第2話 明るい髪のエリナ

3ヶ月前、僕はもうすぐ18歳で次の春には卒業する高校3年生だった。


そのころすでに高校は、人数が多すぎて授業は午前と午後、夕方の3部制になっていた。僕の所属する午前の授業が終わって廊下に出たときに僕はその張り紙をみつけた。


「第4次B計画参加者募集」

参加資格は18歳から25歳までの独身男女、募集は各120名。

任期は来春から1年間、報酬は500万コイン。


そして僕が住むQ26地区からも4名の募集があった。


「これだ!」

と僕はエリナがいるはずの2年生のクラスの方に人の流れに逆らって走り出した。


エリナの明るい色の髪はとても目立つから、すぐにわかるだろうと思っていたけど、それは甘かったようだ。

1クラス200人はいる2年生クラスの教室が10個以上も並ぶ廊下には生徒たちが溢れていて、多分ここだろうと思った2-Hの教室に行くまで随分時間がかかってしまった。


人が少なくなった教室で、まだモタモタと教科書を纏めていたエリナは僕を見つけると非難がましい目を向けてきた。

それもそうだ。僕は先週エリナに別れを告げられたばかりだったから。


昔々、はるか昔、僕の故郷の惑星で人類は繁栄していた。世界はいくつかの国に分かれていて、国と国の間で戦争があったり、貧富の差もあったらしいけど、それなりに暮らしていたということだ。

が、隕石の衝突が原因だといわれているが本当のところはよくわかっていない、急な大規模な気候の変動で、この惑星の生命は人間も含めて95%が死に絶え、惑星としても存亡の危機が訪れた。

しかし、人類はがんばった。すごく、すごくがんばったんだと思う。人類は大変な努力をして残された土地に穀物を植え、牛や豚を育て、自らも子孫を増やしていった。それから長い時が流れ、人口は増えすぎてしまった。

山を削って海を埋め立て、農地や宅地にしたけれどまだまだ足りず、食料や水が不足しはじめ、僕が生まれるだいぶ以前から厳しい産児制限がなされていた。

しかし、かつて生命が減りすぎてしまった恐怖からか、子供を持たない選択も許されなかった。

なのでその頃には、全ての国民は、ああ、国という概念はなくなっていたけれど、国民という言葉は残っていた。全ての国民は結婚可能年齢の18歳から生殖能力が衰えるとされる35歳までに1人、または2人の子供を生んで育てるというのが義務となった。


ただ、3人以上の子供を持つことは許されず、3人目の子供を妊娠するとその多くは闇の川の向こうに流された。しかし、それを選択しなかった親は。財産を没収され、重税がかけられた。1日に3個の合成パンと2缶の強化スープは支給されたけど、貧民屈にある安いアパートに引っ越したとしても、1日16時間働いても、家賃を払うとほとんどなにも残らなかった。

また。35歳までに1人も子供を作れないと、財産没収の上男は強制労働に就かされ、女は「夢の国」に送られた。そうなると、一生そこから抜け出すことはできない、その法律は、これ以上は無い恐怖の対象だった。

だからみんな18歳になるとすぐに結婚する。そして1人目の子供を生んでやっと一安心するのだった。


そんな世界でエリナは、彼女が僕と結婚するためには僕を1年間待たせてしまう。それを恐れて彼女は僕に別れを告げた。

アルバイト先で知り合った時、お互いに相手が同級生だと誤解をしていたということがあったとしても、私たちは付き合うべきではなかったとエリナは言った。

「1年ぐらいなんだよ。僕は待つよ」僕は本当にそう思っていたし、エリナにもそう言ったけれど

「ジェイミィのお母さんはきっと反対する」

そういう彼女に、僕は一瞬言葉に詰まった。

僕の母は、まあ大人はたいていそうかもしれないけれど、僕に普通の人生を送って欲しいと思っている人だった。だから母は、僕が18歳になったら毎日早く結婚しなさいと言い続けるだろう。僕は、その口調や声のトーンまで想像できた。


黙り込んでしまった僕を、肯定の意味だと受け取ったのか、エリナは振り返ることもせずに去ってしまった。

情けないことに僕はそんなエリナを追いかけることができなかった。

それが先週のことだった。


2人きりになれるところなんてなかったから、僕たちは歩きながら話した。

B計画に応募して、選ばれれば僕は母にわずらわされることなくこの惑星以外の場所で1年間エリナを待つ事ができる。


僕は早口で説明した。エリナもB計画の概要は知っていた。

そのころ、僕たちの故郷の惑星は増えすぎた人口を抱えて疲弊していたけれど、そのままでも人類が生活することができる大気と水と温度と重力を持つ惑星がいくつか見つかっていた。

ただ、それらの惑星の大地に持っていった種をまくと、芽を出し、花を咲かせるけれど実を結ぶことはなく、茶色になってそのまま枯れていった。実験用のマウスやラットを連れて行っても、子孫を残すことができず、妊娠した豚を連れて行ったら、あわれな母豚は鳴きながら流産した。

そんな中で、人類が子孫を残せるのかという実験がいくつかの惑星で開始された。それがB計画だった。


「ということは、ジェイミィも他の人とそういうことをするのよね」エリナは複雑な顔をした。

「イヤ?」「歓迎というわけではないわ」それでも僕は自分の思いつきと、来年のB計画の募集が僕の住む地区でも行われるという幸運に有頂天になっていた。

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