第21話

 連絡が、ついたことはついた。

 ただ、ターナのスマホから蒔乃にかけて話が出来たのは蒔乃本人だけで、先に送り出したはずの羽月が一緒にいない、というのは三人の動揺を激しく誘った。


 「…蒔乃から電話は出来ないの?」

 『無理だよ…羽月のスマホ、電源入ってないんだもん』


 聞けば連絡が取れなくなってからずっとその状態らしい。


 「…ターナ、どうする?」

 「どうするもなにも。ウヅキはネノの電話を持っていったのだろう?そちらにかけてみればいい話じゃないか」

 「いやまー、それはそうなんだけど…」


 とりあえずその場を動くな、と蒔乃に指示だけして善後策を図る二人だったが、協議するまでもなくターナから出された提案は、もっともすぎてそれが出来ない理由を説明するのさえ憚れるほどだった。


 「何か都合が悪いのか?」

 「いや、都合とかそーゆーことじゃないんだけど…まあいっか。口止めだけしとけばいいもんね」

 「口止め?」

 「あーうん、こっちの話…」

 「じゃあかけるぞ」

 「え゛。あっ、ちょっ、ちょっと待ってかけるなら私が…」

 「あー、ウヅキか?ネノのスマホなら持っていると思ったのでかけてみたが……なに?何故そんなに驚いて…」

 「ターナ私が話するから貸して!!」

 「あっ…」


 常に無い強引さで音乃はターナの手からスマホをもぎ取った。


 「羽月くん?!蒔乃の姉の音乃だけど…うん、こっちは大丈夫。そっちは?…なんだ、良かった…また変なコトに巻き込まれてたかと思って…ああ、じゃあさ、場所決めて待ち合わせしようか。…うん、そうだね、あそこなら有名だし、どこかお店の人にでも聞けば教えてくれるよ。じゃあ、また。うん、マキにも伝えとく………」


 ターナは、スマホをかっ攫われたことを訝しむことは訝しんだが、羽月に伝えていること訊いていること自体に不審な点は無かったから、無沙汰に困った両手を革ジャンのポケットに突っこんで、音乃の様子を見守っていた。


 「……えっと、それでさ。一つだけ、ねー…」


 すると、話が終わるのか、というところでターナの様子を伺いつつ、音乃は声を潜める。

 何かこちらに聞こえたら都合の悪いことでもあるのだろうか。

 ターナは、ぷいと音乃に背中を向け、近頃は数を減らしつつあるネオンサインの看板に興味でも持ったように見入る風を装う。


 「…でね、今見たものは他言無用。いい?」


 それでいてしっかり聞き耳は立てていて、何を言ったのかはしっかり聞き取っていた。


 (口止め…とか言っていた件か。何を見たというのだ?ウヅキは…)


 疑問には思うが、竜の娘の力を使ってまで探ろうとはしない。それは、ターナなりの誠意というものではある。

 では聞き耳は何なのだ、という話になるが、それは迂闊なネノが悪い。これくらいなら普通の人間並みの耳でも聞こえてしまうではないか。

 …というのは言い訳じみている。

 つまるところ、気になって仕方がないだけだった。



   ・・・・・



 「へぁー…これが有名な渋谷のハチ公。なるほど………って、別にどこにでもありそうな銅像だよね?」


 駅に降り立った時に見かけてはいたかもしれないが、落ち着いて見るのは初めての日本一有名な犬の銅像を、蒔乃はそうバッサリ評した。


 「マキは情緒がない。こーいうものはね、背景ってものがあるから見え方が変わってくるものなの。分かる?それが無ければ銅の塊とこの像にだって違いは無いんだよ?」

 「音乃ちゃん説教くさー」


 蒔乃との合流は、一刻も早くと急く蒔乃の意向で、蒔乃が待っていたマクドナルドに二人が駆けつける形だった。

 その場でも道々でも細かい話などはしなかったものの、それでもあのような形で蒔乃だけ逃がす形になった音乃は散々叱られたものだった。

 もちろん、反論すべきところは反論しようとしたのだが、ムッとして抗弁しようとした音乃の後ろからターナが、


 「…わたしがネノを逃がそうとした時に、誰かさんはひどく怒ったものだったけどな」


 と、当て付けのようにぼそりと言ったものだから、音乃は何も言えなくなってしまった、という経緯がある。

 それを踏まえ、なんとか姉的権威を取り戻そうとしてハチ公像に対する雑な感想を窘めたのだったが、結局妹にウザがられてお終い。それだけのことだった。


 「それで羽月ともこの辺で待ち合わせなんでしょ?あいつどこにいるんだか…」


 まあ時間で言えば夜の九時前頃である。

 既に出来上がった勤め帰りの酔っ払い、これからコンパにでも行こうかという学生、その他諸々が行き交う待ち合わせの定番の場所、ということで実際に待ち合わせするのは容易ではない。

 その上。


 「…ねーキミらさー、さっきから誰か待ってるみたいだけど、オレたちと遊ばない?」


 …的な、要らない声がけが頻発しているのである。

 といっても音乃と蒔乃はこの場合オマケのようなものだ。狙い目は当然、白皙銀髪の美少女であるターナの方だ。

 一緒にいる時間が長すぎて音乃もすっかり麻痺していたが、これでもターナはすれ違う人の大半が目を奪われる美しい身姿の持ち主だ。

 もう当人は慣れたものと見えて平然としているが、一緒にいる自分たちにも着弾する好奇の視線の誤爆が、なんとも肌に痛い。

 そしてその美貌に興味を持つだけのみならず、余計なちょっかいをかけてくる輩も少なくないというわけだった。


 「音乃ちゃん、こーいう時いつもどうしてるの?」

 「どーもこーも。見てれば分かるわよ」

 「ほい?」


 音乃の指さす先を見る。

 そこには二人連れの男を正面にうんざりとするターナがいた。

 それほど下品ではないがかといって親切心から声をかけてるとも思えない彼らは、それは何か耳触りのいい言葉で歓心を買おうとしているのが見え見えなのであるが、彼らが口を開く度に返ってくるターナの一言一言がもう、バリゾーゴンの域を超えて軽く殺しにかかってくるレベルなものだから、その顔は秒毎に青さが増していき、最後には笑みなのだか恐怖の引きつりなのだか判別つかない表情で、ターナの前から後ずさって去るのだった。


 「…口が悪いなんてもんじゃないね。あたしターナと口喧嘩だけはしないよーにしよっと」

 「あのな、別に好きで罵ってるわけじゃない。あの手合いにいちいち実力を行使していたら五分で警察に連れて行かれる。だから面倒でも口で追い返してるだけじゃないか」


 マキノの言い草は不本意に過ぎる、と不満そうな顔のターナ。

 それでも蒔乃は楽しそうだからよかったのだが、音乃は少し気になって、蒔乃に聞こえないようにターナに確認する。


 「…もしかして力使ってる?」

 「ナンパを追い払う程度のことでいちいち使ってられるか、キリが無い。大体、本気で使うとそれなりに疲れるのだぞ」


 …ということらしい。となると明日にはもうこの辺りで都市伝説じみた話になっているかもね。おそろしく口の悪い外国の美少女がいた、とか。


 「…何かわたしに失礼なことを考えていないか?」

 「考えてはいるけど別に失礼じゃないとは思うなあ」


 埒があかない会話を交わす二人だったが、音乃はなんとなく、これで日常が戻ってきたような心地もする。

 思えば、連休に親友を遊びに誘って楽しく過ごせるかと思いきや、実家から妹がほとんど予告も無しに襲来し、その持ってきた話というのが自分の友だちが連絡つかないから探すのを手伝え、ときたものだ。

 まあ行ったこともない場所でもあったし、出歩くくらいのつもりでつき合ったら、親友の過去に関わるとんでもない話に巻き込まれ、下手をしたら命の危機ですらあったのだから。


 「…よくみんな無事でいられたなー」


 と、流石にこればかりはターナの耳に入らないよう、また新しく声をかけてきた男連れをあしらっているターナの背中を見ながら思うのだった。


 「あ、羽月いた」

 「え、どこ?」


 そうこうしているうちに、蒔乃が羽月の姿を見つけたらしい。その指さす方角を見ていると、これがいかにも覚束無い様子の少年が、何かを探すように辺りを見回しているのを見つける。


 「おーい羽月ー。こっち!」

 「…あ」


 そして蒔乃が周囲の注目を集めるくらいの大声で呼ばわると、羽月もこちらを見つけたのか不安そうだった顔をパッと明るくして小走りに駆け寄ってくる。

 それに気づいたのかターナも、今回は珍しく粘っていた男三人に「連れが来た」と冷徹に告げて背を向け、音乃たちに向き直った。


 「……ごめん、迷っていたよ」

 「見りゃ分かるわよ。そーいうどんくさいとこ全然変わってないね、羽月はもー」


 …確か前、いじめてるつもりなんか無い、って言ってなかったっけ。

 と思って音乃は微妙な気分になる。

 隣のターナも少し難しい顔をしていたから、同じような思いなのだろうか。

 ところが。


 「どんくさいってなんだよ。蒔乃だってしょっちゅう迷子になってたじゃんか。地図見ないで歩き出すクセ全然治ってないだろー?」


 と、言い返す羽月には、あの部屋の中で見つけた時の怯えた様子からは想像するのも難しいくらい、きっぱり言い返しているのだった。


 「ふふ、そうだな。何処に何があるのか分からないのに歩き出すのはマキノの性格だったということか」

 「むっかーっ!ターナまでそーゆーこと言う?!」


 そしてターナもホッとしたように軽口をたたいている。


 「あ…あの、そういえば助けてもらったお礼言ってませんでした。音乃さん…と、あの」

 「ターナでいい。ネノの友人…ということにしておいてくれ」

 「はあ…」


 口を挟んだターナに気がつき、羽月はそちらを見てギクシャクした礼を述べた。

 ターナは慣れた風にそれに応じていたが、羽月が音乃とターナの間で視線を往復させているのに気がつくと、怪訝な顔で首を傾げる。


 「あーっと!ここで立ってても人が多いだけで話も出来ないからさ、どっかお店に入らない?マキの奢りで」


 それに慌てた風の音乃は、羽月が手に持っていた自分のスマホを「返してもらうね」と奪うように取り返すと、さっさとこの場を離れようと先に立って歩き出す。


 「無茶苦茶言わないでよ音乃ちゃん!あたしにそんなお金あるわけないじゃん!!」


 奢り、の一言に抗議しながら蒔乃がそれに続く。

 賑やかなことだ、と思いながらターナも後を追うが、羽月の様子は、と振り返ると、何故か照れたような恥ずかしいような、そんな表情でまだ音乃の背中を見ていた。

 まさかな、と思いなおし、羽月の腕をとって引っ張る。その瞬間、周囲の視線が色めきだったような気がしたが、まあ自分たちが集めていた注目からすれば仕方あるまい、と諦めに似た境地で賑やかに言い争う姉妹の後を追うのだった。

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