最初で最後の夢物語

しろうとしろう

第1話

 あぁ、世界が焼けていく…。すべてが焼け落ちていく。

 美しい風景が、素晴らしい彫刻が、今まで人々が築き上げてきた人類の文明がその放つ一息の炎の咆哮によって、崩れ去って行く。

 人類の文明とは、圧倒的な力の前にはあまりにも無力なものだと言うものをこの焼け落ちて行く世界を見れば否が応でも認識してしまう。

 そして、そのを放つ存在がこちらを睨みつけてくる。

 闇にの中に輝く6つの瞳は私に何かを決断を促しているようであった。



 また、あの夢だ…。

 いつもみる不思議な夢。もう幾度もなく見たこの不思議な夢。

 夢の中で見た世界には全く心当たりがなく、夢の中に出てくるような6つの瞳を持つ生物もわたしはあったことがない。

 そもそも、15のわたしが見るのは硬い鱗を持っていた犬のような魔物だけだ。

 そのことも気になり、大人の人に聞いたことがあるが、そんな魔物なんて見たことがないと言われ、“闇の世界”に封じ込められた怪物なのでは?と言われたものだ。

 そう、わたしはかなりの頻度でこの不思議な夢を見るせいで、街の人では変人扱いされていた。

 別に変人扱いされるのが嫌とかではない。

 わたしが他者とは違うと言うことは小さい頃から不思議な声を聞いている時から自覚していた。

 2年前までこの街にいた人にそのことを話したら「きっと良い精霊が君を守ってるんだよ」と言ってくれた。

 唯一、その人だけがわたしの理解者だった。

 しかし、もうその彼はこの街にはいない。

 別に死んでしまったとかではない。ただ、冒険者になる為に2年前この街を出て行った。

 そうわたしの街では15歳になったものには自由に選べる権利がある。

 街を離れて暮らすか、街の一員となって街のために働くか、と言うの選択をすることができた。

 わたしの憧れていた人は迷わずこの街を離れて行くと言う選択をした。

 しかし、わたしは少しだけ迷っていた。

 迷っていたのだ。だからこそ、わたしはあの灼熱の世界の夢を見てしまったのだ。




 いつものような朝がくる。

 あの夢さえ見なければ、何一つとして変わることのない1日の始まりであったろう。

 いや、違う。

 今日はわたしの生まれた日だ。生まれた日だからいつもと変わらないのはとてもつまらない。

 せっかく生きているのだから、何か刺激的な事をしてみたいと強く思うのは自然だろう。

 と、そんな悠長な事を考えている場合ではなかった。

 早く朝の仕事を終わらせなければならない。この街を出て行くにしても止まるにしても仕事を放棄して行くことはできない。

 最後まできっちりとやり遂げる。

 それがわたしの心情だ。


 まずは、身支度を済ませて井戸へと行き水を汲んでくる。家からちょうど3往復すれば1日に使うだけの生活水が用意できる。

 家から井戸までは同じように朝の仕事をする人達とすれ違う。

 朝の挨拶をお互いにする。中にはわたしの誕生日であると言う事を知っていて「おめでとう」と祝ってくれる人もいる。

 ちょうどわたしが3往復目の終わりになんとも食欲をそそられるような美味しいパンの香りがしてくる。

 通り向こうにあるバダンのおじさまがやっているパン屋の香りがわたしのお腹を刺激する。

 いいや、まだ仕事は残っているわと気合いを入れ直して、4回目の水汲みへと向かう。

 生活で使用するには3往復で十分に足りる。4往復目は自宅で飼育している牛や羊の寝床の掃除に使う分だ。


「おねぇちゃあぁ〜ん」


 どこからともなく元気で活発な小さい男の子の声が聞こえてくる。

 家から井戸のある一本道を元気にかけてくる8歳くらいの少年。わたしの可愛い可愛い弟だ。

 かけてくる勢いのまま少年はわたしに抱きつく。

 まだまだ甘えん坊な可愛い子だ。


「そっち持つよ!!」


 そう言って弟はわたしからからの木のバケツを奪い取る。

 まだ身長120cmもいっていない子供にはちょっと大き目の木のバケツは大変だろう。


「大丈夫?」


「ああ、大丈夫さ!俺、男の子だからな!!」


 そう見栄を張って井戸まで全速力でかけて行く。その姿を見てちょっと不安になりながらも、軽くなった木のバケツを持ってわたしも井戸へと急ぐ。

 不安になりながらも弟のことを見ていると、やはり直前で転んでしまったが、すぐさま起き上がり弱音も一切吐かず、歯をくいしばって井戸の水を組み上げる。

 その姿を見てちょっとわたしは心が軽くなった。

 立派になったものだな〜っと感嘆するが、まだそんな風に楽観するような年齢ではない。まだ15歳になったばっかりだ。

 弟の後を追いかけて4回目の水汲みを終え、そのまま家畜小屋へと向かう。

 牛や羊を小屋出して、家の外にある放牧地に放す。牛は後で乳を絞る為にも近くに繋ぎとめておくが、羊は自由に放牧地で新鮮な牧草を食べている。

 その姿を眺めてまた羊の毛を切ってやらなければなーと考えつつ、小屋の中を綺麗にして行く。

 干し草を退けて、下の石畳を掃除し、新しい干し草を敷いてやる。

 小屋の掃除が済めば次は牛から乳を絞る。


「おねーちゃーん」


 また別の声がわたしを呼ぶ。

 家の窓からわたしとは少し髪色の違う妹が顔を出して、わたしのことを呼ぶ。


「おねーちゃーん、朝の用意できたよー」


「うん、わかったわ。乳搾り終えたら行くねー」


「はい〜。ちょっと、あんた落ち着きなさいっ!!」


 どうやら家の中では弟が珍しく早起きしたことを自慢して母に何かしているのだろう。それを鎮める姉がいる。

 なんとも平穏な街の1日の始まりである。


 そう、これがわたしが生まれ育った街ドレミンの日常風景なのである。





 だからこそ、わたしは悩んでいた。

 変わらない毎日は嫌いだ。変化や刺激を求めている自分がいる。しかし、今のような愛すべき弟や妹に囲まれて生活するのも悪いものではない。

 それは刺激のある生活と変わらないくらい素晴らしいものだとわたしは知っている。

 しかし、わたしはどうしてもこの“エンピリア”の世界を旅してみたいのであった。


 手を洗い母と妹と弟のいる食卓に着く。父はおそらく狩りに出ているのだろう。

 せっかくのわたしの誕生日の朝だと言うのに父親が不在なのは少しどうかと思う。

 少しだけ不満を口にして、“エンピリア”の神々に祈りを捧げて朝の食事を頂く。


「すまないねー、ルイナ」


「いいんですよ。お母様」


 お腹を大きくした紅い瞳の女性が先ほどまで朝の仕事をしていた少女に話しかける。


「今日はあなたの誕生日だと言うのに、何もしてあげられなくて……」


「いいんです、お母様。わたしだって家がこんな状況だって言うのに、街を出て行くだなんていってしまって」


 申し訳なさそうに謝る黒い髪の少女ルイナ。その母親のお腹はとても大きくなっており、もう少しで出産するのではないかと思われるほどであった。


「あんたの好きなようにすればいいんだよ。これはあなたの人生なのだから」


「でも……」


「大丈夫だぞ!ねーちゃん!なんたって俺がいるんだからお母様の心配なんて大丈夫だ!!」


「あんたのどこが大丈夫なのよ!スープひっくり返したくせに!!!」


「あ、おねえそれは内緒って約束したじゃんか!!」


 微笑ましい姉弟のやりとりが見て取れる。

 姉は11歳のリント、父親の綺麗な栗色の髪の色が混ざった髪を二つのお下げにしている。弟はガルド、わたしやお母様と同じ紅い目をした8歳の元気で活発な子。

 どちらも可愛いわたしの姉弟なのだ。

 そして、母親はわたしたちの兄妹を身籠っている。

 それが、わたしがこの街を離れるべきなのか離れないままでいるべきなのかを判断を迷っている理由であった。


「いいんだよ。あなたの好きなようにやりなさい」


 お母様はずっとこう言ってくれている。

 それはおそらくわたしを心配させないようにするためなのだろう。

 わたしがいつか街を離れて旅をしたいと言うことは、家族全員が知っていた。

 そのことを知ってなのか、リントは去年からわたしのやっていた仕事の一部を手伝い、その仕事を覚えようとしていた。

 ガルドも同様に手伝いをしようとしてくれていたが、早起きをする事が苦手だったのかなかなか手伝いを覚えることは進まなかった。

 しかし、ここ最近はだんだんと早く起きれるようになり、水汲みの手伝いをするようになっていた。

 父親は街の昔冒険者だった仲間たちと一緒によく狩りに行っている。

 なので、よく家に帰ってこない事が多い。

 そんな中わたしが家を出て冒険に出ると言うのは、非常に申し訳ないと感じてしまう。


 そうやって悶々と悩んでいるとお昼過ぎになっていた。

 羊の手入れをしていると父親が戻ってきたようだ。


「おかえりなさい、お父様」


「ああ、帰った」


 疲れ切った声でわたしに返事をする。

 いつもの父であれば自室へと向かうところだが、食卓に付き、手招きをする。


「ルイナ。出るのか」


「……ええ…。そのつもりです…」


「そうか……」


 そう言うと父親は自室へと上がっていった。

 いつも通りの父親だ。決して多くは語らない物静かな父親だ。

 そんな物静かな冒険者だった父親に惚れて結ばれたとお母様は言っていた。

 確かにわたしも母親の年頃なら父親のような人に惚れていたのかもしれない。物静かではあるが、それだけの魅力が父親には確かにあるとわたしも思う。


「おい、ルイナ…」


 自室に上がったはずの父親が手に大きな物を持って降りてきた。

 父がわたしのことを呼びつけるのは物凄く珍しい。


「これを持っていって頑張れ……」


 そう言って父親はわたしに渡す。

 そして、その中身を見てわたしは驚く。


「…これって……」


 わたしは父親から貰ったものを見て言葉を失う。


「そうだ…俺が冒険者時代に使っていただ。これを持っていけ」


「え…」


 わたしは父親の贈り物に思わず泣いてしまった。

 冒険者が使っているものは、その人にとっての誇りであり、宝である。

 それを譲り渡すると言うのは誇りと宝を譲ると言うことだ。


「それを持っていけ。その槍を持ってこの世界を見て来い。この世界にはお前の想像しているもの以上の冒険が待っている。それを感じて、見て、考えろ。そこから何かをやるかを決めればいいんだ。」


 目から溢れ出る涙。生まれて初めて貰った父からの誕生日の贈り物であった。


「まあ、母さんのことは心配するな。オレがなんとかする。お前は自分の冒険を楽しむんだぞ!」


 そうやって肩を叩き、母親のところへと向かっていく。





 翌日、わたしは冒険をする身支度をして、父親が用意してくれてた馬車に揺られて生まれ故郷となったドレミンの街を早朝に離れた。


 見送りに来たのは父親だけだった。




 これが、後に世界を揺るがす1人の冒険者の誕生になることをまだ誰も知らない

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