クモマグサのせい
~ 二月十一日(月祝) 3.2 対 2.4 ~
クモマグサの花言葉 深い愛情
雪のちらつく昼下がり。
例えお隣と言えど、出向くのは億劫なわけで。
そんな中。
不承不承、呼び出しに応じてみれば。
「昨年に引き続き、今年も味見係ですか……」
もう、ここ一週間近く。
チョコしか食べていないのですけど。
「許してください、皆さん。俺が嫌がらせにあっているのご存知ですよね?」
「大丈夫っしょ! あたしのはトリュフだから!」
「私のはガトーショコラだから」
「あははは……」
日向さんと渡さんが。
チョコ家の兄妹たちをあだ名で呼んで俺を騙そうとするのですが。
苦笑いを浮かべる神尾さん共々。
そんなインチキには騙されません。
「道久君、そんなこと言わないの。あたしからも、お礼にショコラーデを振る舞うから頑張るの」
君もですか。
だから騙されませんって。
それ、ドイツ語でチョコのことでしょうに。
「むしろお礼を言って欲しいくらいなの」
騙されません。
「言うの。ダンケシェーンって」
騙されません。
「言うの」
「だまされましぇーん」
なけなしの知恵を絞って。
俺を騙そうとするのは
軽い色に染めたゆるふわロング髪を、三角巾でしっかり隠して。
この時期になるとお花屋や園芸店でよく見かける。
可愛いピンクのクモマグサを。
頭巾の上に乗っけているのです。
とは言え。
ガス台に並んではしゃぎながら作るみんなとは対照的に。
鬼気迫る表情をしている穂咲なのですが。
「……ほんとに作る気です?」
「もちろんなの。道久君も手伝うの」
先日の、学校での大事件。
大変なご迷惑をおかけしたお詫びとして。
一つ一つ丁寧に。
この子。
全校生徒にチョコを配る気でいるのですが。
「千個も。作れるの?」
「できるかできないかじゃなくて、やるの」
その想いはかっこいいのですが。
「主に道久君が」
……そのセリフはかっこ悪いです。
いえ。
むしろめちゃくちゃです。
そして再びテーブルに視線を落として。
メッセージカードにお詫びを書き込んでいくのですが。
そいつを千枚書く前に。
チョコの準備をした方がいいのではないでしょうか。
「まったく。穂咲は言い出したら聞かないからね……」
「そうっしょ。こう見えて頑固っしょ」
「そのせいでチョコ作りを手伝わされる身にもなって欲しいのです」
「あはははは……」
やれやれ、何をやらされることになるのやら。
俺が、身を切るほど冷たい水で手を洗っていると。
穂咲は顔もあげずにぽつりとつぶやきます。
「ごめんなさいの気持ちを愛情を、形にしてお渡しするの」
「そんなこと言って、ほんとはお礼にチョコを貰う気なのではないですか?」
「いらないの。反省中のあたしは、全部お断りするつもりなの」
「ほんとに?」
「ほんとに」
そう呟いた穂咲さん。
ちょっと、しょんぼりとしたように見受けられるのです。
「…………じゃあ、勝負は俺が勝っちゃいますよ?」
「構わないの。勝負より大切なものがあるの」
「ほんとに?」
「ほんとに」
そして再び。
メッセージを書き続けます。
――ここのところ。
チョコ獲得のために頑張っていましたもんね。
お弁当だって。
賄賂という意図はともかく。
偶然個数が一緒だったから起きた不幸な事件ですし。
やれやれ、仕方ない。
俺も手伝ってあげましょう。
「……まずは何をすればいいのです?」
「ブロックのチョコを包丁で砕くの」
「よしきた」
「ごめんなさいの気持ちと愛情を込めながら」
「よしきません。愛情を込めることはできるかもしれませんが、謝罪については自信ありません」
だって。
なんで俺が君の代わりに謝る流れになっているのですか?
「それをしながら、みんなの作ったチョコを評価するの」
「味見の方だけ引き受けましょう。まずはこれですか?」
「ちゃんとチョコも作るの。ごめんなさいを込めて」
「そこが難問なので、チョコは作りません」
テーブルの上には。
バットにトリュフチョコが並んでおりまして。
そのうち二粒程を口に放り込んで。
感じたままの評価をします。
「うーん、深い謝意は感じますけど、大量生産感が否めませんね。もうちょっと愛情込めて一粒一粒作った方がいいかもです」
そんな評価に。
女子一同が、眉根を寄せます。
「なによその評価」
「偉そうなうえに抽象的っしょ」
「最近、チョコばっか食べてるせいでよく分かるのです。チョコ自体はいい味にできているのですが、粒が綺麗に丸まっていないのです」
俺の辛口な評価に。
みんな揃って不服そうなのですが。
自分が作るわけでは無いので。
忌憚なく、偉そうに。
そういう評価でも、文句を言われることも無いでしょう。
などと思っていたのですが。
「で? これを作ったのはどなたなのです?」
その不服そうな顔が揃って。
穂咲の方へ向いたのです。
「……げ」
「試しに朝イチで作ってみたの」
「はあ」
「愛情込めて一粒一粒作った方がいいの?」
「……そう感じました」
「ふーん。是非ともお手本を示して欲しいの」
しまった。
こうして、断ることが出来なくなった俺は。
一粒一粒。
愛情とごめんなさいを込めて。
丁寧にチョコを丸め続けることになりました。
……これ、男子も食うのですよね。
穂咲の手作りだと思って喜ぶ方もいらっしゃることでしょうし。
ええ、たっぷり込めましょうとも。
ごめんなさい。
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