第五章 『異世界 対 現実』

第五章1  『聖拳の異端審問官ベルナール・ギー①』

 あの作戦会議から、一週間も立たない内に

 異端審問官ハインリヒ・クラーマーは、魔女狩りを生業なりわいとする

 とする三人の異端審問官と、無数の悪辣な手下を

 連れ、再びこの世界に降り立った。


 クラ―マーの無数の手下はギルドから派遣された、

 転生勇者や賢者たちが、各地で激戦を繰り広げ

 非戦闘職の人間の被害を最小限に抑えているが、


 ――それでも、防戦一方のそれでもジリ貧だ……。


 特に厄介なのが、クラ―マー直下の三人の異端審問官。

 彼らは方々に散らばり……彼らは、そこに過ごす人間達を、

 考えられるだけの凄惨せいさんな方法で、

 拷問し鏖殺おうさつしていく。


 ――共闘でこそ真価を発揮するカグラ達が、

 別行動を余儀なくされたのは、この方々に散らばった

 三人の悪辣なる異端審問官を食い止める為に他ならなかった。

 それほど、各地での被害は想像を絶するものであったということだ。


 不気味な事に、3人の異端審問官は動いているのに、

 ハインリヒ・クラ―マーだけは一向に姿を現さない。


 本丸の幼女神を守るために……3人の異端審問官を

 退ける力を持つ猫箱暴きの魔女デュパンは動けない。

 デュパンは自分が動けない事に歯ぎしりをしながらも、

 本丸を落とされないように、幼女神の守りを固める。


 ……何故なら各地で残虐の限りを繰り返すこの

 三人の動きは、デュパンを誘い出すための陽動なのだから、

 ここで、デュパンが動けば全てがオシマイなのだ。



 *****



 カグラが対する相手は、異端審問官ベルナール・ギー。

 カグラと同じ殺人拳の使い手。


 10の指には、ごつい銀の指輪をはめている。

 それぞれの指輪には、つるぎの意匠を施されたている。

 遠目から見たら、メリケンサックのように見える分厚い指輪。


 靴は、つま先に鉄のプレートを

嵌め込んだはめこんだ革のブーツ。

 

 カグラに対するベルナール・ギーの拳は一方的に

 無抵抗な人間を撲殺するのに特化した、殺人拳。


 彼の拳が、いままで何人の人命を奪ってきたのか、

 彼すら知らない……元より、関心をもっていない。


「まずは名乗りましょうか。我が名はベルナール・ギー。我の聖拳であなたの穢れたけがれた魂を禊いみそいで差し上げましょう。ぷっくくく」


「俺の名は……カグラだ。その言葉、そのままてめぇに返してやんよ!」


――神楽流跳躍術、蛙草ぎゃるぐさ


 両膝を屈めてかがめて、一気に伸ばし跳躍し、

 相手との間合いを一気に詰める神楽流の『起』の技。


 ――双方ともにインファイト殴り合いの領域。


 カグラが拳を振るう前に、ベルナールの拳が先に空を切る。

 攻勢防御結界の異能が――発動……。


「ひっひっひ。カグラ、お前のうそは――我には通じぬと知れえっ!」


 ハインリヒ・クラーマーの戦いの時と同様に、

 カグラを覆う『』攻勢防御結界はまるで……。


 ――薄氷のようにバリバリと砕け散る!


 攻勢防御結界によるカウンター狙いのカグラは、

 ベルナール・ギーのをまともに相手の拳を顎に食らう。


 ――カグラは脳が揺さぶられ、意識が途絶えそうになる。


(……こいつの拳は厄介……重い上に、早い!)


 ――前蹴り。


 動体視力の良いカグラには決して追えない早さでは無い。

 この蹴りを神楽流、受け身の型――枳殻からたちで防ぐ。


 だが、枳殻からたちで防いでいるにも関わらず

 なぜか衝撃は全身に分散されず、前蹴りをそのまま

 くらい、後方に吹き飛ばされ……地面を這う。


(馬鹿な……奴の攻撃は確実に枳殻からたちで受けきったはず……)


 異端審問官ベルナール・ギーは、無様に倒れた

 カグラを見て追撃せず、胸元から一冊の本を取り出す。


 革製のカバーで覆われた純白の聖書のような荘厳そうごんなる本。

 その本をモノクルで読みながら、一人嘲笑する。


 目の前にいるカグラを殺すための好機をみすみす捨て、

 夢中になって、本を読みふける姿はあまりに異様……。


 ベルナール・ギーは手元の本をひとしきり読み終えると、

 カグラに向かって、語りかける。


「神楽流――枳殻からたち。一点に受けた衝撃を全身に散らし、そして更には接地した地面に逃がす技。くっくっく。本当にぃ、あなたはそんなことが物理的に可能だと思いますかあぁ? ちょっと現実的に考えて下さいよカグラさぁん?……不可能、不可能、不可能、物理的に不可能なんですよお明らかに無理なんですっ! あひゃあひゃああ。そんな馬鹿みたいな妄想拳法を頼りに戦うとはカグラさん、あなたはとっても可哀想なかわいそうな人ですねぇ。あっひっひっひ」


「くっ……はぁ……はぁ……神楽流は……実在する。神楽流は、千年の歴史を持つ古武術の流派だ。てめぇ……何を言ってやがる……」


 異端審問官ベルナール・ギーは、ペラペラと

 別のページをめくり、読みながらケタケタと笑い出す。


「……ひゃははは。神楽流――その本当の始まりは、あなたの世界で言うところの西暦1945年。戦後の治安の悪化した時期に、貧乏人に無手でヤクザ者達と戦う事を教えるために作られた、護身の流派。千年んっ?! はて、あなたは西暦何年生まれでしょうかねぇ? あなた……西暦2945年生まれですかあ?」


「ふざけているのか。お前は、何を言っている……神楽流は、千年の歴史を誇る、破邪の祭法――。時の権力者より、の名を襲名した者が、受け継いできた一子相伝の流派のはずだ」


 口元を手で、押さえ吹き出すのを我慢できない様子。

 ベルナール・ギーはあまりの面白さに、涙を流して

 ケタケタと不気味な声をあげながら、

 夢中になってページをめくる。


 もはや、ベルナール・ギーは地面に這いつくばるはいつくばる

 カグラなど存在しないかのように夢中でページをめくる。

 ここが、殺し合いのための戦場であることすら頭から失念している。


「神楽流の開祖は……カグラさん、あなたの曾祖父さんひいじいさんですねぇ。戦後のドサクサにまぎれて、無人の土地の所有権を主張した悪人ですねぇ? それで、戦後のドサクサで一儲けひともうけして、はくをつけるために作られた嘘っぱちうそっぱちの流派が――神楽流」


「ふざけんな……デタラメだ……そんな話聞いた事がねぇ……」


 さらに、ペラペラと羊皮紙でできたページをめくる。

 よほど楽しいのか、先ほどからケタケタという笑いが止まらない。


「ふむふむ。なるほど、あなたのお父さん……あなたと同じように、頭の出来があまりよろしくなかったみたいですねぇ? 長男でありながら勉強ができない、ボンクラでポンコツで穀潰しのあなたのお父さんは、あなたの祖父の虚言を信じ込まされて、この神楽流というインチキ流派を……本当に千年続く、神聖なる流派と勘違いしていたみたいですねぇ。親子そろって救えない馬鹿どもですねぇ。ぷっくっく」


(……なら俺の親父おやじがみっともなく地を這いずり回っはいずりまわって方々に陳情に行ったのは、全く意味のないことだったっていうことかよ!)


「……おまけに、あなたのお父さん……自分の妻に暴力を振るう最低のDV野郎。その子供であるカグラ……あなたもその穢れたけがれた父の穢れたけがれた血を引く……インチキ流派のゴミ野郎。なーにが神聖なる破邪の流派でしょうかねぇ? たったの100年の歴史ももたないインチキ詐欺流派っ! くっひっひ、いやあ、こんなに面白い本を読んだのは私も初めてですよ。カグラさぁん?」


 カグラの世界が、ピキピキと音を立てて壊れる。

 空間も歪むゆがむ


 カグラが母親がDVシェルターに匿われてから、毎日のように

 学校で感じた目眩めまいと激しい耳鳴り。そして激しい吐き気と、

 自分自身を苛むさいなむ嫌悪感――がカグラを襲う。


「あらあ……敵を目の前にして戦意喪失ですかあ……まあ、こんなゴミにすがりついて生きていたあなたと、あなたの父親の人生を考えると、ひひ、同情の余地はありますがねぇ?」


 ベルナール・ギーの靴底は、

 カグラの顔面を踏みつける。

 

 殺すためでも傷つけるためでもなく、

 ただ単に穢すけがすために、ぐりぐりと顔を踏む。

 優しく、慈愛をもって、嘲笑をあげながら踏みつけるのだ。



(……俺の中にある者は全部、うそ、偽物。神楽流も千年の血の覚醒も俺の見た妄想。はははは……馬鹿みてぇだ。くだらねぇ。くだらねぇ……。いつまで俺はこんなおままごと続けてんだよ。いい加減大人になれよ……。いい年して、いつまでも……こんなんだから、学校でクラスメイトの一人も作れなかったんじゃねぇか……はは……インチキ流派、100年の歴史もないインチキ流派、神楽流の末裔まつえい。たった三代の歴史しかもたないくだらねぇ流派。それが……俺と親父の人生の全て……こいつの言うとおりだ……)


 カグラを構成する全ての

 ……ガラガラと音を立てて崩れ去る。

 後に残るのは、何もない心の荒野。


 

 全ては、親からのいわれの無い暴力と、

 学友達に虐められていたカグラの

 苦しい心が生み出した妄想……幻想。


 きっと、それが――


 カグラは、その自分自身が立っている足場が

 全て虚構によって築かれた砂上の楼閣である

 ことを理解し、そして……生きる活力を失った。

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