俺の恋人を紹介しよう

辰の落とし子

俺の恋人を紹介しよう


すまねぇ。正直、君との出会いは覚えてねぇ。



今ではこうも普通に、二人でいることが当たり前で、なんの違和感もないように感じている。


しかも君は、変態ぶった俺が、冗談でいやらしい言葉をかけながら、いやらしく身体のどこを触っても少しの抵抗も見せず、むしろなにも感じていないんじゃないか?と悲しくなるくらい、無反応だ。いや、心を許してくれている。


彼女からの愛は感じない。全くと言っていいほど感じない。

いくら俺が愛を語りかけようが、いくら抱きしめようが、心がほだされるような愛の言葉を彼女は俺に与えてはくれない。


恋愛感情もギブアンドテイクだと、俺は思う。無償の愛などあり得ない。俺が1000回愛してると言うならば、1回くらいは愛してると言ってほしい。それくらいでいいんだ。いや、なにか気持ちを感じられる行動だけでもいいんだ。


それもなければ、俺のことを本当はどう思っているのか、もしかしたら誰か他に好きな人がいるんじゃないか、俺と会っている以外の時間で俺の知らない誰かに愛を囁かれ、俺の知らない君がその囁きに答えているんじゃないかと、不安に苛まれる。


女は男に対して隠し事が上手だ。正確に言えば、男は小さな変化に気付くという能力が発達していないのかもしれない。


現代のネット社会の恩恵を言わずもがな受けている俺の勝手なイメージだが、世の中のモテるリア充男共は生まれ持ったか培ったかの社交性に併せて、女が髪を1㎝切っただの、口紅を少しピンクにしただのの僅かな変化に気付く能力を持っている。


その能力を天性の才か、努力の賜物かで会得した者こそ、一般的でない、対女性変化認識力も持った男こそが女の心をくすぐることが可能で、女にとってのそこら辺にいるただの男という範疇から外れることができるのではないか。


そうやって女がそんな能力を持った普通じゃない、優れた男として特別視する例があるからこそ、後者の方が正しい気がする。


優れた男、全くその通りだ。

彼らは他者より優れた能力を備えることで、求愛に成功する確率を上げているんだろう。

どんな大恋愛でも純愛でも、詰まるところが生物としての目的である種の保存に関わる法則に則っているもんだ。くだらない分析をもっとしてみたいがやめておく。


俺はそんな優れた男じゃないからこそ、君が愛を示してくれないことで、君が普通すぎる俺を愛していないのではないか、それとも優れた男と愛し合い、それを俺には隠しているのではないか、いや俺が気付けていないのではないかと疑心暗鬼にもなる。


だから俺にとってのテイクを君にも示してほしい。安心させてほしい。


俺が、君にとって大切な誰かのひとりであることを。


そんなことをよく考えたりするが、二人でいると忘れてしまう。忘れさせてくれる。忘れさせられてしまうから仕方がない。


彼女の生活環境は酷く悪い。普通程度の精神力と忍耐力ではとても住めたものじゃない。

陽当たりが悪すぎて、いや当たらないから年中じめじめしている。風は入るし、雨漏りもする。


夏季はどこからともなく蚊がわいてくる。彼女は身体中を蚊に刺されて、ひどく痒がるのだが、泣き言ひとつ言わないし、不満をこぼさない。たまに、キンチョールの缶がころがっている。


雨が降っている日に会いに行くと、寝ていた場所が雨漏りしたようで髪が濡れている時がある。そんな異常事態を一切意に介さず、俺を迎えてくれる。その度に俺は、また濡れているじゃないか、と拭いてやる。


もう精神衛生上の話どころではない。ここは居住空間ですらない。よくもこんなところで生活できるものだ。


いつからここで生活してるかは聞いたことがないし、聞く気もない。聞くまでもない。彼女にこの生活を脱するだけの力がないことが問題なだけだ。彼女にその意思があるのかさえわからないし、聞く気もない。意思があるから力が付いてくるものではない。


ただ君は、どんな時であっても、自分がどんな酷い状況だろうが、痒かろうが、暑かろうが、寒かろうが、濡れていようが、俺をいつも同じように迎える。ただ同じように迎えてくれる。同じペースで、同じ表情で、同じ雰囲気で、同じように手に触れる。その瞬間はただ二人だけになる。その瞬間はまるで何もない、空間かどうかも判断がつかない、周りはただ真っ白いだけのなにかで、ただ二人だけになる。君だけを感じる。


彼女は食うことを人に頼っている。頼りきっている。野菜や果物だとか、飲み物でさえ俺も知らない他人からお裾分けされている。お裾分けではなく、彼女のためにわざわざ用意する人もいるだろう。俺もその口だ。


彼女はそれを要求したわけじゃない。自然にそうなっているだろうことを思うと、彼女の天性の才か、それともそれ以外の理由があるのか、そのどちらもなのか。


そう考えると、彼女は人に頼っているわけではないのかもしれない。君はただ、他人の優しさを素直に、なんの疑いも、なんの勘繰りもなく、受け入れているだけなんだろう。


そうなると、俺も含めた他人の中で、彼女に対してそういった情が芽生えるきっかけは、理由はなんなのだろうか。

明確な解答はわからないが、持ってきたスイカを彼女が美味しそうに、大胆にかぶりついてくれる姿はどうにも愛らしい。一緒に食べようと思っていた俺の分を発見して、遠慮なしのその眼差しを向けられたら、食べていいよと言ってしまう。少しは君が喜んで食べているものを俺にも共有させてくれよとはたまに思うが。


罪な女とは、彼女にも当てはまる言葉なのかもしれない。


彼女の髪はいつもボサボサだ。俺はその髪をとかすことが好きだ。


偏見があるかもしれないが、女は男よりも見た目に気を使うと思っている。年頃の女となれば、化粧のひとつもするだろうし、美容室にも通うだろう。そうでないにしろ、毎朝鏡に向かい髪をとかすくらいはするだろう。


彼女は櫛すら持っていない。俺も持っていないからいつも手櫛で整える。絡まりが多いから始終引っ掛かる。それを少しばかり強引にほどきながら、はねた毛は押さえながら、お洒落にとは言わないが、俺に整えられることなら整えてやりたい。


彼女には小綺麗にしていてほしいとか、その方が可愛いだとか、理由があるわけじゃない。原動力がなにかと考えたこともないが、考えてみても思い浮かばない。ただ、そうしたい、とだけ思い、自然にそうしてしまうだけだ。


髪の乱れなんて全く気にも止めてないからだろう、君は時折、少し鬱陶し気に顔を背けやがる。俺は彼女とそうしている時間が好きだ。


率直に言うと、彼女の性格はあっさりしている。そっけない。いつもの挨拶とその後に一通りの食事が済んでしまえば、なんの余韻も残さず、味わわせずに、浸らせずに、自分だけの時間に戻ってしまう。


まるで、レストランで食事が終わったその瞬間に、グラスと皿の全てをさげられ会計伝票を渡される気分だ。そうなったら呼んでも、話しかけてもこちらを向いたりはしない。今までに数えられないくらい、この野郎少しくらい、と溢したことだろう。もっとこう…、あるだろう。

落ち着いて二人でゆっくりする時間くらい設けてくれてもいいんじゃないか。と話しかけてみても、君は容赦ない。


そうだ、容赦がない。容赦がないくせに、そのくせに、そのくせにだ。


何も言ってないのに、俺が落ち込んでいるときだけは一時も離れずにずっとそばに居やがる。ずっと俺に触れてやがる。頬擦りしやがる。ずっと抱きしめらてやがる。そんな目をしやがる。俺が泣いたら涙を拭いやがる。情けなくて顔を背けると後ろから頬擦りしやがる。俺が帰るまでずっとそばに居やがる。どんなメンタルヘルスのテクニシャンだよ君は。


ただ、だから彼女に俺の愛情を向けるのかと問われたとしたら、違うと答える。違うんだ。理由はわからない。


ただ可愛くて、ただ愛しくて、ただ会いたくて、ただ触れたくて、ただ少しでも長く一緒にいたくて、彼女の気持ちなんて考えたことがない。ただの自己満足かもしれない。いや、自己満足のためだけだ。



君との出会いはたぶん15年くらい前だ。

付き合いはたぶん8年くらいだ。

長く会えなくても君を忘れたことはない。

たまには君からの愛情も感じている。

連れ出せる力が自分になくて勝手に情けなく思っている。

君のための家を建てたい。風もしのげて、雨漏りもしなくて、よく乾燥して蚊がわかないような普通の家を建てたい。

毎日腹一杯に、好きなものを食べさせたい。ただし、健康的に。

晴れた日には、陽が当たる場所で君の髪をとかしたい。

落ち込んだ時はすぐに会いに行きたい。


ほぼ間違いなく、君は俺より先に死ぬ。

君が死ぬ時は、傍らにいたい。触れていたい。

君が最後に目にしているのが、俺でいたい。

それまでは、少しでも長く一緒にいたい。


君がなにかを考えたことはない。君がなにものかを考えたことはない。君はなにものでもない。彼女は彼女でしかない。彼女と俺でしかない。俺が勝手に自分にとって大切な存在にした、仕立てあげた、大切な存在なだけでしかない。


君の気持ちは関係なしに、ただの自己満足のためだけに。


君には君にだけの、俺がその時向けられるだけ愛情を、今までも、今も、これからも。




最愛なるポニーへ

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