メサイア
ヨシヤン
第1話
「メサイア」
1
新宿のど真ん中、歌舞伎町にある通称「ヤクザアパート」に暴力団事務所があった。白いスーツにサングラス。金色のネクタイにブレスレッド。角刈りの頭に背中には見事な登り鯉の刺青が入っていた。机に足を投げ出し、葉巻をくわえ、ルイ十四世のブランデーをくゆらせていた。男の名前は金城真斗、三十五才。山本会系の暴力団に所属していた。新宿区立牛立第二中学に通っていたが、中学の頃から周りの中学や警察の間でも二中の金城といえば知らない者はいなかった。一人で学校の窓ガラスを全て割り、消火器で校内に消火剤を撒き散らした。体育の先生と腕相撲をやったが、簡単に勝ったどころか、先生の腕を骨折させた。親も学校も手に負えず、中学卒業と同時に極道の道に入った。山本会の暴力団に若中として入門したが、若中の頃から武勇伝を作った。稲本会との戦争の時に、事務所に乗り込み、チャカひとつでその場を制圧した。三十の若さで若頭を務め、組長や若衆に絶大な信頼を置かれていた。シノギ(仕事)は主に麻薬の密売を取り仕切ることだ。この日も若中の山田と中本が大麻の密売をやっていた。壁に掛けてある時計は夜十時を指している。山田は渋谷のセンター街にいた。状況を知るために金城は山根に電話をすることにした。
「どうだ、上手くやってるか。サツ(警察)には気付かれてないか」
「今のところ上手くやってます。サツも今日は見当たらないですね」
金城は分かったと言って電話を切った。次は六本木にいる中本に連絡を取ることにした。六本木は麻薬の温床だ。警察も目を光らせている。
「どうだ、サツには気付かれていないか」
「気付かれてません。今日は常連客が多くて、売り上げも結構いきそうです」
金城は期待していると言って電話を切った。再び葉巻をくわえ、ブランデーをくゆらせた。金城はコカイン常習者でもあった。山田と中本が帰ってきたら、麻薬パーティーをやる予定でいた。金城はブランデーを煽り、二人が帰ってくるのを待った。辺りはしんと静まり返っている。葉巻のにおいが部屋の中に立ち込めていた。二時間ほど経っただろうか、山田から電話が入った。
「兄貴、すぐに帰りますわ。今日はいつもよりよく売れましたわ。上々ですぜ」
「それならいい。早く帰ってこい」
続いて中本から電話が入った。
「兄貴、今日は今までで一番かもしれませんぜ。いい報告待っててくだされ。これから帰りますんで」
「おう。それならいい報告待ってるぞ。すぐに帰って来い」
金城は電話を切り、一気にブランデーを煽った。
組長には連絡を取ったり直節会ったりすることはほとんどない。千九百一年、神部茂一が山本会連合会長に就任した後に山本一家六代目を継承した。神部茂一は住吉連合会の各一家親分との親子血縁盃を行い、山本会と改称になった。千九百八年、山本会理事長吉田一之に山本会会長を継承。二千二年神部茂一は山本会総裁に就任した。
山口茂一は組の組織を信頼していた。金城もその中の一人である。麻薬はやるが、たしなむ程度である。基本的に頭が良いし、統率能力もあるので、若中からの人望も厚い。金城はこのまま出世街道を行くように見えていた。そういう金城も力が強い者が人の上に立ち、強い者こそ正義だと思って疑わなかった。刹那に生きることがたまらなく刺激的でやめられなかった。しかし、そういった栄華もいつの日か滅びゆくものだとも分かっていた。
金城に取って人生とは「一夜の宿」のようなものだと思っていた。人生は短い。いかに楽しく人生を送るかを人生の信条としていた。今はたまらなく面白い。人生は最高だと思っていた。山田と中本がどこかで落ち合ったのか、二人同時に帰って来た。山田と中本は金城に話した。
「兄貴帰って来やしたぜ。夜中の歌舞伎町は活気があって面白いです。二人で話したんですが、渋谷と六本木合わせて一晩で三億くらいいったんじゃないかって。もうウハウハですな。二人で帰ってくる時、神宮外苑の花火大会を見ながら来ました。祝杯をあげたいですわ」
金城はドンペリとコカインを山田に用意するように言って、まずは祝杯をあげることにした。金城が音頭を取った。
「山本会を祝って乾杯!」
三人は葉巻を吸いながら、ドンペリを飲んでいた。金城は自慢そうに二人に話しかけた。
「俺はな、麻薬の取引を始めて十年以上経つが、一度も捕まったことがない。嗅覚があるんだよな。サツの動きが分かるんだよ」
山田と中本は少しも驚いた様子はなく。金城に話しかけた。
「流石、金城兄貴!俺たちも兄貴に見習いたいですぜ」
金城は続けて話した。
「要は才能なんだよ。才能のない奴はいくらやってもダメ。そういう奴は堅気になった方がいいな」
若中の二人は、なるほどといった様子だった。金城は続けてコカインを用意するように山根に言った。山田は粉末状のコカインを、机の上に横長に並べ、鼻で吸引しやすいようにした。金城から右手の人差し指で鼻の片方を押さえ、コカインに鼻を近づけ横に移動しながら吸引して行った。突き抜けるような快感と爽快感があった。金城は思わず声を上げた!
「たまんねえ!最高だ!」
金城はソファーに体を投げ出すように横たわり、しばしの間快感に酔いしれていた。山田と中本も同様にコカインを吸入し、倒れるようにして地面に横たわっていた……三十分もしただろうか、金城がケタケタ笑い出した。続いて山田、中本もケタケタ笑い出した。三人は腹を抱えて笑い出し、止まらなかった。金城は何がおかしいんだろうなと笑いながら目に涙を浮かべ、山田と中本に言った。山田と中本も金城に何がおかしいんでしょうねと言って、同じく腹を抱え、涙を浮かべながら笑って言った。しばらくしてようやく落ち着いて来たのか、金城は山田に面白かったなと言って、水を持って来てくれと言った。三人は、大きなタンブラーにいっぱいに入っている水を一気飲みして、大きく溜息をついた。三人は大きなソファーにもたれ掛かり、しばらく上を向いて放心状態でいた……金城が二人に話しかけた。
「俺たち組長にこのシノギ任されてるけどよ、いつまで続くんだろうな」
山田が答えた。
「そりゃ兄貴の目の黒いうちは続くでしょうし、兄貴が組長にでもなったら変わるんじゃないでしょうかね」
金城が話を続けた。
「俺はな、続かないと思っている。いつ変わるかどう変わるか分からない。でもな、今が最高に楽しければいいと思っている。でもな、いつまでも続かないんだ」
中本が金城に首を傾げて言った。
「兄貴らしくないですよ。どうしたんですか。ずっと俺たち兄貴について行きますよ」
金城は上を向いて答えた。
「中本、そうだな。俺たちいつまでも楽しくやっていこうぜ」
山田と中本は押忍!と言って窓を開けて外を見た。歓楽街の歌舞伎町はネオンが眩しい。けたたましい騒ぎ声が方々で聞こえた。三人は刹那に生きるこの街がたまらなく好きだった。眠らないこの街が永遠に続けばいいと思った。
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