第46話 足音
海外からも買い集め、国内から寄付も募ったという追加のクリスタルが配布された。
そして新たな志願者の中から、追加で何人かの人員も補充された。
その中には東京班に新たに加わったクラウンも含まれている。
「今更、こんなカスゴミが入って来ても役に立たねーだろ」
京野は講習会のことを引きずっているのか、やたらと剣呑な態度だった。
対するクラウンの方は、雑魚には興味ないといった風情である。
「チッ、東京は本当に女だらけだな。熊本あたりに入りたかったぜ」
「おい、無視してんじゃねーよ」
さっそく喧嘩になりそうな雰囲気を漂わせている。
喧嘩になる前に止めようとしたら、向こうから話しかけてきた。
「お、伊藤さんじゃないですか。ずいぶんと有名になってますよ」
「なんのことだよ」
「テレビでやってますからね。望遠レンズで闘いの風景とかも流されてますよ」
ふざけた話である。
そんなこと、今の今まで知らなかった。
「それにネットで生放送してる人もいたのよ」
そう言ったのはクラウンに所属している女だ。
それは作戦に参加している奴が、そういうことをやっているのだろうか。
「せっかく東京班になったなら、アイドルの佐伯さんを紹介して欲しいですね」
クラウンの坊主頭が言った。
そんな情報まで勝手に流していいものなのだろうか。
「おい、気安く伊藤に話しかけてんじゃねーよ。ゴミカスどもが!」
「うるせーな! ぶっ飛ばされてーのかよ」
京野の言葉に、クラウンの三人も本気で怒り始めた。
しかし、テレビで流されていたという事実の衝撃が大きい。
「なんとも、そんなことになっていたんだね。私なんて全然知らなかったよ」
「僕も初めて知りましたよ。さっき、会ったこともないヤツから元帥殿って呼ばれましたからね」
話した内容まで、知らぬ間に取材されていたようである。
それで有名になりたいような奴まで志願してきたのだ。
しかし昨日の戦いまでは、望遠レンズでもとらえきれなかったらしく、補充組には知られていない。
「これ、まずいんじゃないのかな。これ以上不慣れな人が入ったら庇いきれなくなるよね」
「まあ、山口さんが許可したなら、最低限の実力はあると思いますけどね」
参加できるだけの実力があっても、北海道を開放するという名分に興味を感じなくて参加しなかった奴は多いだろう。
問題は北海道の作戦に最初から参加していた奴らは、レベルにして2~3、霊力にして5000以上は底上げされていることだ。
東京班と自衛隊の一部は、今までの無茶な作戦のお陰で8000は霊力が上がっている。
昨日は消費してしまったとは言え、2000も失っていないはずだ。
最初に募集した時には強かったとしても、すでに逆転されていてもおかしくない。
現にクラウンのリーダーは、余裕のある態度を見せていた割に、京野にまったく対抗できていなかった。
霊力は反射神経と腕力に直結するから、そこが違えばどうにもならない。
一夜明けたら、一昨日の丘を目指すことになる。
さすがに不満の声も上がったが、砦に近くなればなるほど日数的な猶予が無くなることは皆わかっていた。
倒した敵がリポップする前に、なんとしても砦に行かなければ、また最初からやり直しという事にもなりかねない。
補充で入ってきた奴らは元気だが、それがいつまで持つのかといったところだ。
配られたクリスタルはパーティーごとに、赤が数個とオレンジが2個だけである。
これでも世界中から集めたという話だった。
今回から補充された奴らは、まずは様子見からということで魔法による支援の役目が割り振られている。
石塔の加護によって、マナの回復が強化されてすらいない奴らが、後ろに回されているのだ。
そいつらは霊力を使ってまでマナを回復するとも思えないから、一時間もすれば役に立たなくなるだろう。
「俺たちは抗争中だから、強くならなきゃなんねえんだ。それなのに消耗するだけの後衛なんてやってられるかよ。まあ、最初だけは合わせてやるけどな」
クラウンのリーダーが船橋のリーダー相手に、そんなことを言っている。
しかし、話を聞いていると、普段は接触のないチームの情報にも触れることができた。
彼らが一日中ダンジョンの探索に費やしてレベリングしているのも、すべては抗争のためだそうである。
本末転倒な気がするが、こんな奴らが少なくないのは知っていた。
しかも、こういうヤツらほど危機感が強いから大所帯になっていくので余計に質が悪い。
ビルを一棟借り受けて、警備に人員を裂き、24時間体制で見張らせているようなところもあるという話だった。
このクラウンなど弱小で、武闘派にも数えられない奴らだが、それでもお呼びがかかれば、面倒を見てもらっているチームのため、抗争に参加するそうである。
そんな犯罪者集団を取り締まることも、結局は自衛隊が丸投げされることになるだろうから気の毒な話だ。
そいつらは、普段ならハイゴブリン程度の敵を取り合っているという話だった。
武闘派とはいっても、大多数のレベルはそんな程度である。
どうしても同時期に始めた奴らは狩場がかぶってしまうから、縄張り争いから逃れることは出来ない。
数日攻略が遅れただけで敵対チームに対抗できなくなる可能性もあって、探索に出る事はチーム員に義務化されているという。
ハイゴブリン程度なら大したことないような気がするが、武闘派集団の上位陣はみかじめ料によって潤っている。
その資金力によって力をつけ、滋賀のダンジョンではキャタピラという、東京のダンジョンにおけるゴーレムのような美味しい敵を独占しているそうだ。
東京は日本中から本気勢が集まってきたので、武闘派を名乗る面々は早々に東京を離れたようだった。
「なんだか雰囲気が悪いわね。こんなことで大丈夫なのかしら」
「全方位を守るなら、数が増えた方がいいよ。それで、陽動作戦の方の手ごたえはどうなんだ」
「剣治たちの方で戦いが始まったら、みんなそっちに向かって行ったわ。手負いにしたゴブリンなんか踏みつぶされていたわよ。続けていれば多少の効果はあるかもしれないけど、やる価値は感じられないかしらね」
やはり、あまり機能していないのだ。
討伐をしていれば、オークに向けて放ったファイアーボールによって、ハイゴブリンの手負いは次々生まれるから、そいつらが叫び続ける限り、陽動の意味は薄くなる。
そこのとは蘭華たちから山口さんに報告済みだろうから、今日は陽動もしないだろう。
日が高くなってきた頃になって、うろついているオークが多くて何度も足止めを食らいながら、前回と同じ丘の上までやってきた。
皆、口数が少なく、作戦の開始をただ待っていた。
生き残れば見返りは大きいが、そうならない可能性も理解していると言ったところだろう。
補充で入った奴らだけは、いつ始まるのかと焦っているようだった。
少ししてから、作戦が開始された。
琵琶娘が頑丈な盾を仕入れて売ったらしく、滋賀班にも熊本班と同じ盾が出回っている。
そのおかげか最初の突撃で崩れたところはなかった。
補充組もちゃんと攻撃をポンポン景気よく放っている。
敵の数は多いから、それでも攻撃は当たっていた。
しかし、作戦開始とほぼ同時くらいから遠くの方で、大きな地鳴りのような足音が鳴り響き始めた。
トロールの見回りだろうか。
間に大きな山を挟んでいるので、まだこちらに向かってくるような気配はない。
次の作戦で山の上に出て、もしトロールが出てくるようなら、俺が引き回して戦うという事になっていた。
魔法は効かないだろうから、その時点から俺のチームで近接戦を挑むことになるだろう。
逃げることは難しくないと思われるが、相原と桜は逃げきれるという保証がない。
やるなら倒しきるつもりで当たるしかなかった。
しかし、この日は早々にオークの列が途絶えて、山向こうの敵まで倒すことになってしまった。
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