第39話 エリアボス





「ありがとうございます。助かりました」


 吹き飛ばされてきた銀鎧の男を手当てしていた山口さんが言った。

 流れはいい方に変わって、盾役がちゃんと敵の突進を止めている。

 勾配を利用して敵の勢いを殺しているから、不可能ではないはずだ。


「監視を始めてください」


 山口さんの指示で、ドローンが飛ばされた。

 この作戦には探索組しか参加していないので、ドローンを操作するのも自衛隊の探索組の人である。

 しかし、そのドローンも、すぐにハイゴブリンの魔弾で撃ち落とされてしまった。


「そんなの飛ばさなくても、トロールが来たら足音と地響きでわかりますよ。それに木よりもでかいですから、遠くからでもわかります」

「それは確かなのですか」

「ええ、下見しているので確実です」

「そうですか……」


 山口さんは考え込む仕草を見せてから、ドローン作戦の中止を命じた。

 そして余っている自衛隊員を、滋賀組に合流させる。

 俺はその後で、正面を担当していた東京班の負担が大きくなりすぎて、東京班の前で敵を減らす任を与えられた。


 まるで波が押し寄せるように、オークの群れが押し寄せてくる。

 このままでは捌ききれなくなるというところで、蘭華が俺に加勢してくれた。

 そんな状態が数時間続き、皆の息が上がってきた頃、オークの波は途切れた。


 最後の一匹が果敢に丘を登ろうとしている。


「それを倒したら、いったん退却します!」


 山口さんの言葉が終わる前に、前に飛び出した蘭華がイノシシを斬り伏せた。

 スキルのお陰なのか、レアアイテムによるものか、あまりの早業に俺ですら驚いてしまった。

 最後のオークが倒れたのを皮切りに、俺たちは一目散に丘から逃げ出した。


 さすがに、オークの群れが途切れなく攻めてきて、やばいんじゃないかと誰もが感じていただろう。

 我先にと、競い合うように森の中を走ってベースキャンプを目指す。

 隣を走っている蘭華の頬には血が付いている。


 俺がそれを教えると、蘭華は血をぬぐって言った。


「途中で、どうしても避けられなかったのよ。クリスタルで治したから平気よ」


 地上では血を流しても灰にならないから残るのだ。

 その血の跡がなんだか生々しくて嫌だった。


「自分の足にも血が付いているじゃないの」


 言われて見てみれば、確かに足を怪我したようだ。

 たぶんオークを蹴った時だろう。

 クリスタルは使ってないが、自然回復で元に戻ってしまった。


 ベースキャンプに戻ると、皆へとへとになっていてテントに引き込んでしまった。

 血まみれになっていた者も多かったので、すぐに風呂が沸かされて食料も自由に持って行っていいという事になった。


 予想よりも、あまりに激しい戦いになって、誰もが真剣な表情になっている。

 ここに戻ってこれないんじゃないかという事は皆が感じたことだろう。

 中には、のん気にオークのレアドロップに喜んでいるものもいた。


 オークのドロップは悪くない。

 特に肉の塊は、すでに焼いて食べているものの話では絶品だそうだ。

 俺はテントに入って、相原が持ってきてくれた缶詰を食べた。


 朝食は豪華だったのに、作戦中はずっと缶詰なのだろうか。

 ここまでの道のりは危険だから、食べ物を運んでくれるとも思えない。

 俺はひと眠りして風呂に入り、作戦本部のテントに入った。


 すでに深夜だというのに、山口さんを含む何人かが地図を睨んで会議中だ。

 俺がこんなところに勝手に入っていいのか知らないが、山口さんはすんなり迎え入れてくれた。


「作戦はどんな感じですか」

「初戦は勝利と言っていいでしょう」

「でも、最後に敵が途切れなかったら、ゲームオーバーでしたよ」


「ええ、そうですね。今こちらでも、そのことについて話していました。今回は、あたり一帯のオークを倒しきったと見ていいでしょう。そうなると、一帯にいるオークを倒しきらないと退却もできないという事になります」


「やはり、無理なんじゃないですかね」

「次の作戦予定地としていた場所は内部に入り過ぎていたので、別の予定地を検討しているところです」


 山口さんには意地でも作戦を完遂するという意思が見られる。

 その辺り一帯にいるオークを全部倒さなければ帰ってこられないとなると、今回よりも内部に行くのは不可能だろう。


 今回だってかなりぎりぎりの戦いになっていた。

 そう都合よく地形が用意されているわけもなく、作戦会議は膠着しているようだ。

 こんな時間まで地図を見ているという事が何よりの証である。


「で、場所はあるんですか」

「窪地を守らなければならない場所ならば」

「それは自殺しに行くようなものですよ。今日、さんざん見たはずじゃないですか。あの突進は勢いが乗ったら受けられません」

「伊藤さんのチームにいる盾を持った人なら受けられるんじゃありませんか。元帥殿ですよ。窪地なら先頭の一点を守れば、両サイドは丘の上で戦えます。元帥殿の盾に、伊藤さんが加われば行けるんじゃありませんか」


 そこなら最終的にやってくる敵の数も少ないそうだ。

 今日の作戦の後から、相原は元帥殿と呼ばれている。

 しかし、俺としてはあんな気狂いに作戦の肝を任せるのは感心できない。


 面白がっていじっていい類の人間ではないのだ。

 しかし、いい加減山口さんも寝かせてあげるべきだ。


「俺のチームで当たらせてもらえるなら、たぶんいけますよ」

「いいでしょう。今回は2班に分ける予定なので、両サイドに余裕がないのですが、見張りに使っている隊も加えることにします」




 一晩明けて、霧に包まれた景色を見ながら深呼吸していると、山口さんも出てきた。

 結局、寝ずに作戦を詰めたらしい。

 目の周りに大きな隈ができていて、まるで別人のような顔だ。


 朝食を済ませたら、心持ち緊張した進軍が開始された。

 オークのドロップがいいから、誰も逃げ出さなかった。

 朝食には自衛隊が確保した分のオーク肉が出されたが、高級な豚肉のようで、かなりの美味だ。


 そしてまた一列縦隊を作って森に入る。

 今回は蘭華が山口さんとともに先頭に立っている。

 速さを買われて、途中で出てくる奴を倒す役割を振られたのだ。


「伊藤さん、僕は盾職が存外ハズレではないのではないかと思うようになりましたよ」

「たしかにな。ずいぶんと活躍したらしいじゃないか」

「実際に相原君の存在感は悪くなかったね。絶対に倒れない盾がいるのは、後ろに安心感を与えてたよ。大したものだ」

「それに口上も立派だったぜ。意味は分からなかったけどな」

「伊藤さんの弟子としての面目躍如ですね」

「お前は目立ちたくて、俺の弟子になるとか言ってたのかよ」


 谷に着いたら、前回と同じように最初に配置を済ませる。

 谷間の間で、両サイドに丘があり、その中心は、正面の森に対して勾配になっていた。

 ここを通って後ろを取られると、挟み撃ちにされてしまう。


「元帥殿、皆が、元帥殿の口上を心待ちにしておりますぞ」

「わかってますよ」


 有坂さんはからかって言っているのに、相原はその気である。

 最初のゴブリンにアイスダガーが刺さり、開始の合図となる叫び声が谷間に響き渡った。

 最初のオークが地響きを立てながら森の中を走ってくる。


 それに合わせて相原が叫んだ。


「神軍参上!! いざ参る!!」


 待ち狩りだというのに参るはないだろうと思っていたら、相原は坂道を駆けあがり始めた。

 周りが歓声を上げる中、最初のオークが森から顔を出す。

 そのオークは通常の三倍以上はある体躯を持っていて、明らかにエリアボスか何かだ。


 相原は躊躇なく、そのボスオークに向かって突っ込んだ。

 黒く輝く鎧のようなものを着ていて、明らかに普通のオークではない。

 ボスオークが引き連れていた、普通のオークを蘭華が前に出て一匹斬り捨てた。


 そしてもう一匹を有坂さんが魔法で倒す。

 ボスオークの牙が相原の盾にぶつかった。

 すさまじい音が振動となって谷間の大気を震わせた。


 ボスオークを受けた相原は砂煙を上げながら、10メートルほど地面を滑って元の場所まで戻ってくる。

 ちょうどいいところにボスオークの胴体が来たので、俺は気を吐いて魔剣を振り下ろした。


 金属の胴鎧に魔剣が振れると、つんざくような金切り音が鳴り響き、一刀のもとにボスオークの胴体は両断された。

 もうそこからは考える暇もないほどの大群が押し寄せた。


 相原が受け止めた敵を倒すのは蘭華に任せて、俺は前に出た。

 撃ち漏らしたものは蘭華たちに任せて、俺はとにかく敵の数を減らすことに集中する。

 悪い癖が出たのではなく、中心である俺たちに敵が一極集中しすぎているのだ。


 丘の上は、開戦と同時に敵と丘に視界を遮られて、どうなっているのかもわからない。

 戦う音は聞こえているから、押しつぶされているわけではなさそうだ。

 俺は左右の丘を蹴りながら、流れてくるオークを叩き斬り続ける。



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