いらない雄ヒヨコを珍味にしてみる方法
トファナ水
いらない雄ヒヨコを珍味にしてみる方法
大学の学園祭が近づいて来た。
部活や公認同好会は出し物を用意しなくてはならないのだが、これが存外と面倒な物だ。
僕の属している同好会は「酒類愛好会」。その名の通り、ただの飲みサーなので、例年は樽酒を買ってきて、入場者に振る舞う屋台を出していた。
だが昨年、提供した酒を飲んで、帰りに酒気帯び運転で捕まった来場者がいた事から〝今年は酒類の提供を自粛する様に〟というお達しが大学側から出てしまったのだ。
活動内容と直結するだけに、メンバー内では飲酒運転をしない様に心がけていたのだが、一般来場者とはいえ不祥事が起きてしまっては仕方が無い。
さし当たり、今年の出し物をどうしようかという事で、定例会を兼ねて皆で集まった。
酒瓶が何本も転がるクラブ室で盃を重ねつつ、全員で意見を出し合ったのだが、まともな物がない。
何しろ、これまでは〝旨い酒の紹介〟という事で、どの銘柄が学園祭に相応しいかという事ばかりを論じていたのだ。
そんな中、僕が「酒が駄目なら、つまみとかどうだろう?」とふと言うと、会長は途端に眼を輝かせて飛びついてきた。
「いいねえ、それ。じゃ、後は頼むわ」
「え?」
「何かさあ、こう、安上がりで旨い物を、ささっと」
「え? え?」
戸惑いながら僕が周囲を見ると、他のメンバーも全員、うんうんと頷いている。
「では、任せたぞ」
会長は、僕の肩にポンを手を置くと、引導を渡して来た。他のメンバー達は拍手でそれを追認する。
こうして、学園祭の出し物となる〝酒のつまみ〟選定は、僕に押しつけられる事になってしまったのだ……
* * *
自宅であるワンルームマンションに戻った僕は、どうした物かと考えたのだが、なかなかいい案が出てこない。
屋台で提供する様なつまみと言うと、唐揚げとか焼き鳥が定番なのだが、これまでの慣例で、学園祭で売る飲食物は、どこが何をやるかが大体決まってしまっているのだ。
つまり、よそと被らない様にしなくてはいけないし、素人でも出来そうな物でなくては……
安くて旨くて簡単に作れる物となると、まず思いつくのが廃物利用である。
食材で、捨てられてしまっている部位を調理してはどうかと、B級グルメ系のレシピをあさってみたのだが、どうにも良さげな物がない。
使えそうなめぼしい物は、他の部や同好会が既に押さえているのだ。貧乏学生の考える事は、皆同じという事である。
「うむう……」
僕が悩んでいると、玄関の呼び鈴がなる。
ドアを開けると、そこには小柄でショートヘアの女性がいた。
彼女は
年次は僕の一つ上で、歳は二つ上になる。
日本語は会話・読み書き共に流暢で、言われなければ日本人とは区別が付かない。
体型が細身でメイクもしないので、性別を知らなければ少年に見えたりするのだが、それを言うと怒られるかも知れないので指摘はしていない。
楊さんは、手に何やら包みを持っていた。
「国から送って来たんだけど、量が多いからお裾分け~。一緒に食べよ?」
「まあ、上がって下さい」
楊さんを中に通すと、彼女はさっそく包みをテーブルの上に広げた。
中から出て来たのは、卵のパックである。これをわざわざ中国から送ってきたのか。
「何か、変わった卵なんですか?」
「うん。これね、アヒルの卵を茹でた物なんだ」
「へー」
アヒルの卵は、中華料理にはよく使われるそうだが、日本ではあまり売っていない。楊さんにとっては故郷の味という事なのだろう。
「さっそく食べて見て欲しいんだけど、いいかな?」
「ええ。茹でてあるなら、殻をむいてそのまま食べればいいんですよね?」
「茹でたてならそのまま食べられるけどね。レンジでチンして、塩で食べようか。器、ないかな?」
「あ、はい」
僕が食器棚からどんぶりを持って来ると、楊さんは卵の一つを割る。
そこから出て来た物を見て、僕は面食らった。
中から出て来たのは何と、孵化直前のヒナだったのだ。勿論死んでいる。
「こ、これ、有精卵だったんですか?」
「そう。
中華料理って大抵は日本で馴染みがある様に思っていたのだが、中国ではこんなのも普通に食べられてるのか。
「グロいかな?」
「い、いえ。とりあえず食べてみない事には何とも……」
とりあえず、楊さんの分も含めて六個の殻をむき、どんぶりに入れてレンジで温めた。
ほかほかの
味は鶏肉その物で、骨もあったが、海老フライの尻尾の様にパリパリとしていて、そのまま食べる事が出来た。
「見た目はあれですけど、これ、結構美味しいですね」
「うん、持って来て良かったよ。私はこれ、大好物」
楊さんも自分の分を頬張っている。実に美味しそうな顔だ。
* * *
僕は翌日、
「君、アレ…… 食べたのか……」
そう言えば会長は、楊さんとゼミが同じだった。彼もお裾分けをもらっていた様だ。
「会長も、楊さんから貰ったんですか?」
「楊はなあ…… 入学早々、学部の同年にアレを配りまくって、みんなにドン引きされたんだわ。同期の間では伝説にもなってる位でなあ…… 俺も流石にアレは食えなんだ……」
グロテスクだがら好き嫌いはあるだろうが、誰も食べなかったのか……
「で、でも。見た目はグロでしたけど、結構いけましたよ? 学園祭でもインパクトがありそうですし」
「そりゃまあ、話題にはなるかも知れんが、実際に口をつけてみる気になるのは、よっぽど度胸がある奴だけだと思うぞ?」
仮にも食品として出す以上、人目をひくだけでは意味が無い。出すならそれなりの量を用意しなければならないのだが、余らせまくっては実に勿体ない事になる。
「それにだ。どうやって数を調達する? あんなもん、日本じゃ手に入らんだろ」
「楊さんに頼んで、個人輸入とか出来ませんかね? 航空便使えば、時間も掛からないでしょうし」
個人輸入という案に、会長は首を横に振った。
「値段の事は置くとしてだ。販売目的で食い物を輸入するには、検疫がいるんだわ」
検疫…… 考えてもみなかった盲点だ。
学園祭での頒布が〝販売目的〟にあたるかは微妙と思うが、万が一にも食中毒が出たらと考えると、そのあたりはきちんとしなくてはならないだろう。会長の心配はもっともである。
何せ、うちのサークルは昨年の学園祭で、間接的にではあるが飲酒運転に関わったという不祥事もある。次に何かやらかせば、大学から解散を命じられるかも知れない。
「何か、別の案を持ってきます……」
* * *
大学での講義も終わり、再び自宅へと戻った僕は、気分を変えようとTVをつけた。
やっていたのは地方ニュースで、縁日の露店をレポートしている様子が画面に映される。
立ち並ぶ様々な露店を、元アイドルグループの一員だった、三十路の女性レポーターが紹介してまわっていた。
半分以上は食べ物だが、どれもこれも、当然ながらありきたりの物だ。
参考にはなりそうもないなと思いながら眺めていたが、レポーターの一言が気になった。
「私が小さい頃は、カラーヒヨコとか、ペットが縁日で売っていたんですけどねー。今は動物愛護とかで売ってないのかなー?」
金魚すくいならともかく、ヒヨコなんて売ってたのだろうか。
早速ネットで調べてみると、面白い事が解った。
自分は見た事がないが、昔は縁日で生きたヒヨコが、塗料で着色されて売っていたらしい。白色レグフォンとかの卵用種は、卵を産めない雄のヒヨコが不要な為、それを露店商が安く仕入れていたという。
もっとも、大抵はすぐに死んでしまうし、成長した場合は持て余され捨てられてしまったりと、なかなかに厄介だったそうだ。
僕の通っていた小学校にも、使われていないニワトリ飼育小屋が校庭の片隅にあったのだが、飼いきれないニワトリの持ち込み先だったのではなかろうか。
「ヒヨコねえ……」
確かに、雄ヒヨコなら、安く手に入りそうな気もするのだが、食材に向いているならもっと出回っていて然るべきだろう。
詳しく調べてみると、スズメの代用として一部で焼き鳥に使われているらしい。
しかしヒヨコを入手出来たとして、素人がしめて毛をむしってさばき、串に刺して焼くとなると、とても手軽には出来そうにない。
商売にするならまだしも、学園祭なのだから簡便さが欲しいのだ。
「そういえば、
日本では馴染みの無いアヒルと違って、ニワトリの卵なら入手も簡単そうだ。
後は、孵化直前のヒナがグロテスクという問題だが…… あそこまで育つ前に食べれば大丈夫なんじゃないだろうか。
ひらめいた僕は、隣室の楊さんに話を聞く事にした。
* * *
楊さんは、
「入学した時に配っても、誰も食べなかったというのは会長から聞きましたけど……」
「別に、ショックとかはなかったな。元々、日本人の好みに合わない事は解ってたから」
「え?」
「だって、日本人が普通に食べられるなら、中華料理屋のメニューにも出てる筈でしょ?」
楊さんは、日本人の好みを知らず、ゲテ物と見なされそうな食べ物を配った訳ではないらしい。結果の予測をつけられる位には、彼女は頭が切れる人の様だ。
「解ってたなら、何で、わざわざ大勢に配ったんです?」
「私の好物を一緒に食べてくれる人が、誰か日本にいないかなーって思って」
「ああ、なるほど」
「大学で配って駄目だったから、地道に探してたんだけどね。やっと一人、みつけた。お隣さんで良かったよ」
楊さんは僕を指さして微笑む。
「これからも、時々は一緒に食べてくれるかな?
「僕で良ければ」
「そ、良かった。じゃ、早速食べよう!」
楊さんが冷蔵庫を開くと、中には卵のパックが数個入っていた……
どれだけ好きなんだ、この人は。
* * *
丁度、夕食の時間でもあり、僕は
「会長から指摘を受けた点ですけど。かえる直前まで食べられないんですか?」
「私はあれ位に育ったのが好きだけど、ヒナの形が出来る前でも食べられるね」
楊さんの好みからは外れる様だが、問題は一つ解決した。
「後、検疫が面倒ですから、日本で調達したいんですよ。アヒルは難しいので、ニワトリで代用出来ないかと思うんです」
「中国でも、ニワトリを使ってる地方はあるね。広東省の辺りとか」
「本当ですか!」
国内での調達も何とかなりそうで、光明が見えてきた。
ニワトリの卵を孵卵器にかけてから、それ程成長していない状態で使えばいいのである。
うちの大学は総合大学で、農学部も存在し、研究用の養鶏場も備えている。
僕達は文系なので学舎は別の敷地なのだが、うちのサークルは酒類を扱っている関係上、農学部の教授陣ともパイプがあった。酒の醸造も農学部の扱う範疇なので、教習で造った酒が、試飲の為にまわってくるのである。
農学部にメールを送って協力を要請すると、向こうも乗り気で、とりあえず来てくれという話になった。
返事をもらった翌日、僕は、連れて行って欲しいという楊さんと共に、農学部が管理している孵化試験場へと赴いた。
試験場に隣接している研究室に入ると、管理を担当している四十位の女性准教授が出迎えてきた。
「ごめん下さい。メールした酒類愛好会の……???」
准教授は僕が挨拶するなり、手をがっしり握って来た。
「いやあ、丁度良かった!」
驚いた僕が、傍らの楊さんにふと目をやると、何だかムッとしている。
「ああ、済まんね。これでも既婚者だ。取ったりしないから安心したまえよ」
「…… なら、いいですけど」
准教授が一言言うと、楊さんも何故か愛想笑いで返した。
落ち着いた処で、僕は改めて、食用の
「一応尋ねるが、
「ええ。別に、雄でも雌でも」
准教授の質問に楊さんが答えると、准教授は頷いた、
「ならば、これを使おう」
准教授に示されたのは、何やら畳一畳程の大きさの機械である。
「これは?」
「孵化する前の有精卵の性別を赤外線レーザーで判定する、最新の雌雄鑑定機だよ。ドイツで開発している試作機を、こちらでも研究協力として導入してね。これを使うと、孵卵器にかけてから四日後に雌雄鑑定が出来るのだ」
「つまり、卵用種として無駄な雄を、その時点ではねる事が出来る訳ですね?」
ヒヨコの雌雄鑑定は、熟練した鑑定士に頼らねばならないと聞いていたが、それが機械化され、しかも孵化するよりも早い時期に出来る訳だ。
雄の卵を除去すれば、それだけ孵卵器を詰める事が出来るので、効率をその分あげられるのである。
「その通り! 雄と鑑定された卵はそのまま廃棄する事になる訳だが、それを食材として有効活用出来るなら、採算の面でも実に宜しい」
「いわゆる副産物、ですね」
副産物とは簡単に言うと、製品を造ろうとした時に、同時に生み出される物の内、商品価値のある物を指す。例をあげると、豆腐を作った時に出る〝おから〟等である。
この場合、雄の卵をただ捨ててしまうのではなく、それ自体を食品として売れる様にすれば、廃棄物ではなく立派な副産物となる訳だ。
「ところで君達、学部は?」
「経営学部です」
副産物の概念がある学部は、文系であれば経営学部が筆頭に挙げられる。製造業の管理には、必須の知識なのだ。
「成る程、覚えておこう。さし当たり君らの同好会には、その
「有り難うございます!」
こうして、農学部から卵の提供を受ける話がまとまった。
* * *
帰宅した僕達は早速、サンプルとして貰った卵を五個程、普通に茹でてみる。
割ってみると、黄身には血管が走っていて、若干赤い箇所もあるが、ヒナの形にはなっていない。
塩を振って食べてみると、黄身の味が濃いめの様な気がしたが、普通のゆで卵の範疇と思う。
「これなら普通に食べてもらえそうですよ」
「うん。でも何か、物足りないね」
僕は満足したが、楊さんは少し不満げだった。
味でもつけた方がいいのだろうか。でも、おでんは他のサークルがやっているから……
「煮卵にしてみましょうか。ラーメンの具とかに使うあれ」
ネットで煮卵のレシピを捜すと、すぐに見つかった。
造って試食してみると、黄身の味が濃いめという他は、やはり普通の煮卵だ。
「うーん……」
「要は売り方ですよ。有精卵ってだけで気分的には精がつきそうですし」
楊さんは首をかしげていたが、僕はこの二種類でいく事にした。
* * *
「いけるな、これ」
酒類愛好会の会合で、会長以下のメンバーに試食して貰った結果は、思いの他好評だった。もっとも、僕に丸投げしていた事もあり、そこそこの物であれば良いと思われていた節もある。
ただ、ゆで卵と煮卵だけでは流石に格好がつかないという話が出た為、飲み物としてノンアルコールの酎ハイも出すという事で、学園祭の出し物は決定となった。
*
学園祭当日の朝。残念ながら楊さんは、実家に用があって一時帰国という事で、ここにはいない。
酒類愛好会の屋台を組んで準備している処へ、准教授が農学部のバンでやって来た。当日必要になる卵を持ってきてくれたのである。
「すみません、わざわざ」
「何、ついでだ。代わりといっては何だが、これに入ってる動画を、屋台でかけておいてくれ」
准教授は僕に、旧型のiPadを手渡してきた。
動画を再生してみると、その内容は強烈だった。選別された雄ヒヨコが、粉砕処理されていく様子である。
「うっ……」
「こりゃ退くわ……」
僕だけでなく、会長や他のメンバーも、画面を凝視しつつ顔を引きつらせている。
動画は引き続き、雌雄鑑定機の紹介に移っていった。雌雄鑑定が孵化前の早期に出来れば、この様な残酷な事をしないで済む。そして、雄の卵も捨てずに食材として有効活用出来るというPRだ。
「動物愛護の精神。これも立派な商品価値という物だろう?」
「そりゃ、そうかも知れませんが……」
会長や他のメンバーは不安げだったが、僕は納得した。
フェア・トレード製品として売られている、やや高めの農産物を買う〝意識高い系〟の人は結構いる。今回の卵も、そういった宣伝は効果がきっとあるのではないか。
いざ学園祭が始まると、動画は思いの他、来場者の耳目を引きつけた。
用無しの雄ヒヨコが処分されていく様子、そして、それをしなくて済む技術と、命を無駄にせず最後まで頂く調理法としての
多くの人が僕達の屋台に立ち止まり、卵を食べていってくれた。
感想もまた「普通に美味しい」「お店で売ってないのか」等、比較的好評な物だった。
* * *
学園祭を終えて二日後の夜。
日本に戻って来た楊さんは、僕の部屋を訪ねて来た。
「学園祭、旨くいったってね? 准教授がメールしてくれたよ」
「ところで、実家の用事って何だったんです?」
「えーとね、雌雄鑑定機の事で、色々とパパに動いて貰ってたんだよ」
何でも楊さんの実家は食品会社を経営しているそうで、雌雄鑑定機の話をした処、とても関心を示したという。
「ドイツにも親類がいるから、そっちから鑑定機の使用権の契約をとりつけてね。後、中国とか日本で、ヒヨコの孵化場を幾つか買収したんだよ。経営難のところなら、債権を押さえた上で、札束でひっぱたけば一発だから」
〝中国の企業は経営判断が迅速〟という話は聞いた事があるが、それにしてもやり方が豪快である。
「でね? アイデア元の君にも、パパはすごく興味があるって。日本法人を造るから、大学を出たら役員にならないかって言ってるんだよ」
「や、役員ですか? 会った事もないのに?」
「私が見込んだんだから、大丈夫だよ」
僕は随分と買いかぶられている様だが、大丈夫だろうか。
「後、これ、お土産」
楊さんは、手に持っていた小箱を差し出して来た。
僕が蓋を開けると、中には指輪が入っている。大きな宝石がはまっていて、多分これはダイヤモンドだろう。一体幾らするのか、自分には全く解らないのだが……
これの意味は、僕にもすぐに解る。
「受け取ってくれるかな?」
楊さんは、真顔になって僕を見つめてきた。
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