第四章7  『魔女ジャンヌ・ダルクの闘い』

 とある無人の荒野。魔女ジャンヌ・ダルクは、夢で見た少年少女との出会いのために、指定の地点に訪れていた。魔女ジャンヌ・ダルクは、カグラ達を迎え撃つために最大の準備をして待っていた。


 …………だが、そこに現れたのは少年少女ではなく、痩せこけた壮年の男性。聖職者の服を着ているがところどころの染みがあり、それが血液によるものであることは明らかであった。


 不気味に顔に笑顔を張り付けた男が、魔女ジャンヌ・ダルクに襲いかかる。


「ぐう…………なんで、あなたには何故! 魔法が効かない?!」


「きひひひひひ。私は魔女を断罪する者ぉ、異端審問官ハインリヒ・クラーマーぁ…………っ! 魔女に鉄槌を加える者であると知れぇひひひひひひ!!!」


 異端審問官…………魔女に鉄槌を下す者。魔女に対して異常なる執着心を持ち、世界を渡り、魔女を狩る者。全世界の司法を司る大法曹界に所属していながらも、彼の『裁き』を疑う者が絶えない。


 ………もっとも、彼を疑うような事を口にしたり、告発した者は全て、魔女として断罪されてきたため、生きている者はいない。故に、彼に直接文句を言う者はいない。


「いい加減、しぶといわねっ! 焼き尽くせっ! 高潔なる獅子の炎旗――”フラッグオブ・レオ”」


 ジャンヌダルクが、旗を掲げると炎の渦が異端審問官を呑み込む。遠くから見ている限りは、まるで海の渦潮に巻き込まれたように見えただろう。最もその渦潮は超高熱の渦であるが………。


「…………しいっしっしっしし。魔女ジャンヌ・ダルクぅう。高名なあなたに苦痛を与えることが出来る日が来るとは、本当に私は運が良い…………さあ、今日はどんな拷問をして、魔女だと自白してもらおうかなぁ。あれも良い、これも良い…………まずは、爪を剥がして、ひひひいい。ひゃははっはははああ!!」


 抜剣。ジャンヌ・ダルクは彼女の秘蔵の聖剣フィエルボワの剣を抜き、一気に切りかかるっ! 彼女は、魔女でありながらも、その出自の特殊性から聖剣を帯刀することを許されている。


 彼女は魔女であり、聖女であり、英雄だ。故に、彼女は魔女でありながら神聖なる剣を振るう事が可能!


 ジャンヌ・ダルク加速の魔法、斬撃能力向上、剣には火雷氷の三属性を付与して魔術的な強化を施している。その魔力で身体と剣を強化した聖剣を、目にもとまらぬ速さで目の前の男に斬りつける。


 ――その刃の切っ先は確実に異端審問官クラ―マーを捉えていた


「………ざんねぇんでしたぁ…………っ魔女の剣如き、効きましぇえん」


 この痩せた、壮年の男は超速で抜剣された聖剣フィエルボワを右の手で掴む。それは、武術家の真剣白刃取りのような物ではない。。握られた聖剣フィエルボワは、ミリミリと音をあげ、砕かれる。


「くっ! それならば複数の属性を掛けあわせた魔法であなたを倒すっ!! はあああっ!! 大地の精霊達よ、天の守護神よ、我が故国を護り給えっ! …………っアイスソーズ! サンダーソーズ! ファイアーソーズッ!」


 彼女が魔法を唱えると、天から文字通り、炎の剣、雷の剣、氷の剣が、まるで雨のように降り注ぎ、クラ―マーの全身を貫いていく。これが、伝説の魔女ジャンヌ・ダルクとしての圧倒的な魔法力のなせる技。


 クラ―マーの周囲に、赤、黄、青の輝く剣の山が築かれていた。…………その姿はまるで地獄に存在するという針山に似ていた。だが………その煌びやかな光は、ある種の神聖性を孕んでいた。クラ―マーは、無数の魔力の剣に串刺しにされて、息絶えたかのように見えた。


「残念…………っ!! 拷問するまでしねませぇん」


 全身を炎に焼かれ、全身を電気で貫かれ、凍らされているにも関わらず、まだ生きている。魔女として生きるジャンヌダルクとしても、目の前のあまりに異様な光景に絶句した。


「何故、あなたは生きているっ!? 本当に人なのか? 明かに常軌を逸している!」


「ひひひひひ。僭越ながら、これでも人間をさせてもらってましてねぇ。ちょいとばかり長生きはしていますが、これでも人間ですよ。ひーひゃひゃひゃ」


「くうっ! なれば、貴様の肉体を原子レベルで破壊してやる! 叫べっ! 故国を護りし誇り高き龍の咆哮――アトミックレイ・オブ・ドラゴニカッ!!!」


 蒼い閃光。ティンダロスの猟犬が放った光柱と同様、超極大のエネルギーの塊がクラ―マーを包み込む。…………っ直撃、そして爆炎と爆煙。


 砂嵐が吹き起こり、まるでミサイルが直撃したかのような轟音。人体の細胞をズタズタに引き裂く、破壊の光。クラ―マーは人間を自称していた。もし、本当に人間というのであればこの閃光に耐えられるはずがなく、死んでいるはずである。


「やったの?!」


 ぎりぃ………ぎりぃ…………ぎりぃ…………


 ジャンヌダルクは自分の足首に鉄の枷が付けられていることに気付く。地面には極太の杭で繋ぎ止めてある。


 ジャンヌ・ダルクはいつの間にかクラ―マーに背後を取られ、更に知らないうちに足に鉄の枷をつけられていた。あの光柱の直撃を受け、いかにしてこのような芸当をしたのかは一切の不明。。


「………冤罪………」


 クラ―マーが発した第一声が、全くこの場の状況を説明するのに相応しくない言葉だったため、思わずジャンヌダルクは疑問の声をあげてしまった。


「えっ…………?」


「いやじゃやないですかあ、冤罪って、ねえ。あなたを、聖女と言う人も居る。英雄と言う人も居る。だから、私の勝手な偏見で、ジャンヌ・ダルク、あなたを魔女を断罪することなんてできないですよ………冤罪、いやじゃやあないですかぁ、ねぇ?」


 そして、一旦間をおいて、言い切る。


「だから、この場であなたが魔女かどうかちょっとした実験ををさせていただきます…………ひひひひひひ。冤罪だったら、困るじゃないですかあ……ねっ?……そんな、英雄だの聖女だのもてはやされている女の子が、魔女のはずがない。だから、私はこれからあなたに対して魔女かどうか試すための実験をします。きーっひっひっひぃ」


 ジャンヌダルクは、魔女というよりも人間の動物的な本能から、自分が対している男が、ヤバい存在であることが理解できた。だから、この場から脱するために転移の魔法を使った。


  ………っだが足首の鎖が転移を許さない。…………っだから、空中を浮遊することで抜け出そうと飛び上がろうとするも、足元の鎖が邪魔をして空に逃げ出すことも許さない。


 ……っクラ―マーはニヤニヤと笑顔を顔に張り付けながら、ゆっくりと、ゆっくりと歩きながらジャンヌ・ダルクのもとに近づいてくる。


「実験です。この針が痛くないと感じたら、あなたは魔女です」


 歪な形をした針。マシュー・ホプキンスという300人の魔女を拷問の上、、虐殺した、魔女狩り将軍の魔女を見分けるための仕込み針。『針を刺して、痛みを感じない者は魔女』と断定する、魔女狩りの道具。


 魔女の容疑のある者の体にこの仕込み針を押し当てると針の部分が、柄の中に引っ込む仕掛けになったおり、結果として痛みも出血もない。簡単に言うと、子供が遊ぶ指すと柄の中に引っ込むナイフと構造的には同じちゃちな代物。だから、痛みを感じる筈が無いのだ。


「…………っ痛い!! やめっ…………っ」


 その針が、ジャンヌダルクの腕を貫き、腕から血が滴っている。おそらく、本来は引っ込むはずの仕掛けが錆びついて機能しなかったのが原因と思われる。


 つまり、これが魔女を発見するための道具だというのであれば、ジャンヌ・ダルクの容疑が晴れるはずである。だから、クラ―マーは彼女を解放しなければならないはず。


「うぅん。いまのあなたの、叫び声には嘘が含まれていましたね? 本当は痛くないのに、痛くないと叫んだんじゃないですか? そうですね。いや、ようく聞いたら、そうに決まっている。だからあなたは、魔女! でも、まだ、まったく確信が持てないですねぇ………だから、私が確信を持てるようにもっと実験しないといけない。冤罪だったら大変だもんなぁ…………ねぇ?」


 クラ―マーがタリスマンを、左右にゆらぁり、ゆらぁりと振るうと、目の前に水の入った小汚い木桶が顕現する。大きさ的には、馬に水をやる桶と同じくらいのただの水の入った木桶。


 そして、クラ―マーはジャンヌダルクの髪を引っ張り、木桶の水の中に、ジャンヌ・ダルクの顔を漬からせる。その頭をクラ―マーが万力のような力で抑え込む。この男は、貧相な体躯のくせに有無を言わせない力を持っている。


「ひひっひ、あなたは魔女ですかぁ………それとも人間ですかぁ?」


 ジャンヌダルクは水の中に顔を漬けられているのだから答えられるはずが無い。相当に苦しいようで、バタバタと木桶から逃れようと全力で暴れるが、クラ―マーの有無を言わせぬ力で、水桶に顔を押しつける。


 ………っやがてその抵抗も弱くなったのを見たクラ―マーはジャンヌダルクの顔を木桶の水から抜け出す。…………そして


「………っやめて…………本当に苦しいの…………ゲホッ……ゴホッ……」


 ジャンヌ・ダルクはあまりの恐ろしさと苦しさに涙を零し、泣いている。木桶の水が肺に入ったのか、本当に苦しそうにむせている。恐怖と苦しみから全身が痙攣する。先ほどから、水を吐き出せど吐き出せど溢れ出る。


「あなたは魔女ですかぁ、それとも人間ですかぁ?」


「魔女です。だから、本当に………もう、お願い、苦しいので、やめてください」


 ジャンヌダルクは、聖女であり、英雄であり、魔女である。…………いや、それを語る以前に、彼女はまだ19歳の少女である。クラ―マーの課す、過度な責め苦に耐えられるはずがないのだ。


「確かに、あなたが魔女である証拠はたくさんある…………魔女の印に、魔女の針を痛がらなかったという証拠、水責めしたら魔女だと告白したという証拠…………んん。でも、…………まだまだ確信が持てないのです、だからもっともっと、あなたが魔女かどうか実験させてもらいますね…………?」


「やめて下さい。…………本当に…………怖いの。やめて、お願い。怖いの」


 両手を組み、まるで神に祈りを乞うように救いを懇願する。その拝むような姿を見て、恍惚を得たような慈愛の表情を浮かべる。ジャンヌ・ダルクは、これで許して貰える、。そして、クラ―マーは続ける。


「ひひひひひひ。そうですねぇ…………、あれも良いし、これも面白そうだ。あなたが魔女で、ある証拠、すくなくともあと20は無いと、異端審問官であるこのクラ―マーはあなたが魔女であるという確信を持てませぇんっ!! だって、間違って異端審問官が一般人を拷問してたなんてことになったら大変じゃないですかあ?! だからぁ、あなたの『自身が魔女である』という自白は信じません。私が確信するまで、この責め苦は続きます。…………ひひひ次は、これなんか面白そうですねぇ。これ何か分かりますぅ?」


 クラ―マーがタリスマンを、左右にゆらぁり、ゆらぁりとと振るうと、鉄で出来た洋梨のような形状の拷問器具が現れる………。


「それ、は、…………っ苦悩の梨、やめ…………って、お願い、します」


 異端審問官達がこの拷問器具をどのような用途で使っていたのかを知らない魔女は居ない。人としての肉体を損壊するのみならず、尊厳を砕き、魂を犯す、悪辣なる拷問器具。


 だが、これはこれから始まる20の魔女実験の内の最初の1つでしかない。クラ―マーは、ジャンヌ・ダルクにを続けるのであった。

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