ユイハル

プロローグ

夜、彼を公園で見かけた。

わたしは切らしてしまった牛乳を買いに、近道である公園の小径を歩いているところだった。舗装の剥がれた道は薄暗く気味が悪かったけど、ここを通らないと大通りのローソンまで15分近く余計に時間がかかる。早足で歩いていると、まっすぐ続く小径の先、コカ・コーラの赤いベンチに座る彼をみつけた。

普段の彼が絶対にみせない表情で虚空を睨んでいた。無機質な街灯の光に浮かび上がった彼の姿は、

ひどく悲しく、弱々しく、哀れで、それでいて美しかった。


彼に声をかけようと思った。いつものおどけた笑顔を見せてもらいたいと思った。

悲しい姿が頭から離れず、今日は眠れなくなるんじゃないかと。


「野崎くん? だいじょうぶ?」


彼はゆっくりと顔をこちらに向けて、少し驚いた顔をした。なんだ、川瀬か。と笑った。もう既に先ほどのような表情は拭い去られていた。暗くて気が付かなかったが、彼はナイキのスウェットにくたびれたダウンジャケットを羽織っただけで、ひどく軽装だった。寒くないのだろうか。


「となり。座っていい? 歩くの疲れちゃった」

「こんな時間になにしてる」

「牛乳買いに行くの。世界で一番神聖な飲み物」


少し端にずれて、わたしが座れるようにしてくれた。

腰をかけるとベンチが軋む音がした。ちょっと恥ずかしい。

しばらく2人とも声を発しなかった。野崎くんはつま先で小石をいじめている。


「大丈夫ってなにが」

「だってなんか異様なオーラ出てたよ、野崎くん」

「気が付かなかった」

「何か、悩みがあるならおねえさんに話してごらん」

「あほか。早く牛乳買いに行け」


しばらくの沈黙の後に、野崎くんは吐露した。少し躊躇いながらも。

「夜って怖いよな。俺、どうにかなっちまいそうだよ」


ひどく震えた、冷たい声だった。


野崎君は本当に夜に怯えていたのだ。

役ぶった自己陶酔の台詞でもなく、手の込んだ冗談でもなく、

彼は心から夜を恐れていたのだ。


わたしはその時、彼を助けてあげるべきだったのだ。

全てを話させて、わたしが出来ることをやってあげるべきだったのだ。


それが野崎くんが最初で最後の、助けを求めることばだった。











 



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