欠けた音とターナの空
河藤十無
第一部・彼女と彼女の物語
一章・其の身は『竜の娘』と云い伝う
第1話
目覚めたら見知らぬ布団の中にいて、自身は下着姿だった…というのは十八の娘としてはかなり危機感を覚えていい状況なんじゃないだろうか、と現状の割には呑気に思った。
比較的清潔なシーツと毛布だったのは幸い。
身体を起こして周囲を見る。
狭い部屋。ついでに、古い畳の六畳間。
何なんだ、この部屋。
これまた古い、磨りガラスの窓の外は、昼なんだか夜なんだか分からない薄暗さ。
まあこれは、窓の外がビルだかなんだかで覆われてるせいなのだろう。
一応パンツの中を確認。
…一見して無事と分かって、一安心。
そして、身体を動かしたためか、ギシリと尻の下で金属が軋んだ。
何の音かと思ったら、どうもベッドに寝かされていたらしい。こんな畳の部屋に、ベッド?
そのバランスの取れていなさに首を捻るも、とりあえず何でこんなことになっているのかを、思い出さなければなるまい。
そう思って首を捻ると、頭の奥の方から響く、鈍くも激しい痛み。
「お、おおう…」
思わず苦悶の唸りが口から洩れる。経験したことのない痛さにひとりで悶絶していると、入り口の鍵が開く音がした。
ガチリ。
これもまた古いせいなのか、必要も無いのにやたらと大きな音。
その割に動きがスムーズなのが恨めしい。
動作に何の引っかかりもなく解錠されると、油の切れた金具が出す特徴的な音と共に、木製の扉が開いた。
やばっ、と思って何故か寝たふり。といっても頭から毛布を被ってしまっただけのこと。
ああどうか、この部屋に入ってきたのがむくつけき男でないように…出来ればカッコよくて若い男の子なら文句はないんだけれど…いや、こんな汚…くはないけど古ぼけた部屋に住んでるならそれは期待出来ないか、と諦めの境地で相変わらず痛む頭の上からは、えらく涼やかな声が聞こえてきた。
「おい、起きているのは分かってる。そこから出てこい」
ビク。
簡単に言い当てられて思わず動きが止まる。
どうして分かったんだろう。入ってくる直前に潜り込んだのは間違い無いし、ご丁寧にイビキまでかいてみせたのに、と思ったがそれが原因だとは露程にも思わない辺り、間の抜けたことだった。
「…出てこないのか?ならこちらか引っ剥がしてやった方がいいか?」
声の位置からして、ベッドに片足をかけてこちらの直上から話しているのだろう。今すぐにでも毛布に手をかけられる、位置にだ。
そう思って冷静に、判断する。
声は声変わり直前の少年のような、ややハスキートーン。あるいは女の子のようでもあるけれど、毛布の中からはなんとも判断がつかない。
のだったが、その凛とした響きからして、悪い印象は何故か抱かなかった。
けれどそれよりも気になったのは。
「…いい加減にしろよ?今貴様がどういう格好なのかは分かっているんだ。そのまま簀巻きにして外に放り出してやっても構わないんだぞ」
…その声に含まれる怒気の方だったりする。
いや、自分がなんでこんなに怒られるのか。そんなヒドい真似を彼だか彼女だかにしたのだろうか。それを思い出そうとするとこの頭痛がぶり返してそれさえままならないので、相手の身姿くらいは確認しようと、鼻から上だけを毛布の外に覗かせる。
そしてそこにいたのは。
背丈こそ長身の自分に頭一つ分ほど及んでいないが、日本人のものとは明らかに異なる白皙の容貌に、透き通るような銀髪。
その長さは知れないが、前から見て量感の豊富に見えながらも肩のところにその影が無いことからみて、背中でまとめているのかもしれない。
そしてその容姿。
これも日本人からは考えられない程にすらりとした体躯。音乃もスピードスケート選手としてアドバンテージになる手足の長さには自信があったが、それより背が低いにも関わらず腰の位置はそう大差無さそうだった。
美貌、となると更に上回る。
大きく開かれた双眸は、碧ではなく少しくすんだ感じの灰色の瞳だったが、すらりと締まった頬に囲まれた目鼻と口は整い、どこか野生動物を思わせる猛々しさと完璧に作り出された自然の美を思わせていた。
そんな絵に描いたような美少女が、Tシャツに素足も眩しいショートパンツ、という出で立ちで手を腰だめに憤怒と共に自分を見下ろしている姿というのは、状況の理解が全くなされていない現状にあってなお、見惚れるのに充分だったと言える。
「…ようやく顔を見せたな。カシミヤ、ネノだったか。貴様わたしの一張羅に何してくれたか、思い出しているんだろうな?」
なんで自分の名前を知ってるんだろ?とまだ痛みで霞む頭を左右に振って思いだそうとする。
「…あいたぁ」
それすら堪らず、頭を押さえながら体を起こすと、毛布がずり落ちて下着姿の上半身が露わになる。
「うわっ!…ば、ばか早く隠せ!」
「えー…?」
見られた自分より目の前の少女の方が狼狽えている。なんでだ。
もしや美少女ではなく美少年だったのだろうか…と思わず見入ってしまうほどに、その、少女の体つきは何と言うか…。
「くっ…こ、これだ!見覚えはないのか?!」
その失礼な眼差しに何かしら引っかかるものでもあったのか、慌てて
目の前、とまではいかないが間近に寄せられたそれからは、ほのかに酒の匂いと、起きた時から自分の口内に留まっていた不快な臭さによくにた匂いがする。
これは、確か…。
「思い出した…」
そう言って二日酔いの痛みの残る頭を垂れる音乃に、少女は「どうだ」とばかりに何故か得意げな顔を見せていた。
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