第6話 これから
探索者以外がダンジョンに潜る理由など、そうそう無い。
ダンジョンの外は、滅多に魔物と遭遇しない平和な世界。わざわざ危険な迷宮に飛び込む必要があるのは、そこで物資を調達したり、スキルや魔法のレベルを上げたい探索者か、彼らに護衛を依頼して潜る者ぐらいだ。
例えば、貴族の婚姻では『スキルの貴重さ』や『魔法の適性』も結婚相手に求める条件の中に含まれる。
そういった場合、若い貴族は探索者や騎士を護衛にしてダンジョンに向かい、ひたすらに修練を積む事になる。
それ以外の理由はあまり考えられない為、これまで何故黒衣の大剣使いヴァーゲがダンジョンに居たのか、明確な判断が出来なかった。
しかし、女神の声を聞いたという聖女シェリアの言によれば、ヴァーゲはダンジョンコアを破壊する為に活動しているらしい。
ダンジョンコアの破壊──即ち、魔王復活の阻止。
女神の言葉を信じるのなら、ザインが『第二の勇者』の称号を持って生まれたのは、これを成し遂げる為なのだという。
その使命を果たすには、女神に頼らずコアの破壊に動いていたヴァーゲに会う必要がある。
どうしてヴァーゲはコアを壊すのか。
これまでのダンジョンコア破壊の犯人は、ヴァーゲ自身だったのか。
そもそもヴァーゲは、どのような手段でコアと魔王の繋がりを知ったのか。
これらの謎を解明するべく、ザイン達は一刻も早くヴァーゲを探さなければならないが……。
(俺達、聖騎士団の人達にヴァーゲの話を通報しちゃってるんだよなぁ……‼︎)
シェリアとの話を終え、一度宿に戻る道すがらザインは頭を悩ませていた。
ヴァーゲを通報してしまったのは、探索者でもない人物が単身でダンジョンに潜り、ダンジョンマスターを倒していたのを目撃してしまったのが事の発端だった。
仮に事情を知っていれば黙認していたかもしれないが、今となってはもう手遅れである。
ヴァーゲの外見等についての情報は、とうに聖騎士団員達に伝えられた後のはず。行動の早い彼女達であれば、既にヴァーゲを探して各地のダンジョンに向かってしまった後かもしれない。
(今から聖騎士団の宿舎に行って、事情を説明するか……? いや、それでももうヴァーゲの捜索は始まってるはずだ)
それなら、今から自力でヴァーゲを探すべきなのか?
(でも、今どこに居るかも分からないヴァーゲと偶然出会える確率なんて……!)
ヴァーゲが聖騎士団に捕らえられれば、そう簡単に釈放してもらえないだろう。
聖女と神殿側からしても、現段階では外部に魔王復活の兆候を漏らすのは危険だと判断している。下手に情報が漏洩し、民衆がパニックになるのを防ぐ為だ。
それにどうやら、ザインと同じ悩みを抱えているのは仲間達も一緒で──
*
「ダンジョンを回って探すにしても、候補が多すぎて一つに絞れないですよぉ〜……」
四人の宿泊する宿『銀の風見鶏亭』。
その中の二人部屋をザインとフィルの男部屋として使う事に決めた為、一旦四人でそこに集まっていた。
テーブルに突っ伏すフィルの漏らした言葉に、ザインもエルも大きな溜息で肯定する。
ザイン達が一ヶ月前にヴァーゲと出会ったのは、イスカ大草原の奥地にある『カピア洞窟』の第四階層。
その付近の別のダンジョンといえば、以前エルが連れ攫われた『スズランの花園』がある。
同じ大草原の中にさえ二つのダンジョンがある上に、王都周辺にはまだこれ以外にも『ポポイアの森』や『ディルの泉』も存在している。加えて言えば、ヴァーゲが王都から離れてしまっている可能性すらあるのだ。
すると、地図を眺めていたカノンが言う。
「実際のところ、当てずっぽうでヴァーゲを探すなんて非現実的すぎるわよね……」
「あれからもう一月も経ってるからなぁ。聖騎士団の人に、何か少しでも目撃情報でも無いか聞きに行ってみるか?」
「……わたし達には何の手掛かりもありませんし、それが最善の方法かもしれませんね」
四人の意見は一致した。
それからすぐに白百合聖騎士団の宿舎に向かい、ザイン達の顔を知っている副団長との面会を申請した。『例の大剣使いについて話がある』と伝えると、即座に副団長の待つ部屋へと通される。
さらりとした銀髪に、鋭く知的な瞳を覆う眼鏡の美女──白百合聖騎士団副団長・ソルダ。
一ヶ月振りに顔を合わせた純白の女騎士は、何故だかどこかやつれているように見えた。
「お待ちしておりました。……早速ですが、『例の大剣使い』についてお話があるとの事。詳しくお伺いしても?」
以前の面会時より、何か焦りを感じているような……そんな印象を受ける、冷たい態度。
それを察したザインは、思い切ってこう告げた。
「……俺達は、訳あってヴァーゲを探さなくてはいけないんです。それで、もし聖騎士団の方で目撃情報が集まっているのなら、是非それを教えてもらえないかと思ってここに来ました」
「こちらの情報が目的、ですか……」
新情報の提供ではなかったと知ると、目に見えて明らかに落胆するソルダ。
「……何の収穫もありません。ご用件がそれだけなのでしたら、どうぞお帰り下さい」
「だからそんなに顔色が悪いのかしら?」
単刀直入にソルダの異変を指摘したカノンに、ソルダは不快そうに眼鏡の位置を手で直した。
「……コア破壊犯の件以外にも、我々は早急に解決すべき事件を複数抱えています。それも、この機会を狙ったかのように次々と湧いて出て……!」
カノンの指摘が相当のストレスだったのだろう。
語り口に怒気が込められるようになったソルダは、あまりよく眠れていなのか、目の下にはクマまで出来ていた。眼鏡のせいで多少は誤魔化されているが、こうして面と向かって話し合えば気付く変化だ。
次の瞬間、突然ソルダがテーブルを叩いて大きく叫ぶように言う。
「ワタシ達は忙しいのです! こちらに何の協力も出来ないのでしたら、速やかにこの場を退去なさいっ‼︎」
「……っ! 副団長……さん……」
「あっ……! す、すみません。ワタシとした事が、聖騎士にあるまじき振る舞いを……!」
自分でも急に怒りが爆発したのが予想外だったらしく、クールな外見に似合わず慌てふためくソルダ。
(……副団長さん、やっぱりどこか様子がおかしすぎる。急に忙しくなったって、あの優秀な聖騎士団でもすぐ片付かないような問題があちこちで起きてるって事だよな)
それに、彼女はこう言っていた。
『こちらに何の協力も出来ないのでしたら、速やかにこの場を退去なさいっ‼︎』
……つまり、何かしら協力するのなら良い訳である。
(その問題解決に協力したら、聖騎士団の人達にどうにか手助けを──せめて、『彼女』の力だけでも借りる事が出来るなら……!)
ザインが脳裏に思い浮かべたのは、真面目で誠実な犬好きの聖騎士。
彼女であれば、きっと快く力を貸してくれるに違い無い。
その為には、少しでも聖騎士団の負担を減らす必要があるだろう。
「あの! それなら、交換条件でどうですか?」
「こ、交換条件……ですか?」
目を丸くさせるソルダに、ザインは更に続ける。
「俺達も何か、聖騎士団のお手伝いをさせて下さい! その代わりに、こちらのお仕事がある程度落ち着いたら、プリュスさんにヴァーゲ探しの協力をしてもらいたいんです!」
そうすればきっと、ソルダだって納得してくれるはず──
「……申し訳ありませんが、それは難しいかもしれません」
「えっ……?」
──そう思ったのだが、ソルダの表情はザインの予想に反して曇っていた。
その理由は、すぐに彼女本人の口から語られる。
「……プリュス・サンティマンは、一ヶ月前の連絡を最後に消息を絶ちました。今も彼女が生きているかどうか、ワタシには……何とも……」
考えもしていなかったその返答に、ザインは思わず言葉を失った。
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