第40話 一休み





「やっぱり伊藤さんには敵いませんね。美味しいところを全部持っていかれました」

「お前は盾だからな。どうしたって倒すのは俺だよ」

「ええ、本当にイカレた威力ですよ。一振りで戦況を変えますからね」


 また盾は嫌だと言い出しそうだが、そういう空気は感じない。

 目立てればなんでもいいやと思っているのが相原であるはずだ。


「今日の働きには、勲章を出してもいいくらいですよ」


 隣を走っていた山口さんが言った。

 あまり相原を甘やかすような発言は言って欲しくない。

 今回はベースキャンプから離れているので、帰るだけでも大変だ。


「私の経験の範囲で言えば、あれはボスだったよね」


「やはりそうなのでしょうか。いきなり見慣れない敵が現れて焦りましたが、二人が倒してくれたので、無事に作戦を終えることができました。あのような不確定要素が今後もあるようだと、こちらとしては手の打ちようがありません」


「まあ、例外じゃないですかね」


 ボスの配置については俺にもよくわからない。

 いたりいなかったりするし、その位置に到達した時点のレベルでは、倒せるかどうかもわからないようなランクの強さを持っている。


「それよりも、私はアイテムボックスが満杯だよ。このまま売れないようだと、帰ると言い出す人が出ないとも限らないね」

「それも問題ですね」


 その問題は作戦に参加していた、あるチームによって解決された。

 買い取ってもいいと申し出があったそうである。

 探索しながら商売にも手を出しているチームがあったのだ。


 滋賀班のチームがドロップ品を買い取って、自分たちで運搬までするらしい。

 しかし、買取の値段はお世辞にも高いとは言えない。


「こっちも輸送せなあかんのやわ。オークに襲われて、輸送品を失うリスクもあるやろ」


 その言い分には何も言い返すことができず、俺は持っていたドロップのほとんど売ってしまった。

 買い取りだけじゃなく売りの方もやってくれるらしく、かなり品ぞろえはいい。


 初めて見るような装備もある。

 鉄で補強されたブーツを俺と相原用に二足買った。

 ここにある防具に関しては、魔法によるサイズ調整機能の付いたダンジョン産しか扱っていないそうである。


 ボスオークのドロップを持っていることも知られているので、見せてみいやと言われてみせることになった。


「500万でどうや。アンタのチームにはいらへんのやろ」


 ぶ厚い革の鎧だが、確かに俺のチームには必要ない。

 有坂さんが装備するには重すぎるし、蘭華にはもっといい鎧がある。

 俺がうんともすんとも言わないうちに、山本という女は金貨を投げてよこした。


「これは何だよ」

「んなことも知らへんの。ダンジョン内では、ゴールドで取引すんのが常識なんよ、ここには銀行もないし同じようなもんやろ」


 札では紙だから、ダンジョン内ではすぐ炭になってしまうため、関西の方では金を使うのが主流になっているらしい。

 もう一つ出たのはどうしたのかと聞かれたが、範囲加速の魔法だったので、すでに桜に覚えさせている。


 加速している間、ずっと桜のMPを消費し続けるので、使いどころは難しい魔法だ。

 そんなもんやすやすと使うなやとかなんとか山本に言われるが、俺は金が欲しくてやっているわけではない。


「俺のチームは、それでやってるんだよ」

「ほんなら、次はうちん所に持って来てや。値段くらい聞いてもバチ当たらへんやろ」


 そんなことを言われても約束はできない。

 あくまでも、俺はダンジョンの攻略優先でやっているのだ。


「いらないものが出たらな」


 ボスドロップはそう簡単に売っていいとも思えないが、勢いに負けて売ってしまった。

 どうせ、いらないものだしいいかと、受け取った金はチームで適当に分けた。

 金貨だと細かい金額の調整ができなくて、わける場合には不便さしかなかった。


 それにしても俺の装備品にまで興味を持って、根掘り葉掘り聞いて来ようとするからたまらない。

 夕食時になって、次の作戦日時が言い渡された。

 次の作戦は翌日の昼からという事で、半日くらい暇になる。


 この休息は魔光受量値を下げるためのものだ。

 夕食後、やることもないので早く寝てしまったら、まだ夜が明ける前に目が覚めた。

 というか、相原のいびきがうるさすぎて寝ていられなかったのだ。


 こんな時間に目が覚めても何もすることがない。

 空港まで行けないこともないのかもしれないが、それも面倒なだけだ。

 周りも同じなのか、こんな時間なのに話し声が聞こえてくる。


 有坂さんは耳が遠くなっているのか、羨ましいことに相原の隣でも平気な顔で眠っている。

 まるで死んだように眠っているので、まさかお迎えが来たのかと思って焦ったほどだ。

 

 耳を塞いで寝袋にくるまっていたら、蘭華の声が聞こえてきた。

 起きていたなら肉でも焼いてもらおうかと思ってテントを出て、蘭華たちのテントの前まで移動した。


「なあ、ちょっと入ってもいいか」

「いいわよ。入りなさい」


 蘭華と桜が、懐中電灯の小さな光でお菓子を食べながら時間を潰していたようだ。


「お兄ちゃんのいびきうるさいですよね。すみません」

「ああ、耳の奥がじんじんするよ」

「ホントよ。私たちまで寝られなかったわ」

「うう、凄く恥ずかしい」


 桜は膝を抱えて顔をうずめた。

 本気で恥じているのだろう。

 あらためて見ると、桜は本当に線の細い体をしている。


「桜ちゃんが気にすることじゃないわ。それよりも、剣治にお願いがあるんだけど」


 あらたまってそんなことを言いだされると少し怖い。


「なんだよ」

「お風呂に入りたいんだけど、覗こうとする人たちがいるらしいのよ。見張りを頼めないかしら」


 確かに気性の荒い奴が多いし、若い奴も多いから、そんな心配も必要だろう。

 しかし、この時間ならさすがに、そんな奴もいないんじゃないだろうか。


「俺にそんなことさせるのかよ。外は寒いし小雨が降ってるんだぜ」

「いいでしょ。行くわよ。桜ちゃんも入りなさい」


 俺は小雨が降ってる外に駆り出されて、風呂用のテントの前で立ち番をさせられることになった。


「覗くんじゃないわよ。もし、そんなことしたら殺すからね」

「早くしろよ」


 そのやり取りを見て桜がクスリと笑った。


「ずいぶん伊藤さんのことを信頼しているんですね」

「まさか。こいつは、そんなことに興味がない唐変木なのよ」


 風呂のテントの中は暖かそうだが、外はかなり寒い。

 まさか覗きなんて誰もしないだろうと思っていたら、周りをうろうろしている男どもは多い。

 真っ暗だからバレないと思っているのだろうが、猫目の前では誤魔化せない。


 うろうろしている奴らを牽制するために、空に向かってファイアーボールを一発放ったら、皆一目散に逃げていった。


「あら、こんなところでなにをしているんですか」


 声をかけてきたのは山口さんだった。

 俺が事情を話すと、助かりますと言って風呂に入って行った。

 クロークがびしょ濡れになるころになって、やっと二人が出てくる。


 俺は急いでテントに引き返した。

 テントに入り、クロークをアイテムボックスに移す。

 そしてアイテムボックスから、薄い皮に包まれたままのオーク肉を取り出した。


 さすがに三食缶詰だと、口の中がブリキの味になって非常に辛いのだ。

 だから朝飯に調理してもらおうと思ったのである。

 それはみんなも同じであるらしく、小雨が降っているのに、周りではそこらじゅうでたき火を焚いている。


「あっ」


 桜が驚いたような声を上げて、俺もつられて視線の先を追ってしまった。

 瞬時にまずいものを見たなと気が付いて、俺は体が硬直した。

 蘭華は髪の毛を拭いていて気がついていない。


「あの、蘭華さん。その、浮いてますよ」


 蘭華は薄いローブの胸のふくらみの先に、ポツンと小さなふくらみが二つ浮いていた。

 それに気づいた蘭華が、短い悲鳴を上げてこちらを睨む。

 前かがみになって、ふくらみを隠した。


「なんだよ」

「見たわね」

「なんで革の服を着てないんだ」

「お風呂上がりで、蒸れるからよ!」


 蘭華は怒るでもなく俺を睨むのみで、それほど狼狽した様子もなく図太い神経をしている。

 桜の方があたふたと取り乱しているくらいだ。

 第一、装備は外さないようにと言われていたはずだ。


「なあ、肉焼いて欲しいんだけどさ」


 俺としては場の空気を和ませるためにそう言った。

 そしたら、薪を拾いに行けと命じられて、また外に出ることになってしまった。

 薪を拾ってきたら、サバの味噌煮缶で味付けをして、蘭華がオーク肉を焼いてくれた。


 米だけは食料の中にあるので、飯盒で炊くことができる。

 火は目立つから使わないようにと言われていたが、さすがにみんな缶詰には耐えきれず、気にせずに火を起こしている。


 だから俺たちも遠慮せずに火を使った。

 少し蘭華に対して気まずいが、俺はなるべく気にしないようにしていた。


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