ひとつの想い

ある☆ふぁるど

第1話

長い間、彼は暗黒の世界で暮らしていた。岩肌にわずかに生える植物を糧として。

彼は独りではない。姿こそ見ることはないが、”仲間”と”敵”とが常に彼と同じ世界にいた。彼らの身体から発せられるかすかな振動--その違いによって、彼は”仲間”と”敵”を区別してきた。そうしなければ、”敵”に殺られる。生き延びるためには、常に全身に神経を張り巡らせていなければならない。彼は、それをずっと以前から知っていた。誰に教わったわけでもなく・・・。”敵”に殺られた”仲間”を彼は何人も知っている。だが、それは仕方がないことだ。--彼は”仲間”を一人失っていくたびにそう自分に言い聞かせてきた。”敵”もまた我々を殺すことによってしか生きられないのであり、これはこの世界の返ることの出来ない”しくみ”なのだから・・・。

彼は時折、”天上”を見上げた。やはりそこには何もなく、ただ暗黒の世界が広がっているだけだったが、それはいつか、彼の習慣になっていた。天上のすっと果てには、どんな世界があるのだろう? 彼は思った。果てなどあるはずがない。この世界はどこまで行っても闇が続いているのだ。しかし、それでも彼は時折、天上を見上げた。

--行きたい。行って見てみたい。天上の果てに何があるのか知りたい。

--それはダメだ。それは出来ない。

闇の底で、声が言った。

--この世界に果てなどない。行ってみたところで、お前は途中で疲れ果て、死を迎えるだろう。

--行ってみなければわかるものか! 行きたいんだ!

--やめろ! 無駄なことだ。この世界から離れれば・・・。

声が、まだ何かを叫んでいたような気がした。が、彼はその声を振り切り、空中に舞い上がった。初めてやってみたことだった。見下ろすと、底にはまだ闇が続いている。そして、彼はもう振り返らなかった。彼は高く飛んだ。高く・・高く・・天上へ向かって飛び続けた。しかし、闇は、そんな彼を包み込むようにどこまでもどこまでも続いていた。


ふいに、今まで感じたことのないぐらい大きな振動が彼を襲った。”敵”だ!とっさに彼はそう判断した。彼は必死で逃げた。それでもなお、天上へと向かって・・・。

だが、とても逃げ切れるものではなかった。彼がもう既に疲れ果てていた。”敵”がその巨大な口を開いていた。

--この世界から離れれば、お前は死を迎えるだけだと言ったはずだ。

声が、再び聞こえた。

--でも、見たかったんだ。知りたかったんだ。この世界がどうなっているのかを・・。それに・・・。

それに・・と、彼は思った。あのまま、地の奥底の暗い世界にいても、いつかは”敵”に殺られたのだと・・。

彼の意識はとぎれた。彼の想いは消えた。

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