第36話 冒険者
ひとしきりトラルと話した後、彼は熱心に顕微鏡を覗き始めた。
僕はタブレット端末でさっきサニアが言ったことを調べてみた。
が、そんな記述はどこにもない。いろいろ検索ワードを変えて探したけれど見つけられない。ふと思い立って、男の子に女の子の名前を付ける話を調べてみた。
「科学的根拠はない」、としながらもそれは普通に載っていて、歴史上の人物の例まであった。
仮説、と言ってたし、やはりあれはサニアの考えすぎなんだと思う。
だいたい、あんなに役に立ちそうなことをちゃんと研究されないはずはないもんな。そもそも僕たちは生殖実験にここに来ているんだから、真っ先に教えてもらってもいいぐらいだ。
名前のことといえば、「A」で始まる名前を最初の子供に付ける話を思い出す。アウラにそういう名前を付けた育ての両親は、アウラが来たときにはちゃんとアウラを愛していたんだろう。どうしてこんなことになってしまったのか。
ああ、でもサニアの言ったことが本当なら、アウラの育ての両親は2番目の子供を妊娠せずに、いやその前に本当の子供を産んでいたのか。そしてアウラの生みの両親は3番目の子供であるアウラを妊娠せずに。そうだったらアウラはここにいなくて、あれ、だったら何がよくて何がよくないのかわからない。
僕は鬱々としながらその日の午後を過ごし、結局洗濯をしそこねた。
その夜コテージに帰ってコーラを飲んでいた時も僕は難しい顔をしていたのだろうか?リザリィが、ジェイミィ、何かあったの?と聞いてきた。
リザリィは鋭い系だな。「いや、ちょっと砂粒を数えるのに疲れただけ」
そう。じゃあ今夜は映画とか観る?リザリィはテレビのリモコンにもなっているタブレット端末を取り上げた。
そういえばここの1番のコテージで映画を観るのは初めてだ。
リザリィが、どんなのがいい?と聞くから「リザリィが好きなのがいいよ」と答える。
うーん、本当はニュースが見たいけど、と言いながらリザリィは番組表を眺めている。この惑星に無いのはニュースと天気予報だ。
僕たちの故郷の惑星ではテレビは24時間ニュースと天気予報、政府からのお知らせや教育番組なんかのチャンネルと、ドラマとアニメと音楽番組を流しているチャンネルの2つで、古い映画ばかりをやっているチャンネルは有料だ。
ニュースはどこそこの工場で事故があったとか、本物バターが値上がりとか、ナントカいう昆虫が絶滅したとか、まあそんなのばかりだけど、リザリィはニュースを見ないと世間から置いていかれるような気がすると言う。その気持ちはわからなくもない。
結局、リザリィが選んだ映画は、馬に乗り剣を持った冒険者がドラゴンと戦うというものだった。故郷の惑星では、馬もドラゴンもとっくに絶滅していたけど、きっと冒険者も絶滅している。
映画は単純で面白い。リザリィはこんなのが好みなのかと思ったけど違う。リザリィは僕がなんだか知らないけど考えることに疲れていて、こういうのを求めていることに気が付いてこれを選んでくれたんだ。リザリィといると僕はラクすぎてダメ人間になってしまいそうだ。
参加報酬の500万コインで専門学校に行って、技術者階級としてリザリィと暮らすというのは悪くない、とぼんやり考える。リザリィもケイトも技術者階級と言ってもそんなに贅沢できるわけじゃないと言ってたけど、週に1回合成ソーセージを食べるぐらいは余裕だろう。リザリィが好きなほうれん草だって月に1回ぐらいなら買えるかもしれない。
ああ、素敵ねぇ、とリザリィが言う。映画の中で冒険者に助け出されて、彼の方へ階段を駆け下りるお姫様はヒラヒラのドレスを着ていた。
ああいうの、1回着て見たいわ。でも動きにくそうだから着てみるだけね。
リザリィはロマンチストなんだかリアリストなんだかわからないことを言った。
僕は技術者階級になってもリザリィにドレスなんて買ってあげられそうにないけど、リザリィは自分も1日12時間働くお姫様だ。
サニアは?自分の仮説をドクターに言ってみたらしい。それはすごく勇気があることだと思う。彼女はどちらかというと冒険者なのかな?
どちらにしても、次のパートナーチェンジはもうすぐだ。
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