第7話 天秤

 ソルダの説明によれば、プリュスが最後に連絡を寄越したのは一ヶ月前。

 丁度ザイン達がこの聖騎士団を訪れ、初めてソルダと面会した日であったらしい。


「それからというもの、聖騎士プリュスからの連絡は皆無。彼女が最後に立ち寄ったと思われる街に他の者を派遣しましたが、その聖騎士すらも消息を絶ってしまいました……」


 苦しげに口を開いたソルダに、エルが反応する。


「それはつまり、聖騎士様が立て続けに姿を消してしまったと……?」

「ええ……お恥ずかしい話ですが。このような異常事態、我々白百合聖騎士団設立以来の大事件です。団長もこの件には頭を悩ませていますが、これ以外にも片付けねばならない事件やその予兆が多々あるのです」


 白百合聖騎士団は、そのあまりの優秀さが故に少数精鋭だ。

 入団試験は超難関。剣術、槍術の腕は勿論の事、魔法の扱いにまで長けたエリート集団である。

 そもそも女性が武術をそこまで極める事自体が珍しく、探索者の男女比ですら男性が圧倒的に多いのが現状だ。

 そういった背景から、今回のように急な事件が立て続けに発生した場合、人手不足に陥ってしまったのだろうとソルダは言った。


「このような事態でなければ、団長もアナタ方へのプリュスの協力を承認した事でしょう。ですが、彼女の安否すらも不明な今、無闇にそのような許可を出す訳には……」

「それなら!」


 急に大声を発したザインに、ソルダがビクリと肩を跳ねさせる。

 ザインはテーブルに身を乗り出して、真っ直ぐに彼女の眼鏡越しの瞳を見詰めてこう告げた。


「それなら尚の事、俺達に協力させて下さい!」

「で、ですが……我々聖騎士というものは、本来同じ聖騎士以外の手を借りる事を禁じられていて……!」

「仲間の一大事に、そんなルールに縛られて手遅れになったらどうするんですか⁉︎」

「…………っ!」


 叫ぶと同時に、ザインは両手でテーブルを強く叩く。

 それには思わずソルダも言葉に詰まり、側で見ていたエルやフィル、カノンまでその迫力に呑まれていた。

 ザインは止まらず、そのまま思いの丈をソルダに吐き出していく。


「俺は、この王都に来て初めて助けてくれた人を──プリュスさんを助けたいんです! 聖騎士だからとか関係無く、一人の人間として……同じ志を持つ友達として、彼女の力になりたいんです!」

「わ、わたしも……」


 絞り出すような声で、エルもその言葉に続いて思いを紡ぎ始める。


「わたしも、プリュスさんに助けて頂いた者の一人です! 彼女がザインさん達と一緒に『スズランの園』まで来てくれなければ、わたしは今頃……奴隷として売られていたはずなのです。だからわたしも、今度はプリュスさんにこのご恩をお返ししたいのですっ!」

「ぼくだって、姉さんや師匠と同じ気持ちです! あんなに正義感に溢れた素晴らしい人を、そのまま放っておくなんて事は出来ません‼︎」

「あ、アナタ達……」


 エルとフィルはその場で立ち上がり、一心に思いをぶつけている。

 それを見て戸惑いを隠せないソルダをちらりと眺めて、カノンが一言漏らす。


「……ワタシは、誰かが困っているなら助けるだけよ」


 つまりは、彼女もプリュスの捜索に協力すると言っている。

 カノンの素直ではない言い回しに、ザインは小さく破顔した。


「そのプリュスって聖騎士の事はよく知らないけれど、ザイン達がそこまで言うなら、よほど信頼されている人なのでしょう? アナタ達の決まり事を押し通す為だけに、こんなに国民に愛されている聖騎士を失うつもりなのかしら。副団長さん?」

「それ、は……っ」


 苦悩に表情を歪めるソルダ。

 するとそこに、思わぬ人物が姿を現した。


「『気高き白百合の魂を持つ乙女の騎士は、己らの力のみを以って、聖なる剣を振るうべし』……と、私達白百合の騎士は、長きに渡ってその誓いを遵守してきた」


 ノックも無しに部屋にやって来たのは、長い金髪を無造作に纏めた、凛々しく逞しい女性騎士。

 彼女の登場に目を見開くソルダから視線を動かし、ザイン達の方へと顔を向けたその女は、更に言葉を続ける。


「……しかし、その誓いも最早時代遅れの足枷なのやもしれぬな。貴様も薄々、そう感じておったのだろう? 我が右腕、ソルダ・アルギュロス副団長よ」

「あ、アミラル団長……⁉︎ どうしてアナタがここに……!」

「団長……って、この人が聖騎士団の団長さん……⁉︎」


 突然の団長の登場に、驚愕するザイン達。

 アミラルはそんな反応に構いもせず、堂々とした発声で話を再開した。


「貴様らがプリュス・サンティマンが手を貸したという、『鋼の狼』のメンバーだな? 私はこの白百合聖騎士団の団長を務める、アミラル・クリューソスという者だ。盗み聞きをするつもりは無かったのだが、偶然にもそこを通りかかってしまってな」


 彼女が言うには、偶然この部屋の前を通りかかった際、ザイン達の大声が聞こえてきてしまったのだそうだ。

 話の内容を察したアミラルは、このままではソルダが返答に困ると判断。そのままの勢いで、こうしてザイン達の前に姿を現したのだという。


「我ら白百合の乙女は、団のみの力を以ってして事態の解決に当たる事を美徳として尊び、これまでその誓いを絶対として活動してきた。しかし、それだけでは解決出来なかったであろう事件──王都周辺における、連続誘拐事件。貴様らの関わっていたあの事件は、『鋼の狼』とプリュス・サンティマンの活躍があってこそ動き出したものである」

「で、ですが団長! この掟を破ってしまえば、ワタシ達は他の団員達に示しがつきませ──」

「見栄で仲間を見捨て、古き掟を遵守する……それが白百合の乙女としての、正義のあるべき姿だと、貴様はそう思うのか?」

「…………っ、で、でも……」


 ソルダの言葉を遮ったアミラルは、改めてザインに向き直る。

 ザインもソファから立ち上がり、真っ直ぐに彼女と対峙した。


「私はこの一ヶ月、悩みに悩み抜いた。初めは掟を破ったプリュス・サンティマンが消息を絶ったと聞き、やはり白百合の乙女としての規範から逸脱した者には、天罰が下るのだと思ったよ。だが……『あいつは掟破りの異端者だ』と彼女を見捨てる事に、胸の奥が軋むような痛みを覚えたのだ」

「団長さん……」

「……故に私は、プリュスを探すよう聖騎士を派遣した。それすらも過ちだったのやもしれん。だが私は、貴様らの──否。君達の熱い正義の叫びに、考えを改めさせられたよ」


 それは、即ち──


「──君達『鋼の狼』に、白百合聖騎士団を代表してこの私が依頼する! プリュス・サンティマン、他二名の聖騎士の捜索及び救出を、正式に依頼させてもらいたい!」


 この日。

 歴史ある白百合聖騎士団は、新たなる節目を迎えた。

 外部の協力者による、事態の終結。

 これを探索者に依頼する事は、白百合の乙女として人生を捧げてきた、彼女達の過ごした時間の全てに反逆するも同然の発言であった。

 同時にザイン達にとっても、この出来事は大きな意味を持つ決断となる。

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