第3話 この先に何があったとしても

 ザイン達が白百合聖騎士団の副団長・ソルダとの面会を終えてから、約一ヶ月後。


 ソルダの言葉通り、頻繁に消費される安価なポーションの材料が採れるダンジョンから、優先的に封鎖が解除されていった。

 もう間も無くすれば、武器や鎧の素材となる鉱石が多いダンジョンも、順次解放していくという連絡が探索者ギルドの掲示板に張り出されている。

 少しずつ人々の生活が元通りになっていこうとする中で、ザイン率いる『鋼の狼』とカノン達は、日々ダンジョン探索に励んでいた。

 そして勿論、ザインの持つスキル『オート周回』によるダンジョン攻略も継続して行い続けている。


「な、なあ……本当に行くのか?」

「行くに決まっているでしょう! アナタの能力がどのようなものなのか、改めて確かめておくべきだわ」

「それだけではありません。本当にザインさんが基本六属性の全てに適性があるのなら……わたし達もそれが事実かどうか、この目で確かめてみなければ気が済みません!」


 そんなある日、『銀の風見鶏亭』の客室で今後の予定を立てていた時の事だ。

 ふとエルが「あの……そろそろザインさんの事について、神殿で詳しく調べてもらいに行きませんか?」と提案してきたのである。

 ザインの適性とスキルについては、既に『カピア洞窟』に向かった際にある程度明かしていた。しかし、実際に六種類の魔法が扱える人間であるという証明──神殿で調べられる判定結果が記された紙は、ザインの手元には無い。


 歴史上、基本六属性と呼ばれる火・水・風・地・光・闇の六つの属性を全て扱えた者は、魔王を討ち果たした勇者のみだとされている。

 ザインも彼と同じ適性を持つというのなら、エルやカノン達もその真実が気になって当然だ。

 結果として、エルの口からその提案が出てからすぐに三人がザインを連れ、大神殿に向かっている最中である。

 右腕をエルに、左腕をフィルに掴まれて歩くザインの後方を、カノンがしっかりと見張って逃げ出さないように注視していた。


(こうまでして判定させたいのか、俺の仲間達は……!)


 ザイン自身も、自分の出生の謎が気にならない訳ではない。

 けれどもいざ神殿で判定を受けるとなると、妙な抵抗感があった。

 この一ヶ月、『オート周回』スキルによってコピー体が魔物を倒して得た力は、きっと常人の過ごす一ヶ月よりも濃密なものであったはずだ。

 現に今、ザインの戦闘能力は飛躍的に向上している。それを身体で実感してしまうレベルに、『オート周回』によるダンジョン周回は劇的な変化をもたらすものであるからだ。

 何故ならザインのコピー体が周回していたダンジョンは、王都近辺で最も強力な魔物が潜む『カピア洞窟』である。エル、フィル、カノンと四人で協力して進んでいたあのダンジョンを、今ではコピー体だけの力でも攻略可能になっていた。


「ほらほら師匠! 大神殿が見えてきましたよ〜!」

「うわ、本当だ……」


 フィルが顔を向けた先に、確かに見える荘厳な建造物。

 八年前のあの日。まだ子供だった頃に母のガラッシアと、兄のディックと共に来たノーティオ大神殿だ。

 ……母と兄。しかしその実態は、全員が血の繋がりを持たない義理の家族。


(俺の魔力適性も、この赤い髪も……母さんから受け継いだものじゃない。だって俺は、産まれてすぐに今の母さんに拾われた赤ん坊だったからだ)


 外見的特徴は勿論の事、魔力適性も子供に受け継がれる事が多いという。

 自分やディック達が捨て子だったという話は、ガラッシア本人からも聞いている。ならば、それはきっと事実なのだろう。

 子供の頃はただ、自分にどんな魔法が使えるのか。どんなスキルを持って生まれてきたのかを知りたいと、ワクワクした気持ちで大神殿に向かっていた。

 しかし今は……自分の持つ力の異端さに、得体の知れない不安を感じ始めている。

 その不安の理由は──


(もし……もしも俺が、勇者に連なる何者かだったとしたら。その時俺は……きっとエルやフィル達を、何か大きなものに巻き込んでしまうだろう)


 魔王が滅んでもなお、その残党であるダンジョンマスター達は健在だ。

 それらを滅する者として生を受けたのが自分なのであれば、彼らとの戦いは避けられない。


(……俺が、本当に次の勇者なんだとしたら。仲間達を傷付けたくない。王都の人達や、母さんやディック、エイルやプリュスさん達だって巻き込みたくない。……そう思うのは、わがままなのかな)


「……なんて、本気で自分が勇者なのかも分からないのにな」

「ザインさん……?」


 ぼそりと呟いた言葉に反応して、エルが小首を傾げてザインの顔を見上げる。


「……ひとまず、神殿に行ってから考えるか! スキルのお陰で、最近どんどこ強くなってる気がするしな!」


 そんな彼女を見つめ返して、ザインは笑ってそう告げた。


「どんどこ……?」

「そう、どんどこだ! フィルもカノンとの手合わせでグングン剣の冴えが増してるし、エルも装備を新調して魔力効率がグッと良くなったしな。この調子で、シルバーランク昇格目指してもっと頑張らなくっちゃだよな!」

「そうですよね、師匠! この前ギルドで、もう少しでシルバーランク目前だって言われましたしね!」

「ついさっきまで乗り気じゃなさそうだったのに、急に元気になってどうしたのよ?」

「細かい事は気にしなくて良いんだよ、カノン! 俺のついでに、皆も判定してもらうんだろ?」


 そんな話をしながら、ザイン達は大神殿へと足を踏み入れていく。


 不安があっても、過去に何が隠されていたとしても、落ち込んだらその分だけ気合いを入れて突き進む。

 ザインという青年には、そんな不器用な生き方しか出来ないのだから。

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