(株)懺悔カンパニー

monaka

■第一話:懺悔カンパニー




「なるほど。よく分かりました」




 小さな箱。


 最近は見かけないが、ちょうど電話ボックス二つ分くらいの箱型の部屋。




 その中央は一枚の壁で仕切られており、その両側に座るお互いの顔は見えない。




 椅子に座った際、頭よりももっと上の部分にあたる壁は穴あきになっていて、お互いの声だけが伝わる仕組みだ。




 その小さな箱型の部屋は、簡易的な懺悔室。




 ここは株式会社懺悔カンパニー。




 僕はそこで働いている。


 名前を、磔ヶ丘アーリアという。


 はりつけがおか。実にふざけた名前だが、名付け親がそう付けてしまったのだから拒む事はできない。


 そういう『契約』だ。




 僕の仕事はこの懺悔室で迷える子羊の懺悔を聞く事。




 そして…




「聞いて下さってありがとう御座いました。おかげで気持ちが、大分楽になりました」




 今日も一人迷える子羊が罪を告白し、浄化される。




「それで、貴女はどうなりたいと願うのですか?」




「…どう、と仰いますと…?」




「罪を告白し、誰かに話す事で気分が楽になった。それだけで良いのですか?」




 姿は見えないが壁の向こう側で女性が戸惑うのが解る。




「で、ですが…私は、まだ捕まる訳には」




「勘違いなさらないで下さい。そもそも先ほど伺った罪は大した物ではありません。わざわざ貴女を捕まえに来るほどこの国の警察は暇ではありませんよ」





 少々の無言の後、女性は安堵の深い息を付いて、「そういう、事ですか」と呟く。




「私だってこのままでいいとは思っておりません。同じような事は絶対に、二度と起きないようにしたいと思っておりますし、勿論同じ過ちはおかしません。今後は生まれ変わった気持ちで、誠実に生きて行きたいと…」





「その言葉に嘘偽りはありませんか?」





「はい」





「ではここで誓いを立てて下さい。当社は全力で貴女を、貴女がなりたい人物像へと導かせて頂きます。その為に貴女にも代価を支払って頂きます」





「お金はかからないと聞いて、いたのですが…」





「勿論お金は頂きません。貴女が失うのは罪。そして罪の意識のみで御座います」





「…それで、いいのですか?」





「ええ、勿論。当社の規定により嘘偽りは有りません。貴女に誓って頂く事は、その罪と、罪の意識を手放す事。その二つだけです。誓って頂けますね?」





「分かりました。誓います」




















「お疲れさま♪」





 一仕事終えて会社の食堂で焼き魚定食を食べていると頭の上がずっしりと重たくなった。




「別に疲れてません。どちらかというと今のこの状況の方が僕の肩がこってしょうがないんですけど」





「まったく。こんな素敵なお姉さんの豊満な胸が頭に乗っているっていうのに感想はそれだけかね。健全な青少年としてどうなんだ?君はもう少し…」




「何が青少年ですか。これでも悪魔なんですよ?それともご立派な上級悪魔のルーミィ様からしたら下級悪魔の僕なんてたかだか青少年って事ですか?」




 そう。僕も、先ほどから僕にちょっかいをかけてきているルーミィも、俗に言う悪魔だ。




 といっても天使だ悪魔だ、なんていう区切りはほとんど有って無い物だ。


 人の感情が集まって生まれてくるのが僕達だ。


 どんな感情が集まって生まれたかによって性格や力は様々で、純度の高い想いから生まれた悪魔は上級悪魔と言われ、ごっちゃごちゃで低俗な想いから生まれた僕みたいなのは大した力も持たない下級悪魔と言われている。




 僕らは生まれ落ちたその時から漠然と自分が天使なのか悪魔なのか解っている。


 だが、明確な違いは存在しない。


 そして、他人…というか他の悪魔からはそれを判断する事が出来ない。


 力が大きい小さいは分かるが、そいつがどんな想いから生まれてきたかは自己申告に頼るしかない。


 どんな濁った感情から生まれた悪魔だとしても自分が天使だと言い張ればそれは天使になってしまうのだ。


 天使も悪魔も同じ。


 どちらにせよそんな事を他の悪魔が知る必要は無いし、大事なのは力が大きいか小さいか。上級か下級か。それだけだ。





「まー確かに?アリアなんて私からしたらまだまだひよっこ悪魔だからね。おねーさんからしたら青い少年だよ」





「はいはい。そういう事にしておいて下さい。できればルーミィの中だけで」




「こるぁ。ルーミィさん。もしくはルーミィお姉さんだって言ってるだろ」




「僕だってアーリアです。アリアなんて可愛らしい名前にしないで下さい」




「あらあら。アリアっていう自分のあだ名がそんなにも可愛らしい物だって思ってたんだ?じゃあもっと呼んであげないとね。アリア~♪」




 イライラする。


 ルーミィの事は嫌いじゃないし、何より会社の上司だ。


 更に言うなら自然発生型の悪魔である僕は誰とも契約出来ないまま消えてしまいそうになっていた。


 そんな僕を拾って名前を付けてくれたのも、この会社を紹介してくれたのもルーミィだ。


 それに関しては非常に感謝しているのだが、どうにもルーミィはいつまでも僕の事を子供扱いしてくる。




 確かに生まれてからルーミィの四分の一もたってないんだから彼女からしたら子供なんだろうけれど、僕は早く対等になりたい。


 成長したと認めさせたい。




 それにしてもルーミィはネーミングセンスが無い。


 磔ヶ丘ってなんだよ。


 きっと僕が磔刑場で倒れていたからだろうが、それを名前にするか?




 ルーミィに拾われてからもいろいろな事があった。


 悪魔や天使という存在は人間と契約し、エネルギーの供給を受けないとやがて存在が希薄になり霧散してしまう。


 僕らのような無契約悪魔は生きて行くだけで一苦労なのだ。




 そこでルーミィを中心としたはぐれ悪魔はその時代その時代に見合った形で別のエネルギー供給を模索してきた。




 それがやっと、数年前にきちんとした形になる。




 それが僕の所属する懺悔カンパニーだ。


 ここでもルーミィのネーミングセンスの無さが炸裂している。




 正式名称は


 株式会社懺悔カンパニー。






「それにしたってこの会社はアリアで成り立っているような物だからね。あまり根を詰めすぎて体調を崩されると困るよ。ほどほどにしてよね」




「だからさっきも言いましたけど別に疲れてませんよ。さて、面倒なお姉さんに絡まれてしまったせいで食事も食べきれないまま昼休みが終わってしまいました。ルーミィが絡んでこなければゆっくり体を休める事も出来たんですけどね」




「口の減らないガキンチョだなぁ」




「ガキンチョとか年齢を疑われるから言わない方がいいですよ」




「こんのクソガキ…」




 ぐぬぬ…と目じりを釣り上げて唸っている彼女を無視して仕事に戻る。




 と言っても、懺悔しに来る人が居なければひたすら箱の中で待機するしかない。




 現にその日はそれから二時間半程懺悔室の中でぼーっとしていた。




 やがてティロリロリローンティロリロリー♪と間抜けな音楽が流れ、目の前の壁の向こうに人の気配。




 時間的に本日最後のお客様だろう。




「いらっしゃいませ。懺悔カンパニーへようこそ。どうかここでは自分を偽らず、正直に貴方の罪を、告白して下さいませ」




「あ、あの…ここは何でも話を聞いてくれると聞いて来たんですが、大した事なくても大丈夫でしょうか?」




 声の感じからすると年のころは二十台前半と言ったところか。


 まだ少しだけ青さの残る青年の声だ。




「ええ、勿論。ここはお客様に自由に罪を告白して頂く場所で御座います。罪の大小は関係ありません。それで、本日はどのような罪を、告白して頂けるのでしょうか?」




「あ、あぁ。そうだった。…実は、俺…」




 青年はまだ覚悟が決まらないのか、何かを迷っているのかなかなか話し始めようとはしない。




「慌てなくても結構です。もしもお客様が気持ちの整理に一時間くれと言うのであればこちらはじっと待たせて頂きます。だから慌てずに、気持ちを整理しながらゆっくりと、話して下さい。秘匿性は守られています。隠して来た事を、誰かに打ち明けるだけでも気持ちは随分と楽になるものですよ」




「お、おう…ありがとう。実は、俺大切な人を…こ、殺してしまったんです」




「…なるほど。殺人の告白と言う事ですか」




 これはそれなりにいいお客様かもしれない。




「…驚かないんだな」




「ここは罪の告白をしていただく場所であり、私共はそれを聞くのが役目です。ここではいろいろな罪を持った方がいらっしゃいますから特別驚くような事ではありません」




「…そういう、物なのか?でも、少しだけ安心したよ。実際は俺が直接殺したって訳じゃないんだ」




 おや。僕の思い違いだったのだろうか?いいお客になると思ったのに。




「と、言いますと?結果的に殺したも同然、といった内容でしょうか?」




「そう。…話が早くて助かるよ。あれは三か月くらい前…」




 少しだけ肩の力が抜けたのかその青年は事のあらましを語り始める。




 彼には付き合って三年になる彼女がいた。


 そして、自分と、彼女、そして共通の友人三人。男二人女一人が俗に言う仲良しグループというやつだったらしい。




 ある日、皆でキャンプに行った時の事。


 食料はそれぞれ持ち込んでいたのだが誰も調味料を持って来ていない事に気付き、彼が仕方なく買い出しの為車で一人その場を離れた。


 彼女も連れて行こうとしたのだがその時の彼女は既にかなりお酒を飲んでいて、車に乗ったら気分が悪くなってしまいそうだったので置いて行った。




 店までかなり距離があったらしく、出発してから戻るまで一時間半ほどかかったそうだ。




 そして戻ってくると、どうも皆の雰囲気が悪くなっている。


 喧嘩でもしたのかもしれない。


 だが、それを皆に聞いてもなんでもないの一点張り。誰も何があったかを語ろうとはしなかった。




 結局その日は終始ギスギスした空気でキャンプを終える。




 帰り道、彼女と二人きりになったので詳しい事を聞くと、どうやら仲間の男性二人に乱暴されたらしい。女も共犯だと彼女は言った。




 彼は怒り、なんとかして仕返しをしようと考える。


 訴えたりしたら彼女が証言の為その時の事を根掘り葉掘り聞かれて辛い思いをする。


 それは避けたい。


 だが、それならどんな方法があるのか。




 その日から友人達とは一切連絡が取れなくなってしまい、元々バラバラにネットで知り合った仲間達だったため身元も分からず、どうにもならないと泣き寝入りをするしかない状態だったのだそうだ。




 そんなある日、彼女がネットで、自分が乱暴された時の動画や画像が流出しているのを見つけてしまう。




 あいつらがばら撒いたに違いないと彼は憤る。


 彼女は彼に対し、その動画や画像を見ないでほしいと懇願した。


 だが、彼は…一体どんな酷い目にあわされたのかという確認と、ほんの少しの興味本位でそれらを閲覧してしまった。




 その中の彼女は、本気で拒絶しているようには見えなかった。


 後々考えれば当然なのかもしれない。彼女はその時相当酔っていて正常な判断はできなかったかもしれないし、あちらには男性が二人も居るのだから力で脅されてしまえば抵抗など出来ずなすがままになっても無理はないのだ。


 しかし、その時の彼は、友人達に対する怒りと、そして彼女に裏切られたという、おそらく誤解であろう感情に支配されてしまい、被害者である彼女に対してそれはもう酷い事を言ってしまったのだそうだ。




 そして、彼女はついに耐えきれなくなり、一度に大量の薬を飲んで、二度と目覚める事はなかった。





 彼は、自分だけは味方をしてあげなければいけない時に、逆に彼女を追い詰めてとどめを刺すような事をしてしまった。


 それを悔いていて、自分の発言が原因で彼女が死んだ。つまり、彼が彼女を殺したのだ。と、そう語った。






「なるほど。月並みな言葉になってしまいますがそれはとても辛い経験をなさりましたね」




「…ええ。あの時…俺が彼女の気持ちをもっとはっきり解ってやれていれば…俺のせいで彼女は死んでしまったんだと、ずっと悩んでいて…自分だけでは抱えきれなくなっていたんです」




「なるほど。それで当社を利用しようと思ったわけですね。貴重なお話し、そして罪の告白ありがとうございます」





 だが。





「しかしながら、お客様は…当社に嘘を付いておいでのようだ」





「なっ、それは…どういう?俺が嘘ついてるっていうのか?ここは、罪を暴く場所なのか?ただ話を聞いてくれる場所って聞いてるぞ!」




「勿論ここはお客様の罪の告白を聞く場所で御座います。しかしながら、それは嘘偽りの無い告白に限ります。事実を隠し、部分的に話が捻じ曲がっている話を罪の告白とは認定しかねます」




「な、なにを根拠に…」




 根拠。証拠。


 人間はいつだってそうだ。


 自分が嘘を付いているというのに勝手に都合のいいように話を捻じ曲げて、それを指摘されたら濡れ衣だ根拠はなんだ証拠はあるのか。そればかりである。


 つくづく救えない生き物だ。




 こんな事を言っては身も蓋も無いしズルいと感じるかもしれないがこちらは悪魔なのだ。


 人間のルールに縛られる必要は一切ない。


 目的の為ならば力を行使する。




 悪魔や天使はどのような想いが結晶化して生まれてきたかでそれぞれ力の大小、そして能力が変わってくる。


 僕の能力と言えば、ほんの些細な物。




 僕には人の嘘が解る。


 勿論もっと上位の悪魔には人の心が読める者もいるし、相手に本音を喋らせる事が可能な者までいる。


 だが、下級悪魔には下級悪魔のやり方があるのだ。




 この会社には個人で全て対応可能な上級組と、僕のような悪魔がチームを組んで対応する下級組がいる。


 そして、下級なら下級なりにそれぞれの能力を駆使して上級一人と同程度の仕事を成す事ができるわけだ。




『アリアさん。その方が嘘を付いているとの事でしたがそれは間違いありませんでした。ミーシャがその動画を特定してくれたので確認しましたところ、彼女さんは確かに友人二人に乱暴されています。ですが…』




 今僕に話しかけてきているのはマインという悪魔だ。主にテレパス能力を使う。


 ミーシャというのは情報処理に長けている悪魔なのだが、本来は情報処理というよりも探し物を見つけるのが得意という悪魔としては低級も低級な能力だ。


 だが、世の中がネット社会になってからという物彼女の能力はなかなかに恐ろしい物となっている。


 何せ無限に広がるネットの海から、少ない情報で瞬時に必要な物を探し出す事ができるのだから。


 今の時代に非常にマッチした能力だろう。




『基本的に出回っている動画は確かに彼女さんが二人の男性と、面白がって見ている女性の三人から弄ばれる映像でした。しかし、この動画の出本と思われる個人サイト内のロックされたページ内には他の動画も数点確認されました。その中には、流出した動画の前後の物もあり…その。なんと言いますか…』






「なるほど。大体分かりました」





「何が分かったって言うんだ。適当な事言いやがって…」





「そう興奮なさらないで下さい。ここは懺悔をする場所。いいですか?ここでの貴方の言動は神が見ていると思って下さい」




「神だって?バカバカしい!」




「ええ、本当に。神など馬鹿馬鹿しい事この上ありません。ですがよく考えても見て下さい。ここには貴方が誰かを知る人は誰も居ませんしそれを詮索する人も居ません。貴方がどんな罪を告白しようとそれを咎める人もおりません。ならば下らない自尊心で事実を捻じ曲げる必要など無いではありませんか」




「…」




「貴方は、あらかじめ友人たちに自分の彼女に乱暴するように頼んでいましたね?動画も撮影するようにと」




「何を馬鹿な…そんなわけ…」




「大方彼女さんと喧嘩したか弱みを握られたか、どちらにせよその彼女さんも貴方に対して誠実なタイプではなかったのでしょう?」




「…あぁ、そうだ。あの女は…勝手に俺の金を使い込むわ男遊びは激しいわ…しかもそれを隠せてると思い込んでる馬鹿な女だった」




「いい加減我慢が限界に達した貴方は、彼女さんへの仕返しを思いつき、ネットで仲良くなっていた仲間達に頼んで彼女に乱暴した上、その動画を撮影し、後に流出させた。おそらく彼女さんがネットに気付いたというよりは貴方が偶然見つけたという形で彼女に報告したのではありませんか?」




 マインとミーシャが調べてくれた事実から、僕がある程度の話の流れを推測して真実を暴いていく。


 僕には嘘かどうかを見極める能力しかないので、あとは自分の思考力でどうにかするしかない。






「…まるで見てきたみたいに言うんだな。なんでそんな事知ってるんだよ。まさか俺の事…」




「いえ、貴方がどこのどなたかという事は存じ上げません。誓っても構いませんよ」




「ならどうして…いや、もうそんな事はどうでもいいや。あんたの言う通りだよ」




「あてずっぽうが当たってしまいましたね。ですが正直に認めて頂きありがとうございます。おそらく、貴方は彼女さんを殺したい程憎んでいたわけではないのでしょう。ですから彼女が想像以上に傷付き、自殺してしまった事に驚いた。そして、後悔もしている。だからこそ懺悔して気持ちを楽にしたかったのでしょう?」




「…そう、だよ。まさか、あんなに男遊びが激しかった女が、乱暴されたくらいで自殺するなんて…思わないだろ普通…」




 壁越しの男性の声は、少し震えていた。


 本当に後悔しているのだろうし、彼女を好きだったという気持ちは本物だったのだろう。


 その涙が本質を物語っている。






「正直に話して頂けた事と、貴方が非常に後悔していらっしゃるご様子なので一つサービスです。これは貴方も知らない事ですので本来伝えるべきではないのかもしれませんが…貴方もそのご友人たちから近いうちに脅される可能性があります」




「えっ?なんだよそれどういう事だよ!」




「貴方のご友人、いや…友人だと思っていた人達は最初から貴方の事も騙すつもりだったのです。ですから、貴方が彼女に乱暴するように持ち掛けている所も…動画として残されております」




「なんでっ、なんでそんな事が解るんだよ」




「詳しくはお話しする事が出来ません。そういう社内規定になっております。神の御業、とだけ申しておきましょう」




「…そうかよ。よく分かんねぇけど全部お見通しって事かよ」




「無論、こちらは調べる気になれば貴方がどこの誰なのかすぐに解ります。ですが、これは既に申し上げている事の繰り返しになりますが貴方の事を調べる気はありません。先程誓った通りです」




「そこまで知っててなんでだよ」




「それ以上は私共の仕事ではありません。再三申し上げますが、誓って、そんな事はしません。ここは貴方が罪を告白し、こちらは真実の告白を真摯に聞き、受け止め、そして許すだけです」




 男が一瞬言葉に詰まる。




「ゆ、るす…?あんたが、俺を許してくれるって言うのか?」




「ええ。勿論許します。真実の告白をして下さったのですから。それに、神もお許しになるでしょう」




 神などが存在するのなら、だが。




「…そうか。そういう、事なんだな。ここは…噂の通りだったよ。ありがとう、確かに…いろいろ吐き出して楽になったよ」




「では、お聞きします。貴方は、罪を告白し気持ち的に楽になる事が出来た、それだけで満足ですか?」




「…どういう、意味だ?罪を償えとかそういう話なのか?警察にでも通報する気か?」




「いえ、当社はそのような事は致しません」




「なら…どういう」




「貴方はその罪を告白した上で、この先どうありたいと願うのですか?どうなりたいと願いますか?」




 その言葉の後、数分間沈黙が続く。


 やがて、男が震えた小さな声を絞り出した。




「そりゃ、もう…こんな思いしたくねぇよ。悪い事っていうのはするもんじゃねぇ。罪悪感だけがいつまでも付きまとってきやがる。だから、だから…」




「わかりました。当社では貴方がなりたい自分になれるように出来る限りのサポートをさせて頂きます。その代り、それ相応の代価は頂きますが」




「ちょ、ちょっと待てよ、ここ無料なんだろ?金なんかねぇよ!」




「いいえ、お金など必要ありません。貴方が失うのは先ほど告白した罪。そしてその罪の意識で御座います」




「意味が分からねぇよ」




「罪の意識が無くなるという事はもう貴方はその罪悪感に苛まれる必要は一切なくなります」




「そんな事が、できるのか?」




「はい。当社でしたらそれが可能で御座います。その罪と、その罪の意識を手放す事を誓ってくれさえすれば」




「…わかった。誓う。いくらでも誓ってやるよ。だからなんとかしてくれ。罪悪感でどうにかなっちまいそうなんだ」




「確かに、承りました」









「…一体何をした?今まで苦しかった気持ちが…嘘みたいに消えちまった。本当に、これが神の…」




「神の、御業とだけ」




 男は、少し戸惑いながらも、その後は感謝の言葉をひたすら述べ続けた。




「それでは、本日の懺悔は以上でよろしいですね?貴方は許されました。もし今後再び何かしらの罪を犯した際には是非当社をご利用くださいませ。ご来店、真に有難う御座いました」




 男は去り際にもまだ感謝の言葉を述べていた。




 罪悪感を失うという事がどんな事なのかも知らずに。




 それに、今あの男は自分の罪から許されたかもしれないが、友人もどき達は近いうちに彼を脅すだろう。


 それに屈するのか、屈せずに抗うのか…それは彼次第。




 場合によっては警察沙汰になり彼の行いも露呈し、法的な措置を受ける事にもなるだろう。




 だが、そんな事僕には関係無いし興味も無い。



 是非とも次回も当店をご利用くださいますよう。







 またのご来店、心よりお待ち申し上げております。


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