワタシの父はワタシの前で魔法を披露してくれマシタ。……あの時の魔法を理解すれば、この船の浮力を復活させられるかもしれマセン」


 ポケットをまさぐり、白金色に輝く

 宝石箱を開く。


「開きなさい――事実を示す猫箱よ――あの日の事実を映すのデスッ!」

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