第5話

 元成にあっては、赤、紫、黄、緑、黒、青、橙と七つの部族に分けられている。それは元成を維持するために、様々な考え方や習慣などを集約してしまうよりも、そのまま生かしたほうが良いと、あえて人の集う共同体を七部族として分けているという意味合いが強い。

 卯鴻と超沙が、幼きときから身を守るしつけをされてきたと言っても、それは、その部族間の争いが絶えないからというわけではない。何に対して身を守る用意をするのか。その理由は知らない。あえて説明もされなかった。物心ついたときには、それはすでに習慣になっていた。だから今では、隙を作らず急な襲撃にも備えた体勢でいることの方が自然なものになっている。

 ふたりとも、着物によく似た、上から下までつながる、布を縫い合わせた衣服を身につけている。その衣服の下、下半身には、林の中を駆けるとき、木の枝や下草などで怪我をしないために、別の衣服をさらに履いている。それぞれの衣服は、虫避けとも蛇避けともなる藍色の染料で染められていた。元成の男衆はほとんどがこのいでたちである。そして髪は基本的に長髪。それを、それぞれの部族の色で染めた紐で後ろでひとつにくくっている。超沙と卯鴻の紐の色は赤。つまりふたりとも赤の部族の者ということの証である。

「だが、旅に出れば死すかも知れぬ。ならば今生の別れとなるかもしれぬのに、これがおかぁに黙ったままで行けるものか」

 超沙の意見が癇に障ったものか、卯鴻は口調を強めてさらに言い募る。

 籠を編んだ竹が日に照らされ、ひしげる音ともに香ばしい匂いが届いた。

「それはわからぬでもない。俺とて母は大事だ。が、しかし、それでもなお、その思いを置いて、ここを出ることの方がより大切ではないのか?」

 超沙は、相手の言い分に頷きながらも、己の考えを落ち着いた口調で諭すように言う。

 猛禽類の羽ばたきのような風の渡る音がした。わずかに籠が揺れる。

「ここを出ること、とは、それはつまりおかぁにも知らせて、大手を振って出ていくことではないのか?」

 いらだった卯鴻の口調は先ほどにも増して激したものになった。その怒りのこもった表情は、まさに卯鴻の雰囲気によく似合っている。

 すでにふたりは、元成から出ると、根本は決めている。元成にいれば獣の肉も取れるし木の実などの山の幸もふんだんに取れる。ただ暮らすだけなら他のどの地域よりも暮らしやすい土地であろう。今までであったならば、それに満足して、この地を出て行こうなどとは思わなかった。だが、様々な外の世界の知識を手にすると、もっと大きな場所で己の成すべきことがあるような気になった。

 半ば世界から孤立していたような元成であったが、最近は商人も頻繁に訪れるようになっている。獣の肉、毛皮、水を多く含む特徴がある特殊な種類の苔、木の実、そしてなにより独特の成分を程よい比率で含んだ岩塩がある。外の世界に開かれてみると、元成には取引の対象となる産物が数多くあった。特に岩塩は、金と同等の価値があるとまで言われるほど品質のよいものである。それらを求めて元成に出入りする商人たちから聞く、外の世界の話は、魅力に満ち満ちていた。

 ふたりの話合いは長く続いたが、結局、母に知らせずにこの地を出ていくことはかなわないとの結論に至った。卯鴻が押し切った形である。が、しかし、そうなってしまえば今度は超沙のほうが割りきりがいい。

「ならば、おとぉたちに正面きって言おう。それから大手を振って出て行こう」

「待て。超沙のおとぉはやさしくていいが、俺のおとぉはそうはいかんぞ」

「なぁに、卯鴻のおとぉは、この地にすむ者たち、七長のひとりではないか。部族を治める立場の長が、子の言うことに耳を傾けずにおくものか」

「それはいじめか。俺のおとぉの性格はよく知っていようぞ」

 普段は気の強さが隠しようもなく表情にも表れている卯鴻が、少し臆した様子である。

「おう、知っているとも。気に障れば、もっとも大概のことが気に障るのだが、大声で怒鳴りだす。それを誰かがなだめようとでもしようものなら鉄拳制裁だ。それでも引かぬ者には馬乗りになって、わき腹を膝で締め上げ、腹や顎に拳を打ちつけ続ける。これは有名な話だから、まぁ、引かぬ男など、もう一人もこの地にはいないがな。そんな輩は出奔したか、打ち所が悪くて死んだかだ」

「その役を俺にやらせるというのか」

「嫌なのか。適任であろう」

「どこがだ、超沙。何が悲しくてこの歳で死んでいかねばならぬ。これから生きて何かを成さんとしているのに、最初の一歩も踏み出せないではないか、それでは」

「まぁ、そのときは己に使命がなかったものとあきらめろ」

「あきらめられるか」

 卯鴻はふくれっ面になった。本気で腹を立てたようである。こうしてみるとまだまだ幼い。

「なぁ、卯鴻。俺たちに何ができるのかな?」

 急にしんみりとした口調になって超沙が言う。

「何ができるかを知らぬことが、逆に何かを成せることにも繋がるように思うが、具体的に、これこれをすると決めてからでないと動いてはならぬのか?」

「そういうわけではないが、今や北に烈がある。武力にたのみ、隣接する地域をどんどん平定して己の国土としているという。京成もすでに標的にされているというではないか」

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