熱のカタチ

夢渡

縁の上の力持ち

 はじめはちょっとした好奇心だった。

 ぐるぐる回る羽に巻き込まれ姿を消すゴミの数々が、子供の時分にはまるで手品を見ているように心を躍らせる。

 すえた臭いを気にもせず、ゴミ捨て場からはみ出した小さな袋を手に掴み、小さな足で駆け寄って動く羽へと投げ入れる──すんでのところで宙に浮かんだ私の体は作業着を着た大人の前へと連れ戻された。

 手に持ったゴミ袋を見せ彼に我儘を聞かせると、軍手を付けた手で脇を抱えられたまま私は人生初めての経験に目を輝かせた。


「エンジンよしランプ点灯異常なし。何時でもいけます」


「今日の回収ルートは?」


「だいじょぶっす」


「それじゃあ出発するぞ。シートベルト絞めろ」


 それなりに成長し学校にも通い、あのとき見た手品の種明かしを済ませてしまう。

 どうという事の無い文明の利器を理解したところで志が変わらないのを理解すると、私は進路希望で教師の顔を曇らせては親にも難色を示された。

 成績は中の上。素行も悪い訳ではなく親には五体満足の体を貰っている。望むならもっと幅広い職場選びと可能性が自分の前には用意されていたが、冷めぬ熱は盲目的にあの時の仕事へと突き進めた。


「そろそろ第一地点だ。減速してアームの準備をしろ」


「了解。ええと回収対象はあのデカブツでいいんすよね?」


「あぁ──ああいや、隣の奴も回収してくれ」


「あんなちっさいのをですか、マニュアルじゃあ対象外のサイズだと思いますけど?」


「少し前にこの辺りで隕石の衝突があったろう、あれはその破片だ。保証は無いが鉱石類が回収できる事が多い」


「はー、流石っすね先輩」


 そうして私は今、デブリ回収作業員として働いている。

 夢は叶わなかったのかと聞かれたのなら私はノーと答え、諦めたのかと聞かれれば灰色のイエスを掲げるだろう。

 必要なものを全て揃え、どう言われようと揺るがなかった熱意は、自慢ではないが有名企業を受けたとしても確実に採用されたと自負している。

 そう思ってもなお私が別の仕事に甘んじているのは、時代の流れに他ならない。


 肥大の一途をたどっていたゴミ問題はいよいよもって容認できる範疇を越えようとしていた当初。国は細かな規則と罰則を設けて対応を急いだが、国民一人一人の監視までは到底手が行き届くはずもなく。そんな折に伸び始めていた技術は、お歴々にとって魔法の類いに見えたのだろう。自動廃棄物分別集積所と称されるAIによるゴミの完全分類と監視は、身近な近未来の一つとして産声を上げた。


 当初こそ分類と監視だけの蓄積所でしかなかったが、一定の効果と犯罪防止にも繋がると分かるや否や、多くの自治体は採用を決めて知事達は下水の隣にゴミの流れるレールを敷いた。

 自動化による影響はゴミ収集業へと伝播し、早朝に見る手品の移動屋台は徐々に地下に潜るエンジニアとクレーム対応をする事務員へと姿を変えた。

 長々と続く少子高齢化は、そうなれなかった若い労働力を早々に別の働き口へと売り出し、私が社会の窓口を開く頃には数少ないゴミ収集業者の新規雇用は打ち切られていた。


「なぁ、お前はどうしてこの仕事に就いたんだ?」


「え、なんすか突然。なんかの調査っすか?」


「個人的な質問だ。無駄に多い要求資格と経文みたいに長い規則。替わり映えの無いルーチンワークに、旨くもない食事がローテーションで出される宿舎。お前みたいな若い世代ならもっと良い就職先なんて山ほどあるだろう」


「ええそりゃまぁ……でもこの仕事だってすげぇ大事業じゃないすか! 実際地上でのゴミ問題解決したのだってこの仕事中に偶然見つかった細菌ですし、今じゃ多くの資源がこの仕事ありきで回ってるんすから」


「そりゃ昔の話だ。発足当初こそ国を挙げる一大プロジェクトだったが、今じゃ周辺宙域じゃ真新しいもんは見つからないし、大手企業なら自前で資源収集を許可されてる。大して変わらん待遇だが、こっちは経費削減の為に地上に帰れるのは年に数回だ。だからみんなこう言うのさ、割に合わない仕事だってな」


 望めば地下に潜る事もスーツに袖を通す事もできはしたが、そこに私が夢見た姿はなく。気付けば空の上でゴミ拾いを始めている。

 あの日。彼が街の掃除をしているのだと話してくれると、子供には広すぎる世界に思いを馳せて、私は凄いねと目は爛々と輝かせ驚きと感謝の声をあげたのを覚えてる。

 それなのにあの時彼が『ありがとう』と小さな自分に返した意味が、彼の年齢を過ぎた今でも分からないでいた。


「あの、これって本当に公表される調査云々とかじゃないんすよね?」


「ん? あぁそうだがどうした」


「この仕事に就いた理由。結構こっぱずかしい話だもんで」


「安心しろ。この場だけの話だ」


 部下は恥ずかしそうに頭を掻くとぽつぽつと昔話を始めてくれる。幼い頃に見た子供向けの教育番組でこの仕事を知った事。調べれば調べる程にこの仕事が自分達の生活を支えている事。

 進路希望で教員・両親共に悩ませた事を部下は恥ずかしさで作業を止めながら語ってくれた。


「縁の下──ここじゃ縁の上っすね。そういう仕事にも興味はありましたし、どうせなら憧れてる人の下で働きたいなーって」


「憧れ? うちにそんな大層な奴がいたのか」


「先輩覚えてないっすか? 五年くらい前に職場見学で俺ここに来てたんす。あの時丁度非番だった先輩が地上の資料館で演説してて」


「そういえば確かに何度かやったな……ん?」


「まぁそういう事っす」


「何と言うか、愚痴ってばかりですまん」


「大丈夫っす。演説ん時とは真逆だったのは驚いたんすけど、理想と現実は違うってのはもう分かる歳ですし」


「……すまない」


 気恥ずかしさと申し訳なさで無言のまま作業を進めると思いのほか早く終わり、居た堪れなさからか部下はしなくてもいい回収物チェックへと席を外す。

 事務的な口上であれ時には人を動かすのだとこの歳になって思い知り、私は過去を反芻しながら額を打つ。


 立派な大人にならずとも構わない、ここはそういう連中が集う縁の宇宙そら。そう思って私は燻ったままの火で煙をふかしていたが、赤々とした火を灯したままここへ上る者もいるという事をとうの昔に忘れていた。


「あぁそうか」


 そう言う事だ。彼は私で同じ道を違えた先だ。


「何時の間にか私は、お兄さんになってたんだなぁ」


「いやー、流石にお兄さんって年じゃないですよ先輩」


「……馬鹿お前、気持ちの問題だ問題」


 気付かぬ間に帰って来ていた部下へ悪態をついて第二地点へとエンジンを入れる。


「ありがとうな」


「え、なにがっすか?」


「お前のおかげで旨いラーメン屋の場所思い出したんだよ。地上に返ったら奢ってやるよ」


「マジすか⁉ おっし、俄然やる気湧いてきました!」


 吸わなくなった煙草を傍らに私は形も味も違うそれを口に咥えると、もう一度だけ先端へ火を着けた。


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