出動中
少々慌てて駆けつけたフェイは、草まみれのメドウを見てぷっと吹き出した。
「あらあら、坊っちゃま。これは…洗濯係り泣かせですわねえ。草の汁がこんなに。それにまあ、髪の毛が」
くすくす笑いながら、彼女はメドウの後ろ頭に絡みついた草の切れ端をつまんだ。
「いたぁい」
「あら、ごめんなさいまし。でもねえ。うふふ、頭も緑色ですよ」
そうこうしていると、先刻の男がやってきた。メドウを抱っこして、ジロウのところへ連れて行ってくれるというのだ。
「乳母さんは、坊ちゃんについてなくちゃいけないんですか? 坊ちゃんが旦那さまと二人で庭に出てるとこ、俺らはよく見てますがね」
「そうねえ。旦那さまにお任せするってちゃんと伝えてくれるのなら、わたくしはいなくてもいいわけだし」
こっそりうんうんと頷いているメドウの願い通り、フェイはそのまま屋敷に引き上げて行った。しばらく昼寝でもするのだろう。
無事にジロウの元へ送り届けられたメドウは、抱いてきてくれた男にばいばいと可愛らしく手を振った。
[ねえ、みいちゃん来てる?]
ジロウが足元に切った枝を散らかしているので、少し離れたところに降ろされたメドウは、まずそれを確かめた。
[おいおい、タロウとみいちゃん間違えんなや]
枝ぶりを眺めながら、振り返らずにジロウはそう指摘した。
[間違えてないさ。みいちゃんのこと話してるんだ]
[猫じゃらしも持って来てへんのに、なんでみいちゃん出てくんねん]
『まあ、そう言うな、ジロウよ』
「ひゃっ?!」[あっ、危なっ! 刃物持ってんのに!]
ジロウの手入れしていた木の向こうから、みいちゃんはひょっこり姿を見せた。少し影になっているので、光った姿がわかりやすい。
ジロウは枝切り鋏を地べたに置いて、慌てて懐をまさぐった。
[猫じゃらしは確かに部屋に置いて来とるがな。ほんなら、なんで?]
『面倒だ。話は後でメドウに聞け』
背中を伸ばして座ったみいちゃんは悪びれずに言った。光のせいでよく見えないのだが、どうやら尻尾を足元に巻きつけたらしい。
『そんなことより。あちらの、ほれ、人と暮らさぬ猫たちが、こちらに来ている件だが』
「はあっ?!」
ジロウも驚愕したことで、メドウはほっとした。
[だよなあ。目に見えないんじゃ、わかりっこないもの]
『そうか? まあ、それはやむを得んか』
[それより、他の猫と話したことないからアレだけど、みいちゃんは話をはしょりすぎだから]
[せやせや! そもそも、なんやさっぱりなんやけど]
『人間の話が回りくどすぎるのだ。そういえば、マイナムもこんな風だった』
みいちゃんは、いかにも面倒臭そうにふーっと息をついた。
[ほんなら、ここはぐーっと我慢して話進めるけど…。こっち来た言うのは、みいちゃんが暮らしとったとこ、石がずらずら並んどるとこの連中やわな?]
『そう。死んだ森のように、石が並んだところだ』
[あいつらがどうやって来たんか、なんのために、ああ、これ以上言わん!]
ジロウはみいちゃんの顔色を見て、急いで手と首を横に振った。
[ともかく。みいちゃんは連中が来とること、いつ知ったんや?]
『外に出ておらんから、われも細かいことは分からん。何にせよ増え続けて…ほれ。庭中駆け回っておるわ』
みいちゃんは、頭全体で庭を指し示すように首を回した。父と子は、その動きに合わせて庭を見回した。
「あーっ、あれって?」
メドウが右腕を上げた。指し示す方を見たジロウは、ぷはっと口を開いた。紫色の小さな花が群生しているところだけ、一人用の寝台くらいの広さだが、丈の高い茎が激しく渦を巻いて揺れている。
「あそこ、いるね!」「いるだろうなあ」
二人は、目に見えない猫たちが追いかけっこをしている様を、きっちり思い描いた。
[そうそう。この前から屋敷のみんなが【タロウ】できるようになったのって、あの子たちなんだってさ]
[うわ。またわけのわからんことを]
[えーと。俺の術だって皆んなに思われてる【タロウ】だけど、俺たちは本物の、いや、空気猫状態になってるタロウを撫でてると思ってて、それが増殖してるのはおかしな話だったんだけど、その場の雰囲気かと思ったら]
[あー、もう! みいちゃんや
ジロウは髪の毛を掻きむしった。
[なんやよう分からんけど、目に見えん、触れん、空気猫たちが、ここに、ぎょうさん来とると。ほんで、そうと知らんと皆んなして触っとった。そういうこっちゃな]
[うん。そう言うこと]
メドウは邪気なくにこにこした。
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