女とおんな
祭
SS
わたしは女が好きだ。
それはセクシャル的な意味でもあるし、もっと内面的な心の拠り所みたいな意味でもあった。
女はいい、肉体は柔らかくどんな抱き枕よりもずっと素晴らしいものだ。
内面は優しくも強かで傲慢に愛を振う姿は獅子や狼のようで、暖かな母性は幼くもないわたしを守ってくれさえする。
出来心ついた時から特に理由もなく女が好きで、そしてそれが異質であることをわかっていた。
本来なら思春期なんかは特に悩むべきところだろうがわたしの周りにはずるい女がいっぱいいて、そんな悩みなんて一晩とも持たなかった。
何故か、同じ人間だけにはわかってしまう何かがあるらしい。
高校に上がってすぐ新任の女とホテルへ行った。しばらくして遊び仲間を紹介してもらってそのころから女に不自由したことはなかった。
どうやらわたしは女に好かれるらしい、しかしそれは褒められた意味ではなく私の中からどろりと出ている不安定なそれを女たちは不憫がりわたしを慰めてくれているだけだった。
つまり不出来な子供ほど可愛い、という母親のような少しだけ歪んだ愛情なのだ。わたしのことが特別好きなわけではない。
だからか、わたしとベットを共にする女はいつも旦那がいるか、本命がほかにいた。
わたしはというと、女にの腕の中が好きだったので相手をしてさえくれれば感情なんてどうでもいいという捻くれた早熟の子供だった。
それは五年ほど経った今でも変わらずで週末はそういう知り合いか、バーに顔を出して適当な相手を見つけていた。
しかしそんなわたしが、もう半年も、女の腕に抱かれていないという事態に陥っていた。
遊び飽きたとかそういう理由ではなく、ほかに楽しいことを見つけたのだ。
四月に入社した会社で、そこはほとんど男しかおらず、女は24歳の、ピンとした背筋が綺麗な先輩だけだった。
その先輩は何かにつけてわたしを可愛がってくれた。会社ではもちろん休日も出不精なわたしを色々なところに連れ回してくれた。
わたしは一人っ子だから、ああ姉がいたらこんな感じなのかなと柄にもなく懐いた。いつも周りから物静かで怖いと言われるわたしも先輩の前では借りてきた猫のようだったに違いない。
しかし、それはいつからだったのだろう。
わたしに同じ種類の匂いを嗅ぎつけて友愛を振る舞うように、しかし端々から性の色を出すのを忘れないずる賢さを持つ女に、先輩にわたしはコロリとついていってしまった。
生暖かい関係でいたいなら線をキッチリ引くべきだったのだ。
実際その日まで境界線をしっかり守っていた。
しかし、特にこれと言った理由もなく。強いて言うなら酒の力でなんとなく、気づいたらホテルにいた。
「相田ちゃんは、子供みたいだね。とびきりやんちゃな少年みたい」
安いホテルの安っぽいベットの上で、それでも女の腕に抱きしめられていれば天国であるような気がする。
わたしはなんとなく、で関係を崩したことを少しも後悔はしてなかった。
「わたし、やんちゃですかね。」
相手は、どうだか知らないが。
「うん。やんちゃやんちゃ。木の上の林檎をするする登って取りに行っちゃう子みたい。だから見守っててあげなきゃって思う。」
「それ猿じゃないですか。やだなそんな野性的なの」
先輩はあははと笑った。わたしが可愛くて愛おしくて仕方ないみたいな目でわたしを見つめて整えるようにわたしの髪をずっと撫でていた。
その女はわたしと交わった二日後寿退社を宣言した。
堂々とそして満ち足りた顔で上司や部下たちに挨拶をして回って、もちろんそこにわたしも含まれていた。
あの一夜は夢だったかのように幸せそうな顔で結婚式には必ず来てねとわたしの手を握った。そこにはセクシャルな色は欠片もなかった。
しかしわたしは仕方ないと別段惜しくもなさそうな顔を作っていた。
一晩寝たぐらいで関係がどうのこうのいうのはおかしい気がしたからだ。
こんな考えだから、こんな性格だからわたしの周りにはずるい女しか集まらない。
他人なんて皆宗教の違う者同士のような、決定的にわかり合えない人種だと思いながら生きてきた偏屈な人間だから今更どうすればいいのかわからない。
ハタチを超えたとはいえまだ二十一、ヒヨコの中のヒヨコなのだ。いや、人のせいにするのはよそう。きっとわたしの業なのだ。
「ねえ相田ちゃん、相田ちゃんは好きな人いるの?」
最後のお昼休みに、女二人更衣室兼休憩室でご飯を食べた。
いつもそれが日課だったが今日で最後なのだ。
わたしはメンテナンス不足の表情筋を酷使してなるべく笑顔で送り出そうと努めた。
「そうですね、寿退社しちゃう先輩が好きでした。」
「ダウト」
「あはは、ダウトですよ。ダウト」
先輩のお弁当は女らしいしかしきちんと栄養も考えて作られていることが分かる野菜多めの彩りが綺麗なお弁当だ。
この人の旦那になれる人はきっといい人なのだろう。
根拠もなく思った。
だって、自分のお弁当にどこぞのご当地キャラクターを海苔やハムを細かく切って作り上げてしまう女性なのだ。
旦那は弁当箱を開けるたびにまたやられたよ困った人だなうちの奥さんは、なんて可愛くて苦笑してしまうような、そんな人が似あう。
「女はね、鋭いの。弱ってる男の匂いを嗅ぎつけて捕えて食らうのよ。」
「旦那さんは弱ってたんですか?」
「ううん。うちの旦那は強い人よ。誰よりも強くて馬鹿みたいに真面目。だから私はついていこうって思ったの。
一緒に並んで歩くんじゃなくて彼の背中を見ながら生きていきたいって思える人なの。」
「弱い男って例えばどんな?」
「わたしの腕の中で林檎を取りに木登りしてた子。あの子は弱かった。だからずるい私は付け入った。
女はずるくてだめね。もしその人の子供が私に宿ってたら、多分旦那をほっぽいて夜逃げでも高跳びでもしてたわ。」
これでおしまい、と先輩は立ち上がった。
そのまま振り返らずに休憩室をあとにした。
もし、わたしが男だったら、彼女を妊娠させることが出来たら、良かったのだろうか。
そしたら今頃二人してどこかここじゃない遠くへ逃げていたのかもしれない。
わたしは所詮、彼女をモノにできるほど強い男ではなかったということだ。子供とか、そういう証がなければ彼女の選択肢に入らない程度の、そんな女なのだ。
男に生まれれば良かった、とは思わない。
でも、なんで世界はわたしに優しくないのだろうと項垂れた。
女とおんな 祭 @siren6231
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