Justice or Die
勝次郎
はじめ
僕は神社に参拝をしに来ている。唐突であるように見えるが、僕がこんな柄にもないことをしているのには涙なしでは語れない理由がある。それが明かされるのは、ほんの少し先、いやちょこっとだけ先であるからして、暫しお待ちいただきたい。
僕こと綾瀬正は何処にでもいる普通の大学二年生である。顔は中の中(自己判断、異論は認めない)であり、身長も日本男児の平均身長。体重でさえ平均である。故に人生そのものも平凡であり、波瀾万丈とは無縁の生活を送っていた。
そんな私は先程も述べたように、只今神社に参拝をしにきている。
実家が神道を信仰している関係もあり、何か宗教的なイベント(初詣など、その他諸々)が発生する際には基本的には神社に赴く僕であるが、別に心から神を信奉しているかといったら嘘になる。高校の部活動の試合の前に八幡様にお祈りしたり、受験前に菅原道真様に土下座してみたりと、形式的にはお祈りしてきたが、100%いるとは思えない神を、僕は信じていなかった。
鳥居の前で一礼し境内へと足を踏み入れる。参道の右端を歩く僕は、よくよく考えれば久方ぶりの参拝だということに気づく。思えば初詣以来神社に足を踏み入れる機会はなかった。
大学も二年生という学年になり、秋口に差し掛かった八月後半現在、これといって神頼みするような内容もなかったからである。
こんな都合のいい神社の利用方法では、八百万の神に袋叩きにされそうだが、それは和魂をもつ彼らの心の広さを信じていきたいと思っている。
因みに僕が今参拝しているのは吉祥寺駅から徒歩十分ほどに神社である。商店街を突っ切り、そこから左手にずっと直進すること十数分、若者の街に佇む荘厳な境内が見えてくる。
僕は左ポケットにレシートと共に突っ込んだ十円玉を確認してから、そそくさと手水を済ませる。手水舎を後にした僕は、相も変わらず参道の右端を歩いていた。そんな僕の目には、社が見えてきていた。
そんなときであった。境内の中にいる誰かが僕に呼び掛けた。
「おい、浮かない顔してるな」
僕が足を踏み入れた際は誰もいないように見えた境内には、一人の少女が現れていた。
この馴れ馴れしく声をかけてくる少女であるが、決して僕の知り合い等ではない。というか本当に誰だこいつは。
その少女の容姿は世間一般で言うところのとても整っている部類に入るものであり、ぱっちりと開いた目にすらりと伸びる鼻梁、柳眉という言葉がぴったりな眉、艶やかな黒髪はセミロングの長さで切り揃えられ、大抵の男ならその場で告白してもおかしくないような美しさを称えていた。
「まぁ、最低最悪の出来事があれば人間誰しもこんな顔になるさ」
全く知らない絶世の美女と僕は会話を続ける。
君はいったい誰? だとか何処から来たの? であったりどうしてこんなところに? なんて野暮な質問はしない。普段の僕であれば上記のような愚問を投げ掛けていたかもしれないが、いまの僕は大抵のことでは驚かない。紳士的に対応していこう。
「何かあったのか?」
謎の美少女Aは、ニヤニヤとした顔で僕に質問をする。
僕はそんな彼女の声を耳に捉えながら、拝殿までたどり着いた。流れるような動作でポケットの中から小銭を取り出し、賽銭箱へと投げ入れる。
丁度拝殿と向かい合う僕の真後ろ、参道横辺りにいた彼女は、未だにニヤニヤとした顔つきを崩さず、僕の参拝の一挙手一投足を注視しているようだった。
鈴を力強く鳴らし、二礼二拍手一礼、そしてそのまま僕は神頼みをする。
「何を願った?」
更に顔を歪めた彼女は、美少女でなければあっという間に醜悪といわれる程の域まで、顔を歪めていた。鬼という言葉が頭を過る。
そんな彼女はいつの間にか燈籠の上にちょこんと座っていた。
「そうだな……」
僕はこんな場所で、見知らぬ彼女に言うことではないと重々承知の上、なのにも関わらず、ここを訪れた理由と願いを言った。言ってしまった。
口からこぼれてしまったといった方が正しいかもしれない。
「僕はどうやら余命一年らしい。だからこそ無駄だとわかった上で神頼みに来た。これが理由なのだがどうだろう」
彼女はそれを聞いたからといって表情を崩すわけではなかった。その妖鬼のような笑みを張り付けたまま、僕を見ていた。
ギリギリ夏休みであるのにも関わらず、境内の外の喧騒は全くと言っていいほど聞こえなかった。まるで外界から遮断された空間、どんな言葉も当てはまらないが閉め出されたというような感覚だった。
しかしながら、嫌な感じは全くしなかった。むしろなんというか……
「良いのではないか。それこそが神頼みの真髄だろう?」
僕がそんな空気にあてがわれていた間に、彼女の顔は慈愛に満ちた笑顔に変わっていた。この言葉は全く予期せぬタイミングで浮かんできたのが、まるで聖母のような笑顔だとおもった。しかし、僕はキリストを信仰している訳でもないし、マリア様を見たこともないのでこれが正しい形容かどうかはわからない。
それでも、僕は何故だか安堵の気持ちになっていた。
「じゃあ貴様は一年足らずで死ぬのか」
全くオブラートもなにも纏わない言葉が僕に投げつけられたが、別に悪い気はしなかった。むしろ清々しい気分ですらあった。
「そうなりたくないから神頼みしに来たんだけどね」
なんだかストレート過ぎて笑みがこぼれてきた僕は、軽いジョークを飛ばすような感覚で答えた。
彼女は相変わらず燈籠の上で縮こまっていた。その指先で髪の毛をいじくり回しながら、片手間のように僕の話を聞いていた。いや、聞いているのか?
「未練はあるか?」
「いや、だからね、生きる希望を捨てた訳じゃ」
「未練はあるのか」
謎の美少女Aは髪の毛をいじくる手を止め、急に真面目な顔で僕を見つめていた。燈籠の上から見下ろしてくる相貌に、先ほどの聖母の面影はなく、かといって醜悪の権化のような下劣さもなく、子供を心配する母親のような厳しさと優しさを孕んだものがそこにはあった。
未練とはなんだろうか。やり残した事であろうか。
そうだな。僕は一体何をやり残したのだろうか。
僕は思い返した。子供の頃の夢を。何を思い、何を目指し、何に憧れ、何を忘れてしまったのか。
「僕の……僕のやり残したこと」
耳が痛くなるほどの静寂。本当に人類は境内の外にいるのだろうか。僕と彼女の二人を残し、一瞬で滅亡してしまったのではないか。そんな突拍子もない疑問すら考えてしまうほどの静けさは、僕の思考を更に加速させた。
「夢はなかったのか」
彼女の声が鼓膜に突き刺さる。
「僕の夢は……」
境内は音を取り戻した。
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