第9話
=====
今日も窓口は紛糾していた。
来庁者は三年前の移転した際し、事前に受けた説明が間違っていたという理由で州の謝罪と補償を要求し続けている。
「お前たちが間違っていたんだ。補償するのが当然だろう!」
僕は心の中で溜息をつく。訪問者の履歴によれば、彼は行政組織だけではなくありとあらゆる関係先に対する苦情を重ねている。この回数は異常のレベルだ。交渉は概ね高圧的。虚偽と断定された、あるいはその疑いが強い案件が八件。行政に対する訴訟履歴は無いが、民間に対しては五件。
うち三件は逆提訴されており、全て負けている。
ここまで行くと一種の病気だ。今回の話にしても、男性は何の証拠も提示していない。当然ながら各種のレーティングは真っ赤だが、こういう人はそれも気にしないのだろう。
「しかし、主張の根拠はあなたの記憶だけですよね。要求をされるのなら、根拠を提示していただかないと」
堪り兼ねた望月さんが反論する。
「こっちはきちんと覚えているんだ! そっちこそいい加減な事を言うな!!」
「いい加減なんかじゃありません!」
望月さんは前回の受付記録を表示させた。若干指示からずれ始めながら。
僕は望月さん自身の傾向を思い出した。感情が昂ると自分の判断で突発的な行動に出る癖がある。極端なものではない。レーティング的には標準の範疇だが、今回は悪い方に転がったらしい。
「きちんと記録も残っています。この時のやりとりではそんな事実はありません。ご覧になったらいかがですか」
「それじゃない!! もっと前の時期だ」
「そうなると先ほどの話と食い違ってきます。三年前のことだとおっしゃたのでは? お話に矛盾があるじゃありませんか」
言っている内容自体はともかく、その口調はまずい。僕はまず望月さんを落ち着かせようと合図を送るが、ヒートアップした彼女は完全にそれを無視した。
どうしようかと僕は悩む。班長がやったように強制的に交代するか。しかし、その後を上手くまとめる自信が僕には無かった。それにAIは現在の状況を全体的には許容範囲内と評価している。標準の手順を外して失敗すると僕自身への評価が厳しくなるという点も悩ましい。
それにしても職員応対窓口は色々と不便だ。担当者の個性というものがこんなに厄介だと、僕は知らなかった。
AI窓口のように、人間が意識できないレベルで少しずつアバターのパーツと会話パターンを交換し、違和感を与えないまま担当者をすり替えるような芸当が出来ればいいのに。
「あなたの言うことを証明できるものは何もないでしょう。主張をするなら、記録を出してください」
望月さんの指摘に対し訪問者は声を張り上げた。理不尽な怒りを込めて。
「お前たちが記録を消したんだなっ! 犯罪だ!!」
そう。この来庁者の傾向としてもう一つ。
自身が不利になる兆候を見出した場合、大きな声や攻撃的な姿勢といった原始的な手法で解決を図ろうとするという点がある。
先ほどの映像はおかしい。あの時着ていた服が違う。北関東州は記録を捏造して市民の権利を抑圧するのかと一方的にまくしたて始める。
確かに現代技術をもってすれば映像記録ぐらい簡単に捏造できる。その点ぐらいは認めても良いが、一応は真正認証を受けているのだ。
記憶の方が確かという話は通らない。
そんなに信頼できないのなら、自分で記録をオフライン保管すれば良いでしょうという望月さんに対し、相手はオフライン保管した記録も盗まれて改竄されたと主張し始めた。
確かにそれも絶対不可能ではないけれど、あなたのためにそこまで手間を掛ける意味があると本気で思っているのだろうか。
僕はなんとか途中で話を引き取り、冷静に事実確認をするようお願いした。
だが、案の定上手くはいかない。嫌になるほど話がループする中、僕は結局のところ人間の記憶は確かではないと発言をせざるを得なかった。
それを聞いた訪問者が猛り狂う。
「真実を知っているのはおれだけなんだよ!! 貴様らは嘘の塊だっ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます