休息

 昼休み。食堂。


 剣崎は一人、学校の食堂にて、カレーライスを頬張っていた。


 今日は美紀と共に寝坊し、弁当を用意する事が出来なかったという事。普段、行動を共にする日向と緑原はそれぞれ昼食返上で残りの宿題の片付け、食事後に授業で分からなかった所を担当教員に聞きに向かっていった。


 途中からとはいえ、一人で昼食を取るのは久しぶりだ。周りにも生徒は居るのだが、特に仲が良い人は居ないので、無理に話す事はしない。寧ろ、この時間も必要なのかもしれない。


 昨夜の件で身体的にも精神的にも疲弊してしまっていた。親友二人と話をするのは楽しいのだが、喋りたくない時だってある。


 それが今だ。


「美味しいけど、疲れるなぁ……」


 食べるのが疲れると思うのは、高熱でうなされる時くらいだ。このまま残してしまいたいものだが、よっぽどの事がない限り残すなと美紀にきつく躾けられてきたので、このカレーライスを残すのも気が引ける。


「珍しいな、一人か?」


 ふと前方から声がし、落としていた視線を上げると、そこにはラーメンを持った木塚が立っていた。


「あ、木塚先生。先生もご飯ですか?」

「まぁな。けど、食ったらすぐに片づけないといけねぇやつがあるんだがな」

「先生も大変なんですね……」

「そうよそうよ。ただ授業してだべってる訳じゃないんだよぉ、先生は。ここいいか?」


 木塚が剣崎の前の席を指差し訪ねてきたので、『どうぞ』と促す。彼は椅子に座ると割りばしで勢い良く麺を啜っていく。


「体調の方はもういいのか? この前、早退してたみたいじゃねぇか」

「はい……もう大丈夫です。心配してくれてありがとうございます」

「担任じゃないにせよ、大事な生徒だからな。当たり前だよ」


 それに、と続け、


「通り魔に会った奴は体調不良を訴えた後に失踪してるって話だからな。剣崎も……みたいな?」


 体調不良を訴えた後の失踪。その『後』というのが疑問だ。


 自分は刺された直後に内側から浸食される感覚に襲われた。幸いにも、白刀の存在によって支配される事だけは免れたが、尋常ではない身体能力と感覚を得てしまった。


 あの黒刀を操る男が、浸食する過程を調整出来るのかもしれない。事件と自身の存在をアピールする為、あえて監視下に置かれる人を何人も作ったとも考えられる。そして、同じ過程で行方不明者を出す事によって、世間に対する興味を惹かせる。


 人を、メディアを弄ぼうとは、性格の悪い犯人だ。


「ただの貧血ですよ。でも、犯人がまだ捕まっていないのは怖いですね」

「まぁな、行方不明者が出てるとこも近くもないし、遠くもない。いつこの辺りに来るかわからねぇから、帰るのは気をつけろよ?」


 いつ来るか分からないじゃない。もう来たのだ。そして、自分を攻撃した。


「はい。早めに帰るようにします」


 一人になれる時間をなるべく作り、あの男を探すようにしよう。そうでなければ、被害者が減る事もない。それ以前に、こちらの気が収まらない。


 剣崎はスプーンを握る手を強め、僅かに曲げさせた。


 奴は必ず、倒す。この手で、完膚なきまでに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る