ゾンビに喰われた者、トラックに轢かれた者

@buchi_fu

第1話トラックに轢かれた者

時計はどこにもなかったが、

今は夕方であることを感覚で知る。

だが、夕日は見えず。

 

 

後ろから血まみれの糞野郎どもが追いかけてくる。

 

 

空気をグサグサ、グサグサ貫く

雨粒の中、

 

雷が「ぶっ殺すぞ」と

罵声を吐くように鳴った。

 

 

ウチは怖かった。

失禁したように濡れたスカートで、

物凄い雨の中走る。

 

家までの道を走るウチは、

メロスのような神々しい姿になれたのだろうか。

その走る姿が、誰かに気に入られたりしただろうか。

 

 

希望も虚しく、

 

彼女のきらめく走りは暴れん坊の

トラックによって止まった。

 

雨粒は彼女の血の色を

どんどん薄くしていった。

 

軽トラの運転手は、ゆっくり外へ出て、

薄まった血に染まる女を歯ぎしりしながら

覗いた。

 

彼女は奥に残る魂によって、

考えることができた。

 

ウチは最後まで、誰にも気に入られなかった。

せめて、せめてこの人の印象に残ってもらえないのかな...。

 

 

 

 

 

目覚めた瞬間、

ホコリに犯された空気を

大きく吸ってしまい、肺が歪んだ。

 

 

ここは病院...いや、それにしては、あれ、

生臭すぎる。

 

むせる音が響かなくなったころ、ウチは

鼻で息を吸っていた。

 

 

「...起きたか?」

 

男の低い声は、残響を残す。

 

 

「......誰?ウチ...どこにいんの?」

 

彼女は汚れたベッドの上、力がまだ

入らないようで、すぐ横にいる男を

見ることすら出来なかったのだ。

 

「それは言わない。お前はいずれ動けるようになる。そしたら俺を通報するだろう」

 

「ふーん。」

 

「ふーん、とはなんだ?俺の顔に見覚えが無いのなら、まあそれは都合がいいが。かなり前に殺人鬼で話題になったはずだがな。」

 

ウチはどうでもよかった。

今、身体に痛みは無いのだ。

だが、

自分の体を見ることが出来ないので、

なんとも言えない。

彼は殺人鬼らしいので、結局人を1人轢いたくらいじゃ印象になど残らないだろう。

もっとも、こんな奴のに残されたくない。

早く消え失せて欲しい。

 

 

「ここにいられる時間は無い、早く立て。」

 

男に腕を掴まれ、無理やり立たされた。

そして、靴に肉片を踏んだ感覚が走った。

 

また、自分の体は至って普通で、

そこには違和感しかなかった。

 

轢かれた。確かにそうだったが...。

 

 

やがて、今まで自分がボケていたことが

分かった。

 

 

 

「そうだった...“トラッシュ”に追いかけられてたんだった...」

 

 

「なんだよ、まだ脳みそ戻んねえのかゴミが」

 

 

「...人轢いたクズが何言う?」

 

 

“トラッシュ”とは、とあるウィルスにかかった生物、またはそれらに感染させられた生物のことを言う。

 

奴らは生物を襲い、そして食べる。

 

日本のS市の大きな研究所にて、それは広められてしまった。

テレビでは、放送コードを無視した痛々しい映像がずっと流れていた。

 

S市の研究所で働いていた者が

「最悪だ、最悪だ、全て終わる」

と白目で訴える映像も流されていた。

 

海外でも流行った。その理由はよく分かっていない。

だが、色々なところで同時に、意図的にウィルスが広められたという説がある。

 

日本ではS市の研究所が間違えて広めてしまったことを認めたというのに、他の国では何も情報が出ず、

ただただ無慈悲に感染者が増えて

いったという。

 

日本はあくまで「手違いにより外気に触れてしまった」だけなのだ。

 

 

ウチは、やはり病院の病室だと思われる

場所からでた。

 

そこの廊下は、赤く染まっていた。

「うげぇ、殺しすぎだろあんた」

 

「俺はこんなに殺した覚えないな。

それは俺がトラッシュだというギャグか?」

 

 

最初、トラッシュは生物を喰い殺す者かと

思われた。

実際、喰い殺される人が多かった。

 

しかし、いくらS市のトラッシュを殺してもそいつらは減ることがなく、

政府は

“トラッシュに少しでも喰われたら感染し、トラッシュになる”

という情報を残した。

 

ニュースやマスコミは消え去った。

だが、まだ日本にはそれなりに“人”がいる。

 

情報は直接口で、またはそこら辺に置かれた紙で、伝わっていく。

伝言ゲームのように。

 

誰が「先頭」なのだろう。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーー十八年前ーー

 

 

「おい中崎、あそこの犬、やけに変な動きじゃないか?」

 

「犬が変な動きしているのが変なのか?

俺は動物が嫌いなんだ。話をするな」

 

「そうか、そりゃ悪かったな」

 

おじさんは二人いて、

K市の喫茶店で向かい合って座っていた。

中崎と福田は、昔からの親友なのだ。

 

福田は今無職。

中崎は同年代として恥ずかしかった。

その歳で、未だに自分で金を稼げないなんて。

 

「お前そろそろ働いたらどうだ?」

 

「あぁ、それがねぇ、俺最近いいとこ見つけたんだよ

ちゃんと働けるかねえ」

 

なんだ、彼はもう仕事を見つけたのか

彼はそこそこいい男だし、奥さんもすぐできるだろうな。

 

そういう中崎は、とある研究所の社長として

働く45歳の妻子持ちだ。

 

研究所では、癌を治す新たな薬を開発したばかりだ。

日本中に名が知れた。

 

 

喧嘩は少なく、とても幸せな家庭。

お金も稼げていたので、

子供を進学校に行かせることができた。

 

 

「ここで話すのも久々だったな」

 

「あぁ、中崎、研究で忙しいもんな」

 

「でもこれからはお前も働くのだろう?」

 

「うーん、

そしたらもう会えるのはずいぶっ...

 

 

 

 

パーン

 

喫茶店の窓ガラスが割られた。

先程の犬がいた方向のガラスが。

 

そして、犬は入ってきていた。

そいつが白目で口の中が

血だらけだったのを視認した瞬間、

福田の首めがけ犬は跳んできた。

 

「うわああ!!痛い、痛い!」

首を噛まれている。

「助けて、痛い、いたい、くそっ」

 

福田は犬を振りほどこうと頑張るが、

犬の力は強い。

 

中崎は座っていた椅子で思いっきり殴った。

 

犬は噛むのをやめ、

床に降りてからこちらに視線を合わせた。

 

逃げても追いつかれる。なら、仕方がない

 

俺はポケットから拳銃を取り出し、

狂いに狂った顔めがけ、引き金を引いた。

 

パンッ

 

犬はそこで死んだ。

 

中崎は、犬を撃ち殺した中崎は、

ため息をして、先程犬を殴った椅子を

元の位置に戻し、また座った。

 

床に倒れ込んでしまった福田の首を見て、

彼はまたため息をし、

福田を拳銃で撃ち殺した。

 

 

 

 

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