第1話 アサト…明日に向かう。 上

 ふと、目が覚めると、真っ暗な地下室の中であった。

 もぞもぞと動きながら再び毛布の奥に入る。


 季節は秋である。


 この世界では、太陽年と言う、太陽が春分点しゅんぶんてんを通過してから、再び春分点しゅんぶんてんに来るまでの時間を計算して、それを1年で表していた。


 を基準とした、日にち表記が行われている。

 一年は、365.2422日と言う事なので、4年に1度、いち日増えるようである。

 この増えた年に、世界に7人しかいないいにしえの賢者がどこかに集まり、ひと月かけて、これからの4年の暦を作成するようだ。

 それ以外にも、半年に1度、集まりを行っているようだが、どこで何の為に集まっているのかは、分かっていない。これは、だが…。


 おかしなことに、世界に7つあるいにしえの神殿には、その後の暦が4年分、誰も知らないうちに書籍となって現れるようだ。

 それが、その国近辺に知らされて、世界統一の暦になっている。

 神殿は、その日が何日なのであるか、毎日表示している。

 最高位の神官を目指している神官が修行する場所では、修行する者が管理をしているようだ。


 月の満ち欠けは1年におよそ、 12.37回。月の満ち欠けという目立つ現象が、12回繰り返されると1年がすぎているので、1年を12個に分けた。

 来訪者は、この月の満ち欠けに関連があるようだ。

 満月の夜から朝方。新月の夜から朝方に来訪者が誘われている。…


 一週間の概念があるようだ、日曜日・月曜日・火曜日・水曜日・木曜日・金曜日・土曜日。と決められている。そして、日曜日は休日に指定されている。

 なぜ、そのような表記になったのかは、誰も分からないが、これもいにしえの伝承の流れで、曜日は7日間は統一されているものの、冠は、神の名前だの、星の名前だと、諸説あるようだ。これも、だが…。


 どうやらこの世界には、時間と言う概念の上に、生活の基盤となる基準が用意されている。

 これは、この時間や暦は、いにしえの伝承の上に成り立っているようである。

 そのいにしえの伝承を管理しているのが、いにしえの賢者…のようであり、この世界のことわりを知っているようである。…これは、で、の話である。


 ナガミチが亡くなったのは、2日前。

 昨日は、ナガミチを弔い。そして……。


 アサトは毛布から出ると、真っ暗な地下室で朝を迎えた。と言うか、真っ暗なので時間がわからない…。

 「・・・そうだった…、ここで寝ていたんだ。」とつぶやくと、ぼさぼさの髪を掻いた。


 ベッドからでると肌寒さを感じ、毛布を体に巻いて一階へとあがる。

 チャ子が来ている。と、言うか、ナガミチの家の2階が、妖艶の魔女〖クレアシアン〗に吹き飛ばされたので、居住区域がなくなり、サーシャがチャ子を家に連れて帰っていた。


 中庭にある、イチョウの木を見上げているチャ子。


 アサトは一階にあがると、家の中から、イチョウの木を見上げているチャ子を見た。

 季節は秋なのであろう、イチョウの木も黄色くなりかけてきている。


 たしか4月…、冬が来るようだ。

 居間のソファーには、インシュアが横になっている。


 昨日、帰ってくると、サーシャとポドリアンに手伝ってもらい、居間に祭壇を作った。

 その祭壇には、ナガミチが愛用していた太刀を2本、横に並べ、1本は低い位置、その後ろに少し高く1本を並べた。

 その横には、服を掛ける木柱に、10年前にクレアシアンとの戦いで着ていた、黒い長袖のシャツと紺色のズボン、丈の長い戦闘用のコートが掛けられてあり、その胸元の位置には、ギルド証と師範証が薄く光を浴びていた。

 インシュアは、帰って来てから何時間かその祭壇を見てから、外に出て行った。

 チャ子は農場で花を摘み、その花で花冠を作ってきて祭壇の脇に添えると、掛けられている服の下で丸くなって昼寝をしていた。


 ぼんやりと昨日の光景を思い浮かべていると、チャ子が気付いて大きく手を振り、溢れんばかりの笑顔を見せた。

 その行動に少し手を挙げてこたえると、キッチンに向かい進んだ。


 パンが焼けた香がしている。

 そこには、サーシャが朝ご飯を用意してくれていたようだ、もう姿は無かったが…。

 朝食を食べ始めると、チャ子が庭からやって来て同じテーブルにつき、干し肉をかじり始めた。

 「おはよう、チャ子」と声をかけると、ニコッと笑う…。

 無言のままに朝食を食べていると、チャ子が何かを見ているのに気付いた。

 その方向へ視線を移すと、そこには祭壇があった。


 「…どうしたの?チャ子」と声をかけると

 「…いなく…なったの?」と小さく言葉にする。


 チャ子は、確かにナガミチになついていた。


 まだまだ子供であるチャ子は、インシュアが言うには、かれこれ約12年前に、クエストで、近隣の村や町から女性の誘拐を繰り返していた、亜人と人間の合いの子、”イィ・ドゥ”の〖アバァ〗と言う奴隷商人の捕獲依頼があった。

 アバァは、女性を高額で亜人らに売り、または、亜人らに飽きられた女性を回収してきては、オークやゴブリンの階級が高い方々と物々交換をしていたのだ。


 この街の周辺にアジトを構えていたアバァの情報を得て、アイゼンがリーダーのパーティーが襲撃をした。

 その時、アバァは逃亡が身軽になるために、すべての奴隷を皆殺しにして、数人のメンバーと逃亡をしたようだった。

 殺された奴隷の中に、小さな赤ん坊を抱いて亡くなっていた女性を、サーシャが発見して、その赤ん坊を引き取る事にしたようであった。

 最初はその赤ん坊も亡くなっていたと思ったが、いきなり目を開けると、人間と同じ声で泣き始めたのに驚いたと言う。

 その鳴き声が、とてもいとおしく、小指を口もとに近づけると、小さく壊れそうな5本ので押さえて吸い始めた、その行為に涙が出て来たと言い、それから、チャ子の母親として、今まで育てたようだ。


 豹の亜人と人間の合いの子、”イィ・ドゥ”である。

 だが、頭にある三角形の耳や、少し長くなってきている黄色に黒の斑点がある尻尾、そして、左側のオデコにちょっとある黄色と黒の斑点、口の上から細く長い髭を除けば、どこにでもいる子供であった。


 チャ子は、口に入れていた干し肉を飲み込むと

 「ここは、チャ子が、母さんに怒られた時とか、近所の子に、『あいのこ・あいのこ』って、いじめられた時に来る場所。ナガミチおじちゃんは、母さんにチャ子と一緒に謝ってくれたし…、いじめっ子は、一杯一杯…いじめていたし…ナガミチおじちゃん…大好きだった…」と言葉にすると、

 「なんで…もういなくなったの?アサト…なんで…」と大粒の涙を流し始めた。


 …それは…ぼくも…そう思う。


 ナガミチになついているチャ子の状況が、分かったような気がした。そして、チャ子の問いに、自分も同じ気持ちであると思っていた。

 その二人の会話を聞いていたインシュアは、寝返りをして、二人に背をむけた、その瞳には…。

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