地球最後の恋

愛しのウィッドへ捧ぐ

「ねえウィッド」


僕はそれをウィッドだと思った。

ウィッドは綺麗な金の髪をしていていつもやさしく微笑んでいる眼鏡の男だ。身長は180センチぐらい。


「…」


金髪で眼鏡をかけた男はすやすやと眠っていた。否、スリープモードに入っていた。

全身から力を失い、頭を垂れている。


「ねえウィッド」


「それはウィッドではありません」


手を伸ばそうとしたとき後ろから声が聞えた。

テノールの気持のいい、楽な声。

ウィッドと同じものだ。

しかし振り返るとグレーの瞳をした金髪で眼鏡をかけた180センチほどの男がいた。


「貴方はだれだっけ?」


「A-22783です」


「名無しね。…こっちも名無し?」


「はい。そちらはC-10234です」


「なんだ二か月前に作った子じゃないか。ねえウィッドを知らない?」


「午後1時34分は毎日休憩室でコーヒーを入れている時間かと」


「ああ休憩室。あんな非効率的な部屋…いやウィッドが好きな部屋だね。ずるいな僕はなんで人間なんかに生まれてしまったんだろう」


「人間は私たちより優れた種類です、悲観されることはないかと」


「僕はウィッドが好きなものにはなんでも焼いてしまうんだ、大好きって意味だよ。インプットしとけば?まぁ僕の個人の感情だけど。なんらかの役には立つかも。」


「承知いたしました」


「教えてくれてありがとね。ええと、A-22783…長いな、二ナでいい?」


「二ナ、名前ですか?」


「うん、不満?」


「いいえ、二ナ、インプットしました。」


「そう。じゃあね、二ナ。あ、三時になったら教えてくれる?さっきパンケーキを作ってみたんだ。ウィッドとおやつにする。」


「承知いたしました」


ふんふふんと鼻歌を歌いながら僕は休憩室へ向かう。

歩くのも鼻歌を歌うのも僕の特権だ。

だってどちらもとてもすごくエネルギィを使うから、勿体無い。

白い廊下は一応窓を付けられているが外を見れるわけじゃない。モニターになっていて外みたいな風景を映し出しているだけで、この施設自体は地下に存在している。

本物の青い空に白い雲なんて、今を生きてる人間の9割はもう何十年も見ていないはずだ。残り1割は僕なのだけど。


「ねえウィッド!」


今度こそ本物のウィッドを見つけ僕は休憩室の入り口から背中が見えた瞬間走って飛びついた。

少し猫背で金色の髪で白衣をいつも着ているウィッドは眠そうなグリーンの瞳をこすりながら眼鏡を拭いていた。


「おやおや、ロディ。まだ1時38分なのにもう起きたんですか?」


「12時には起きたんだよ!くれた本に載っていたパンケーキを作っていたんだ」


「はて、なにをあげたんでしょう、僕。」


「月刊婦人秋号」


「ああ。あげましたねえそんなやつ。パンケーキというと、イチゴの乗った白いやつ?」


「ううん。茶色くてバターが乗ったやつ。小麦粉と卵と牛乳とベーキングパウダーが入ってる。」


「随分豪華ですね、卵なんてどこで調達してきたんです?」


「この前鶏モドキのクローンを作って、それが卵を産んだの。」


「食べれます?それ」


「もちろん!味見はちゃんとしたよ!3時になったら二ナが教えてくれるから一緒に食べようねぇ」


ウィッドは首を傾げた。

これはいくつか不可思議なことがあるときにやる癖だ。


「なにを疑問に感じたの、ウィッド」


僕はウィッドの腰に引っ付いたまま優しい声色を作って尋ねる。


「何故わざわざ三時に食べる必要が?そして二ナとは誰?」


ウィッドは僕の頭に手を置いて髪を撫でる。

体温は36.5、人間の平熱を保っている。


「昔はね、子供は三時におやつ、間食のことね。お昼ご飯と晩御飯の中間でお腹が減るでしょう?その時間に食べる間食をおやつって呼んでたんだ。

二ナはA-22783のことだよ。さっきウィッドがどこにいるか教えてくれたから、ちょっとお話してて。」


「三時のおやつはわかりましたけど、Aの僕に名前を付けるのはいただけませんねぇ」


「もしかしてヤキモチ?ウィッドヤキモチやいてる??」


髪をかき上げてため息を付く姿も様になる。

今はもう資源の無駄と言われ全てデータ化されたから目を通すこともないけれど、ウィッドは昔に読んだ絵本に出てきた王子様みたいで、きらきらしている。

僕も大きくなったらウィッドみたいな大人になりたい。


「人間の感情は…あー…言葉にするのが難しい、ただ、そうですね、胸がヒリヒリする。これをヤキモチと呼ぶんですか?」


「ウィッドがヤキモチやいた!データ取ってるよね?ふふ、そっかそっか!ウィッドは僕が名無しに名前をあげるとヤキモチ焼くんだね。」


「データは取っています。質問に答えてください」


「イエスだよまったくのイエスだ!いいね、人間とAIが曖昧になってる」


ウィッドという名前のAIは僕の父が作ったモノだった。

姿かたちは人と変わらず、ただ圧倒的にデータや経験値が足りずやはりただのAIだったのだけど僕が受け継いでから少し手を加えて急速に足りないものを補給している。

もうすぐ人間と呼んでも差支えがないモノになるだろう。


僕の父が毎日修羅のごとく脳細胞を使って愛を捧げていたのは息子の僕ではなくAIだった。

父は研究者でAI機能付きの人間に限りなく近いボディを持ったロボット、リアリティロボの父と呼ばれていた。

しかしそんな父も今はいない。

父どころかこの地球上で二足歩行で目覚めている人間を探す方が困難だ。

今の時代皆バーチャルリアリティで一生を送る。バーチャルリアリティではなにをしてもいいしなにもしなくてもいい。

まさに楽園、現実世界の天国だ。

なのに僕はたった一人で父の残した出来損ないのリアリティロボを改造して人間を作るごっこ遊びに興じている。

何故かって?


「私が人間になるのが待ちどうしいですか?ロディ」


「うん、だってウィッドが人間になったら結婚するんだもん。そのために僕はこんな何もない世界に一人残って暮らしてるんだ。」


初めて父の作ったリアリティロボ、ウィッドを見た時胸が締め付けられるような思いを知った。

それを父に告げると大笑いしながら恋だね、と言った。

だから僕はバーチャルリアリティなんかにはいかないでここにいる。

たった一人になっても、まぁ話し相手にはなる名無しのリアリティロボはいっぱいいるしなにより限りなく人間に近づいているウィッドがいる。

僕はウィッドに色々な経験をつませていかなければならない。

だからパンケーキを焼いて一緒に食べることだってそうだし、偶然だがヤキモチをやかせることだって必要なんだ。

はやく人間になればいい。

そして叶うなら僕を好いてほしい。


そんな、地球最後の恋を叶えるために僕は今日もデータを取るのだ。

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地球最後の恋 @siren6231

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