ミットケナシュ

@KamiseYu

第1話 Paris 8.25

1人の女が立っている。

彼女の手には一丁の拳銃が握られていた。

「お前、知っているぞ」

彼女の足元には1人の男が横たわり、体から血を流しながら彼女に叫ぶ。

「お前が、お前がミットナケシューーー」

一発の銃声とともに、男は物言わぬ骸と成った。

硝煙が昇る拳銃を腰元のホルスターに戻した彼女は、スマートフォンをズボンのポケットから取り出す。

「目標はクリアした。スイーパーをお願い」

一言告げ、女は通話を切断する。


スイーパーの二人組は男の死体を手際よくゴミ袋に包んで持ち去った。血痕も跡形もなく処理し、まるでそこで誰も“死んで”いないように。


彼女はふと、死体のように自分が消えてなくなりたいと願った。


医者は私のことを精神疾患からくる自殺願望者だと言う。

だが私はただ死にたいわけじゃない。

無意味な死ではない、そう言うことではない。


気づくと私は家にいた。

家といっても簡素なもので、家と呼べる代物かは怪しい。寝ぐらと言うべきだろうか。

私はいつものように、精神安定剤を処方数よりも大幅に多く口に含み、ミネラルウォーターで体内へと押し込んだ。

そして、いつものように泥のようにベッドで寝るのだ。




2010年代に発生したアラブの春による政情不安は燻っていた中東地域の不安定な“安定”を破壊した。

リビアの独裁者がストリーミング配信中に射殺されたことで中東の防波堤が破壊され、多くの難民がヨーロッパへと流入する。

欧米各国は150年以上前の政策のツケを血で払うことになったのだ。


流入難民に紛れた過激思想主義者達はヨーロッパで育った中東の若者を洗脳し、ホームグロウンテロリストや傭兵として消費し、混沌を作り出した。

度重なるテロ行為に対し、国境を自由化したEU共栄圏は全くもって対応はできなかった。


パリが攻撃されるまでは。


2019年 8月25日 フランス共和国 パリ 午前11時24分


その日私は久々の休暇で恋人とパリに訪れていた。

パリは解放記念日でお祭り騒ぎだ。シャンゼリゼ通りはフランス軍がパレードを行い、道には出店が出ている。

私と恋人はこの休暇を満喫するはずだった。


シャンゼリゼ通りから少し離れた場所に建つ倉庫の中に、アブドゥル・ラフマーンは座していた。

彼の目の前には5人の男が同じように座し、メッカの方角へと体を向けて祈りを捧げている。

やがて祈りが終わると彼らは一言口にする。

「異教者に死を」

男達は顔つきこそ中東風のいでたちではあるが、各々フランスに溶け込んだ身なりであった。これが警察が彼らを見逃した理由だ。

ラフマーンはシリア内戦に過激思想主義者として介入し、生まれ故郷フランスへと戻ってきた。もちろんフランス対外治安総局DGSEは把握していたが、その姿をシャルルドゴール空港に帰国した以降見失っていた。


総計6人のジハーディストはシャンゼリゼ通りの雑踏へと姿を溶け込ませていく。


私と恋人はフランス軍のパレードを見物していた。戦車や歩兵が列をなし、行進していく様は圧巻だ。

戦闘機が曲芸飛行をし、観客達はわき上がっていた。

恋人は私にいった。

「マリア、これが終わったら私は仕事をやめるわ」

恋人、リーナはそういうと指輪を手渡してくれた。

「リーナ?これは」

「これは、プロポー……」

彼女の言葉を最後まで聞き取ることはできなかった。

私たちから20m離れた場所でTATP爆弾が炸裂したのだ。

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