第4話 導きの乙女
女神フィロソフィアを祀る、ノーティオ大神殿。
十歳を迎える子供は親に連れられ、この大神殿をはじめとする宗教施設で、能力判定を受ける習慣がある。
「八年振りの判定だなぁ」
ザインは勿論、エルとフィルも十歳の誕生日を迎える年に神殿で判定を受けた。
けれども、スキルや魔力量は成長するものである。特に探索者のような魔物と戦う機会の多い職業の者は、その成長率が極めて高い。
スキルは何度も使ううちに威力や効果範囲が変わったり、魔物を倒せば持久力が増したり、魔力量が上昇する。
しかし三百年前は、人体にそういった成長は本来起こり得ないものであった。
今から約三百年前、このノーティオ大神殿で異世界から勇者が召喚された。
彼の召喚を切っ掛けに、世界中の人々は『スキル』という固有の異能に目覚めたのだ。
(勇者が召喚された神殿で、俺も判定を受けた。その結果、俺には基本六属性全てに適性があると知ったんだよな……)
受付で判定の申請書類を書きながら、ザインはそんな事を思考する。
それから間も無くして、待合室で待機していたザイン達が神官に呼び出された。
八年前と変わらないデザインの神官服に身を包んだ男性が扉を開け、三人を別室へと案内する。
石造りの通路はどこか空気がひんやりとしており、ただ歩いているだけで自然と気持ちが引き締まる気分だ。
そして、辿り着いたとある一室──祈りの間。
大きなステンドグラスがはめ込まれた窓から注ぐ、色取り取りの鮮やかな光。
その光を浴びるのは、ザイン達に背を向け、純白の神官服に身を包んだ女性だった。
「シェリア様、判定を希望される方々をお連れ致しました」
男性神官の言葉を受けて、シェリアと呼ばれた女性がこちらに振り返る。
その動きに応じて、彼女の細かな波のようにうねりのあるプラチナブロンドの髪がふわりと揺れ動く。
物憂げなラベンダー色の瞳が、客人であるザイン達に向けられた。
「
声量があるとは決して言えないが、彼女の声は天使のように清らかだ。
ザインを認識したシェリアは、花が綻ぶような柔い笑顔を見せて言葉を続ける。
「お待ちしておりました、ザイン様……。貴方がこのノーティオ大神殿にて判定を受けられたのが、今から八年前……。当時のわたくしは修行の身であったが為、大神殿を離れておりましたが……ようやく、わたくしは貴方にお会いする事が叶いました……!」
ゆったりとした口調だが、その声色には確かな歓喜に満ち溢れていた。
すると、ここまで案内をした神官が説明をしてくれた。
「こちらのお方は、シェリア=フィロソフィア様……女神フィロソフィア様の信託を、スキル無しで聞き届ける聖女であらせられます」
「この人が、聖女様……?」
(そういえば、何年か前に母さんがそんな事を言っていたような……?)
ザインは記憶の糸を手繰り寄せ、一つの話を思い出す。
数年前、女神の声を聞ける少女が大神殿にやって来た……と、そんな話をされた記憶が浮上してきた。
少女の名前や外見はガラッシアから聞いていないと思うが、目の前のこの女性──シェリアが大神殿に来たのが数年前なら、丁度ザインと同い年かそれ以上か、といった年頃なのだろう。
「せ、聖女様が一般人の前にお姿を見せるなど、そうそう無い事だと思われますが……」
隣で狼狽えているエルの様子から察するに、神殿関係者や王族でもなければ、簡単には会えない人物なのは確実だ。
一方フィルはザインと同様、この状況に理解が追い付いていないようだった。口を開けたまま、ポカンとしている。
「わたくしが……是非ともザイン様にお会いしたいと、お願いしたのです……」
「え、ええと……その、どうして聖女様が俺の事を知ってるんですか?」
そう問われた聖女シェリアは、視線で神官に『扉を閉めて』と訴えた。
小さく頭を下げた神官が指示通りに扉を閉め、内側から施錠する。
この場に他の者が居ない状況を作り上げたところで、改めてシェリアが形の良い小さな桃色の唇を開く。
「……ザイン様は、基本六属性の全てに魔力適性があると……そう、大神官様からお伺いしております」
「それ、は……」
思わず口籠るザインの反応を見て、麗しの聖女は両手を胸の前で組んだ。
その姿はまさしく、神に祈りを捧げる乙女そのもの。
ザインは何故か、彼女の前で本心を隠す事がとてつもない罪であるかのような、強い印象を受ける。
「かつて、この大神殿にて召喚された……魔王を滅した勇者様と同様の、そのお力……。貴方は、それと同じものを手にしておられます……」
どうやら神殿関係者の間で、ザインの魔力適性が勇者の特徴と一致すると知られていたらしい。
(となると……まさかこの人は、その理由で俺に会おうと思ったのか?)
ザインの予想は、数瞬の後に的中する。
「女神は、わたくしに告げました……。勇者の資格を持つ者が、今日この時……ノーティオ大神殿を再び訪れるであろう、と……!」
曇天の空から聖なる太陽の光が射し込むように、美貌の聖女は誰もがうっとりとしてしまうような笑みを浮かべ、そう告げた。
女神の声を聞くという、聖女シェリア。
彼女の導きにより、ザイン達は聖女自らの手による能力判定を受けた。
渡された三人分の判定用紙に記された結果は、こうだった。
────────────
エル
・種族……人間
・年齢……十八歳
・性別……女性
・魔力適性……雷5
・所有スキル……封印2
フィル
・種族……人間
・年齢……十五歳
・性別……男性
・魔力適性……氷2
・所有スキル……貫通1
ザイン
・種族……人間
・年齢……十八歳
・性別……男性
・魔力適性……火3 水2 風5 地3 光2 闇2
・所有スキル……オート周回3
・……………………
────────────
しかし、ザインの判定用紙にだけ『とある欄』が追加されていた。
それこそが聖女シェリアだからこそ見抜く事が可能だった、六番目の記載欄。
「やはり……やはり貴方が、そうだったのですね……!」
感極まって大粒の涙をぽろぽろと零しながら、シェリアは女神に感謝の祈りを捧げていた。
「師匠、これって……!」
「本当に、こんな事があるだなんて……!」
エルとフィルも、ザインが手にした判定用紙を両側から覗き込んでいる。
そこに記されていたのは、こんな内容だった。
────────────
・所有称号……第二の勇者
────────────
ザインは、その文言を無言で見詰める。
(やっぱり……か)
喜びとも不安ともつかない感情が、ザインの胸中で渦を巻く。
用紙からふと顔を上げた赤髪の青年は、ただ静かに目の前のステンドグラスを見上げていた。
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