最果てに広がる空は何色か

夕崎藤火

第1話 雪と海と幼馴染

「雪って、天から送られた手紙って言うんだって。知ってた?」


 世界が色を失い、灰色が覆うようになり、空から降り注ぐ明かりが消えてどれほどの年月が過ぎたか。

 なにが原因だったのか、いったい誰がこんなことを目論んだのか。

 答えなど出ることもなく、淡々と日々が過ぎて行く。

 偉い人たちが知恵を絞って、この状況を打破せんと奮闘しているとかなんとか、小さな頃にテレビでアナウンサーが力説していたのを思い出す。

 人間の適応力とは恐ろしいもので、五、六年過ぎればみな色などあったことを忘れて生きていくのだった。


「へえ、そりゃお洒落なことで」


「もうちょい興味持たない? まあ、私たちは雪の色なんて見たことないけどさ。

 本当なのかな? 私たち、消えちゃうって」


「さあ? でも、どこかの遠い国で国民が全部消えたってニュースで言ってたし。それなら自然に考えて遅かれ早かれ、俺らも消えるんじゃない?」


「ふーん、やっぱそうなんだ」


「自分で聞いておいて、なんだその反応」


 しゅうがジロリと睨みつけるも、気に留めることもなく素知らぬふりをしては幼馴染の彼女は空を仰ぐ。

 神様が間違えて色を灰色で塗り潰してしまったような世界、空だけじゃない。

 月も太陽もそして、命あるもの、目に見えるものは全て色を奪われてしまった。


「ねえ、海行こっか」


「毎日飽きるほど見てるだろ、なんの意味があんだよ。それに、なにがあるってわけじゃないし」


「意味とかそんなの気にしたらダメ、ふと思っちゃったんだ。このまま消えたら後悔しかないって、だったら行きたいところに行って、やりたいことして満足して消えたくない?」


 真琴が突拍子もないことを言うのは今に始まったことではなかった、昔からずっとそうだった。

 世界は、人々は消えることに恐怖を覚え、動き出した異変に慌てだし怯えていた。色がなくともそれなりに楽しく生きていた毎日、それなのに一週間前、突如として人が消えるという現象が起きた。

 

 まるで、初めからその国にはなにもなかったかのように。

 いや、そもそも国などなかったとでも言うように。

 

 だからか、いつもと変わらず居る幼馴染にとても安堵するのは。

「置いてくよ」そう言い残せば、そそくさと教室を後にする真琴に、「行くとは言ってない」と文句をたれつつもあとを追うように足早に駆ける。


 色を持たぬ水が押して引いてと潮の匂いだけを運び、永遠と地平線まで広がる。

 元は真っ青な、青く青くどこまでも美しく輝く水の世界だったとか、祖父母の昔話からよく聞かされていた本来の海の姿。


「海の向こうってやっぱ、世界の果てがあるのかな?」


「お前は高校生にもなってなに言ってんだよ、世界の果てなんてあるわけねえし。あるとしたら隣の国だろ」


「それはわかってるけど。むかーしむかし、色鮮やかに輝いてた時代の、海で自由に生きてた人たちはそう考えてたんでしょ?」


「……御伽噺だろ」


 夢がないんだから、と拗ねたのか頬を膨らませる真琴を餓鬼かと小突けばバシッと叩き返される。世界の終わりなど、微塵も感じさせぬほどの穏やかな時間が流れる。


「あ。……萩、あれ見て。流れ星」


 先ほどまで不貞腐れていたのに、空を仰ぐ真琴は既に笑顔に変わっていた。

 百面相かよ、そう漏らすも同じように空を見上げる。

 沢山の星たちが空を覆い尽くす、流れては消え流れては消え……。


 まるで人の命のように儚い星たち。


「綺麗」


「そうだな……本当に綺麗だ」


「………萩。私ね、ずっと萩のことが好きだった」


 光り輝く星が落ちる、それは彗星と呼ぶ大きな星の輝きだった。

 辺り一面を明るく照らし出す、風が大きく吹き荒れ、真琴の言葉を宙に運ぶ。

 

 それは一瞬の出来事で、また世界は灰色に色を染め上げる。しかし、それを見届ける者の姿はもうどこにも見当たらなかった。

 まるで初めから、この世界に人など居なかったかのように。

 さざなみだけがあたりに響く、小さな花は潮風に吹かれ、右に左に揺れる。




 萩、真琴






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