何かお困りですか?私が癒して差し上げましょうか?

夢愛

第一章 癒しを受けるのは

第1話 ポンコツ

 あの月が地球に落ちて全ての人間が死ぬ事になるとしたって、興味無い。俺は道端の草の様に地味に生き、地味に終われればそれでいいのだ。

 善人の意思も悪者の意思すらも無く、今日も全てを地味に生きてやろう。


 大学に入ってから早くも一ヶ月が経ち、誰とも会話を交わすこと無く更に地味に日々を送っている。

 当然、親しい間柄の人間は一人もおらず、交流会やサークルなどにも顔を出す必要なんて無い。とても楽で有意義な時間が取れるな。


 だが、意外にも今日は人が少なくクラスメイトに話しかけられてしまった。


「君、相葉稔だっけ?もっとお話ししようよ〜」


 宇宙一馴れ馴れしいんじゃないだろうか、この女は。派手な金髪に八重歯剥き出しでしかも装飾品だらけ。明らかにチャラチャラしている容姿だな。


 俺はチャラい人間を好かない上なるべく地味に生きていたいんだが、会話するくらい何てことは無いか。仕方ない。


「そうだが、何の用で近づいて来た?」


「君ってナルシスっぽくない?外見と口調で思うんだけど」


「最高に失礼な奴だな。終わりだ、こんな非常識な人間と話す時間は無い。じゃあな」


 こんな女と同クラスに編成されたのが運の尽きか。これ以上会話を続けなければそれ程大きな障害は無いだろう。

 そそくさと出口に向かい、靴箱を開くと


「待ってよ、酷くない?折角話しかけてあげてるのにさぁ」


「誰も話しかけてくれなどと言った覚えは無・い。寧ろ話しかけてくるな」


「えー、感じ悪いぃ」


「何とでも言え」


 こちとら別にお前に好かれようが嫌われようが気にすることは無いんだからな。

 俺は靴を履き替えると大学を後にした。今頃になって思い出したが、まだ放課後ではないんだよな。サボってしまったが別にいいか。


 帰りに何処か寄って時間でも潰していれば大学の連中以外には気づかれたりしないだろう。制服がある訳でもないし。

 財布の中身を確認し、最寄駅付近のラーメン屋に入店した。たまに来るんだ。


「店長、チャーシュー麺チャーシュー抜きにして値段減らしてください」


「お金無いのか?仕方ないなぁ」


「申し訳無い」


 人付き合いを嫌う俺にとってはバイトや仕事などは苦でしかない。それでも探してはいるのだが出来そうな仕事が中々見つからない。


 だから最近は内職で少しずつだが金を手に入れ、趣味には使用せず全て生活費に回しているのだ。

 大学生になったからと一人暮らしを始めたが、家事が出来る以外に得意なことは無く、かなり厳しい生活だ。


「美味い、ご馳走様です。ではこれ勘定で」


「あいよ、人生諦めんなよ」


「諦めてはいません」



 人付き合いは嫌いだが、愛想くらいは作ることが出来る。それくらい出来なきゃ人間として生きるのはかなり不利だろう。


 俺が大学などと人間だらけの舞台に乗り込んだのには一応理由わけがある。

 小説家になりたいんだ。純文学のな。


 文章を読み書きするのが昔から大好きで、外出したら印象に残った気持ちや現象、人々の暮らしと動きなどを細かくメモをしている。

 周囲の人々からはメモを残している間、変な奴が居るなどと蔑まれるが、そんな事気にする俺ではない。


 地味に生きていきたいのは本音だが、この夢だけは叶えたかった。


 ──大学で挑み、全敗してしまったがな。所詮は凡人だってことだな。

 経験が足りないのかも知れない。俺以外の人間の感情が理解出来ないからな。


「悪戦苦闘なんて俺には似合わない。足掻くつもりなんて一ミリも無い。もう、諦めてしまうか」


 声の響く池の水面が小波を作り揺らめくが、それを見て綺麗だなとしか思えない程スランプ中だ。もう望みは無いのかもな。


 小石を拾い、池に投げ入れ、投げ入れ、投げ入れ……段々と虚しくなってきた。そろそろ帰るか。



 もう望みは無い──か。



「確かに、望みは少しも無いかも知れませんね。貴方がそんなですし」


 脳内に直接入って来た声に歩みが止まる。

 この感覚は初めて体験するものだ。例えばマイクでエコーのかかった声がヘッドホンで聞いたのよりもリアルに内側から感じれる。てな感じだろうか。


 心の声って、こんな感じなんだろうなと実感し歩みを進めた。


「え、あれ?驚かないんですか?」


 またまた聞こえてきた幻聴に対し、俺はラジオのリスナー気分。聞いてるだけだ。

 聞こえるのはアニメの女の子の様な耳につく様な声で、所謂萌えというものだろうか?違うか。


 高めの声ははっきりと脳内に響いており、まるで他人に自分が話しかけられているかの様な口調だ。

 だが俺は幻聴に返事をする程哀しい奴ではないから安心してくれ。


「いや!全然幻聴じゃないですって!相葉さん!相葉稔さーーん!」


 うるさい幻聴だな。ただ声を聞いているだけなら構わないと思っていたが。それと別に俺は妄想をしたりしている訳でも心の内にいる悪魔や天使に話しかけている訳でもない筈だ。


 そう考えてしまうと少し疑問が持てるな。自由な幻聴だよ。


「私は幻聴ではありませんし勿論貴方の妄想でもありません。それに私は天使や悪魔ではないですよ」



 ──死神です。



「……は?」


 自分だけが聞こえる幻聴だというのに、思わず声を出してしまった。

 その設定は完全に予想外のものだったからだ。死神が俺に何の様だ、と考えてしまった。


 現在人気の無い林道の中を通っている為誰にも聞かれずに済んだが、ふと背後を確認した。勿論誰も居ない。


「やっと信じてくれましたか?私は死神なんです。今貴方に直接脳内にメッセージを送ってるんですよ」


 何を言ってるんだこいつは。幻聴にしては饒舌過ぎるし口調自由だし話しかけてくるし話を受けてくるし……まさか、妄想か?

 俺が妄想なんてする筈ないんだがな。疲れてるのか。


「いやだから妄想じゃないですって‼︎」


 声を荒あげた声の主は、俺に「行きますよ」と一言忠告し、ふと感覚ごと消えた。

 何だったのかとにかく得体の知れないものに憑かれた事は間違いなさそうだな。死神だとか言っていたし、俺を自殺にでも追い込むつもりだろうか。


 まだ夢が叶っていないというのに、せっかちな神様だな。



「だから違うって言ってるでしょうが‼︎」


「いってぇ⁉︎」


 突如重たい物が頭にのし掛かり、俺は倒木に顔面を打ち付けてしまった。痣できたらどうしてくれる!

 ……今、聞き間違いでなければ先程まで脳内に響いていた声が現実で聞こえた気がするのだが。


 気配の有る後方へゆっくりと向き直ると、そこには黒く大きな頭巾を被った白髪の女性が立っていた。

 よく見ると白髪ではなくて銀髪でショートだった。カールがかかっていない綺麗なストレート。


 太腿の中間辺りまでしかない艶のあるパンツを穿いていて、上半身は頭巾で覆われてよく分からない。

 ピエロの様にギザギザで先に綿ボールが付いたブーツも着用している。


 何つーコスプレをしているんだ、と一瞬だけ惚けて直ぐに思い出した。今上から降って来なかったか?と。


「木登りでもしてたのかあんた」


「いや、そんなお猿さんじゃないですしそんな高い所からダイブなんてしたくありませんから」


「んじゃ、人間離れした跳躍力をお持ちで」


「跳び箱五段までしか跳べないですよ」


 安心しろ、俺もそのくらいしか跳べん。


 俺が後頭部を押さえながら思考を走らせていると、彼女はニヤリとドヤ顔で空を指差した。木でよく見えないぞ。


「私、地獄から来ました。死神のリムと申します。以後よろしく」


「いや、地獄って上なのか?下だと思っていたが」


「いえ、下です」


「じゃあ何故上を指差した」


「何かカッコいいかなぁって」


「別によくない」


 真っ先に浮かんだ疑問を口に出してしまった為、最も重要な質問を忘れてしまっていたじゃないか。

 俺は彼女から一歩退がると行儀悪く人差し指を向けた。


「あんた、今自分を死神と言っていたな?何の冗談だ」


「冗談なんかじゃないですよ。本物の死神です」


 彼女はポケットから手鎌を取り出し、それをビッグサイズにしていく。ただ握っているだけなので手品でも機械で作られた訳でもないようだ。

 最終的に鎌は彼女の身長と同じくらいになり、彼女はドヤ顔になった。いちいちくだらない部分でドヤ顔するな。


 この自由にサイズを変えられるとなると、普通とは言い難いな。後頭部に降って来たりもしたし。


 だが俺もまだ納得がいっていない。これが無ければな!



「証拠は有るのか?死神だという確固たる証拠は!」


「居ますよね、何でもかんでも『証拠はあんのかコラァ』って言う人。面倒くさい人ですよ」


 溜め息を腹式呼吸しながら吐き出した彼女は頭巾を外し、その中から一冊の真っ暗なノートを取り出した。

 とても古びたノートを開くと、ぶつぶつと俺の名前を呟きながらページを捲っていく。そして後半に差し掛かるあたりでその手を止めた。


 覗き込むように下から見て来る彼女の今にも襲いかかって来そうな雰囲気に冷や汗が流れた。

 雰囲気だけで見るなら誰でも殺しそうな程死神みたいだ。死神って殺しまくる奴じゃないか。


「貴方の寿命は残り一年です、相葉稔さん」


「は?」


 俺は口が開きっぱなしになってしまった。アホみたいな残り時間の少なさに驚いた訳ではなく、彼女の自信満々な口調に驚いたのだ。

 もし、この女性が本当に死神で、俺の寿命が尽きるのも正確な運命だとするなら、彼女は何故今俺の前に現れたのだろうか。


 まだまだ魂を刈り取るには時間があると思われるのだが?


「あんた、ここに来る日にち間違えていないか?」


「間違えてますね、思い切り。だからって帰ったら怒られるんですよ、お金かかるんで」


「金かかるのかよ」


「この世界で言うと十万円程かかりますかね」


「高いな」


 まさか地獄にも通貨が存在するとは思わなかったぞ。この世界とは勝手が違うみたいだが。

 最早自然に地獄からやって来た死神だと受け入れてしまってはいるが、証拠だ証拠。まずは証拠が無ければ始まらないだろう。


「いやだから貴方の寿命が見えるんですよ。たく。例えばですね、今日午後二時三十一分頃、金沢康さん六十一歳が心肺停止になり死亡します。まあ報道されるかは分かりませんが」


「それ、本当かよ」


「ええ、閻魔様が私にくださったので本物ですよ。全ての人間の死亡予定表です」


「物騒な予定表だな」


 本当だとしたら俺はその老人を知っている。近所の怒鳴り声ばかりあげているおじいさんだ。死んだら嫌でも分かるぞ。

 二時三十一分まで残り一時間程度だ。そこで彼は本当に死んでしまうのだろうか。


 もし死んでしまえば、俺は彼女の事を信じざるを得ない。俺が、残り一年で死亡することも確定しているのだから。


「もし俺が死んだらあんたが魂を刈り取ってくれるのか?」


 興味本位で訊いてみたが、彼女は唸り声を上げた後、頭を軽く掻いた。


「そのつもりなんですけど、不安なんですよね。私初めてなんで」


「何て奴を出動させているんだ地獄は!」


 まあそれならどの死神も一度は初めてが有ったのだろうが、俺は存在を知ってしまったからな。より嫌だ。


 彼女は「いやぁ」と微笑し、言葉を繋げた。


「私ダメダメなんですよぉ。家事も出来ないし勉強も出来ないし練習で魂刈るのも下手くそでしたし」


「思った以上にポンコツだわ」


「そんな、酷いです……!」


「酷いのはあんたの成績だろうが」


 こんなダメな奴に魂を刈られる事になると考えると不安が積もりに積もっていくな。雪山に雪が積もるのよりも倍の速度で俺の心は不安で満ちるぞ。


 俺が不満そうに足踏みをしていると、彼女が機嫌を取るかの様に鎌を左右に振る。危ないわ。

 思ったんだが、その鎌で切れるのは魂だけだよな?肉体がぶった切れるとかないよな?不安だぞ。


「そ、そうだ!不安にさせてしまったお詫びになんですが、これから死亡するその時まで、精一杯私が癒して差し上げますね!どうですか!」


「いやどうですかと言われてもだな」


「ど・う・なの・で・すか」


「腹立つなぁ」


 癒すと言われたって何も出来ない死神に何をどう期待すればいいというのだろうか。不安が増すだけだぞ。


 ポンコツ死神と同居なんてする事になれば、金もかかるかも知れない上に家事は増え、挙げ句の果てに勝手に小説を読まれるかも知れん。


 こんな奴を信用したくはないな。


「癒しますよ!精一杯癒しますよ!厭らしいことでも構わないので癒しますよ!」


「最後のが要らないな」


「分かりました!膝枕とかマッサージとかでいいですか⁉︎美少女の太腿堪能できますよ!」


「自分で美少女と言うか」


 膝枕が別に癒しにもなりはしないが、マッサージしてもらえるなら良いかも知れないな。毎日毎日肩が凝りそうだし。


 俺は彼女が癒してくれることを了承し、その代わり他は何もするなと釘を刺しておいた。家事をさせれば何かが壊れる事が確定だろうしな。

 どれ程酷いのかはまだ分からないが。自分で言う程だ、相当なんだろう。


「では一年間、美少女とのいちゃラブ生活ご堪能あれ!」


「死神に癒されるのはどうかと思うがな」

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