第55話 ホームシック

ユウミが自分のコテージに戻ると入れ違いに戻ってきたフランに先にシャワーを浴びるように言って、僕は自分がソファで眠るつもりでフランを寝室に追いやって、それからシャワーを全開にして熱めのお湯を浴びた。

まだ僕の身体に纏わり付いていたユウミの匂いが流れていく。


僕はユウミのことが嫌いではなかったけれど特に好きというわけでもなかった。

ユウミの言うようにペアになっている相手以外の人とのそういうことが禁じられていないとしても、僕とユウミは好きあって結婚していたわけではないけれど、それでも。

ユウミが僕とペアだったあいだに他の誰かとそういうことをしていたというのは寂しいような腹立たしいような、やるせない気持ちだった。

だから今夜、僕は黒い気持ちになって、ユウミを手荒く扱ってしまった。


ユウミの身体はあいかわらずとても魅力的だったけれど、僕には悲しいものが残った。

どうしてこんなことになってしまったんだろう。


ペアである期間以外の時に僕がユウミとそういうことをしてしまった以上、僕がフランの不正を所長か誰かに告げ口することはないと思われているのだろうか。

僕はアウラとのことがあるから、それがなくても告げ口なんかするつもりはないけど。それが彼女たちの計画だとしたらちょっとシャクだ。

ユウミとのことが無くて、アウラのことも無くて、例えば僕がまだ故郷に惑星にいたとしたら、学校とかで何かの不正を見つけたら、教師か誰かにそれを告げていたと思う。

けれどここで僕は今まで知らなかったことを知った。そして、教えられてきたことを疑うことを覚えた。

だから僕はフランのことを誰かに告げ口はしない。そんなことをしても誰も幸せになれないから。


それにしても、ここではいろいろと考えることが多すぎた。

僕はこの惑星に来て初めて故郷の惑星に帰りたいと思った。あそこは、ペットボトルに入って売られている水は消毒薬の匂いがして美味しくないけど、どこへ行っても人が多すぎて騒がしいけれど、そこでは難しいことを考えなくても生活することが出来た。

B計画なんてさっさと終わらせて故郷の惑星に帰ろう。帰ったら、エリナと結婚して、工場かどこかに勤めて、子供を2人作って、子供が小さくてエリナが働けない間は1日16時間働かなければならないかもしれないけど、工場で何かを組み立てたりするんなら高校生の時にやっていた荷物運びのアルバイトよりはマシだろう。あれは腰がつらくて長時間は出来ない。


ああそうだ、その荷物運びのアルバイトをしていたときに僕はエリナと知り合ったんだ。故郷の惑星では2人きりになれるところなんてなくて、僕たちはアルバイトが終わってから延々と階段を登って、アパートの49階と50階のあいだの踊り場で話した。

そこを通るのはアパートの50階の住人と、アパートの屋上にある洗濯場に行く大きなかごを抱えた洗濯女だけだ。洗濯女たちは、階段の踊り場に座り込んでいる僕たちを邪魔そうに追い払ったっけ。洗濯女は、子供が小さくて普通の工場なんかでは雇ってもらえない女たちの内職だ。だから背中に小さい子供を背負っているものも多い。あれでは子供だってツラそうだ。


僕はどうして洗濯女のことなんか考えているんだろう。僕は普通に暮らしたいだけなのに。


その夜ソファで僕はなかなか眠れなかった。

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