エピローグ

『立てこもり、撃ったみたいよ? 大丈夫なの?』

「大丈夫だよ。避けられるし」


 剣崎は街を駆けながら、美紀と電話をする。


 現在、ある場所にて人質を取って立てこもり事件が発生している。テレビの情報によると、元従業員が不当な理由に解雇された腹いせに、金品の強奪に押し掛けた。しかし、逃げるよりも早く警察が現場に到着してしまい、立てこもり事件に発展したというのが経緯だという。


『テレビにお父さんの顔が一瞬映ったのよ。自分の立場分かってるのかしら……。指示する側なのに、現場に出るなんて……怒られないの?』

「え、お父さん居るの!? もう……」


 一気に気が重くなってきた。ただでさえ、宗司にばれないように努めているのに、現場に居るのは面倒くさい。彼の前だと素の自分のなりかけてしまうため、ぼろが出てしまったら、多くの人に正体がばれてしまう。


「さっさと終わらせないと……」

『気を付けてね?』

「うん。もうすぐ着くから、切るね」


 剣崎はそう言い、通話を切る。そして、犯人が立て籠もっている建物の向かいにある、スーパーの屋上に降り立つと、身を低くさせ、観察する。


 都心部から離れているため、周りの建物は全体的に低い。高くて三階程度の高さ。犯人が立て籠もっているのは、二階建ての建物だ。その窓から、若い女性に銃を突き付けており、地上で説得にし続ける警察官達に怒号を浴びせかけていた。


「女の人と距離が近いなぁ……。あ、ほんとにお父さん居るし……」


 宗司は周りの警察官に指示を飛ばし、態勢を整えていく。犯人の死角になる位置で機動隊が設置されており、いつ突撃してもおかしくない状態だった。だが、犯人の治まらない苛立ちにより、突然何をしでかすか分からない状態でもあり、時間だけが過ぎ去っていく。


 警察側の思惑は分からないが、このままでは決着がつくのはまだまだかかりそうだ。

 人質の為にも、一瞬で終わらせた方がいいのかもしれない。


「よし、行こう――って、あれって……葉菜ちゃんと貴美子ちゃんっ!?」


 親友の二人が、野次馬の一部として犯人が立て籠もっている建物を心配そうに見上げていた。


 父だけではなく、親友までも現場に居るとは思わなかった。


 より一層、事件を早く終わらせる必要が出てきた。或いは、このまま帰ってしまおうか。今回ばかりはあまりにも悪すぎる。人質の女性には悪いが、数時間辛抱してもらうしかない。


「たた助けてください……っ!! 死にたくなぁいっ!!」

「うっせぇよ、黙れよ!!」


 犯人は叫び、拳銃の弾倉部分で彼女の頭部を殴打する。


「あっ!!」


 強く殴られたからか、額から血が滲み、頬を伝っていく。


 その姿を見て、剣崎の体が熱くなる。


 今回だけは、とかは止めだ。女性を助けよう。そして、犯人を叩く。


 悩むばかりなのは、自分の悪い癖だ。悩んだ結果、悪い方向に向かった事が一杯ある。この事件は、自分が巻き込まれた訳ではない。何の力の無い、普通の女性だ。


 剣崎は一つ深呼吸をすると、犯人が立て籠もる建物から距離を取る。


「よぉい……ドンッ」


 自身の言葉を合図に、コンクリートの地面を蹴る。


 一秒の経たない内に、犯人との距離は零となり、剣崎の肘を彼の胸元に叩き込む。しかし、何か硬い何かに阻まれ、彼は地面に勢い良くぶつかり、大きく咳き込むだけで気を失う事はなかった。


「防弾服か。用意がいいな」


『ねぇ、今の剣士さんかな?』

『一瞬しか見えなかったけど、私にもそう見えた……』


 日向と緑原の声が耳に届き、剣崎はマスクの下で笑みを浮かべる。


『剣士かっ!? 人質は大丈夫なのかっ!?』

『あ、葵のお父さんだ』


 交渉人の拡声器を奪い取ったのか、宗司の驚きの声が盛大に聞こえてくる。


 剣崎は女性の肩を抱き、犯人から距離を取らせる。それに対し、女性は震える声で、『ありがとうございます』と囁き、剣崎のジャケットを強く握り締めてきた。


「大丈夫だ。すぐに出してやる」


 女性が何度も頷く中、剣崎は窓の方へと下がり、外に向けて親指と立てた。


 その瞬間、野次馬から歓声が上がる。


「さて、悪者退治だ」

「てめぇ……ふざけんなよ……っ」


 犯人は口の端から垂れる涎を拭い、こちらを睨みつけてくる。


「それはこっちのセリフだ。無抵抗の女性に手を上げるなど、男の風上にも置けない」

「邪魔すんじゃねぇ……ぶっころ――」


 犯人が拳銃を上げる動作を始めたと同時に、剣崎は模擬刀を放つ。


 模擬刀が拳銃を貫き、壁に突き刺さる。


 その状況に、犯人が息を呑むが聞こえ、体を震わせながら拳銃へと視線を落とす。


 もう、抵抗する最大手段はないだろう。あとは、彼が降参するのを待つだけ。


「こ、こここのやろうぉ……っ!!」


 犯人は内ポケットから折り畳みナイフを取り出し、震える手で構える。


「……全く」


 犯人の抵抗にはほとほと呆れる。勝ち目が無い時点で降参すれば、これ以上何もしないというのに、自分から怪我を負う真似をするのか。


 ため息を吐き、模擬刀を抜いて構える。


 この先、どんな困難が待ち構えているかは分からない。その困難が自分を酷く傷付け、挫けさせようとするのかもしれない。大切なものを奪いにくるのかもしれない。だが、自分を支えてくれる人が居る限り、負けるつもりはない。必ず勝ち、助けを求める人達を救ってみせる。生きている限り、この街を好きにはさせない。


 私は自分が嫌いだ。


 だが、街を護れる自分はとても誇らしい。


 嫌いではあるが、好きになれていくという確信はある。



「後悔するなよ、馬鹿野郎」



 剣崎はそう叫び、刀を振るった。 



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