第33話 宝物庫





 休日が開けて、5人そろって三層に降りる。

 舗装されたような平らな道はどこまで続いているのか見えないほどだ。

 神殿のような建物と石塔が見えてきて、そろそろかなという感じがする。


 上位の加護を見つけるたびに、蘭華たちに新しい加護を受けさせた。

 俺も武器での攻撃力を上げる武装の加護を受けた。

 これは身体能力なども上がるが、デメリットは魔力の三割減と強烈である。


 さすがに魔法頼みで戦うこともなくなって、しばらくは魔剣中心に戦うつもりだったからこれでいいだろう。

 蘭華は舞踏、有坂さんは魔導、相原は武勇、桜は司祭の石塔からそれぞれ加護を受けた。

 蘭華は魔装減、有坂さんと桜は体力の最大値減、相原はマナの最大値減である。


 どれも、それぞれの役割にとって効率を上げるものだ。

 しかし、まだこの辺りの石塔ではメリットのわりにデメリットがきついように思える。

 半減する最初の加護よりはいくらかマシになった程度だ。


 奥に進んでいくと、金属製の装備を身に着けたコボルトの強化版が出てきた。

 施設を守るのは番犬という決まりでもあるのだろうか。

 オーガはほとんど俺が倒していたが、こいつらが相手だと他の4人にも倒してもらわなければならない。


 そう思いながら魔剣を振り下ろしたら、強化コボルトの持つ金属の盾は真っ二つに裂けて、同じく金属の胸当てごとコボルトは両断された。


「頭のおかしい威力ですね」


 そう相原が言ったが、俺も同じ感想だった。

 今まで加護を受けてこなかったが、こんなにも変わるものなのだ。

 最近は周りのことばかり気にして、あまり熱くなれていなかったが、久しぶりにわくわくしてくる。


 相原に有坂さんと桜を守る役目を押し付けて、俺はコボルトの群れに突っ込んでいった。

 成長を実感できて、なにをすればいいのかシンプルなほど楽しい。

 強化されたコボルトは重い装備を付けていても反応が鈍っていないから力試しになる。


 全力で踏み込めばコボルトは群れで飛び上がるが、その場に下半身を残している。

 だいぶ大きな剣を使うのにも慣れてきて、踏み込みながら振ることができた。

 うまく力を乗せれば、コボルトの反応よりも早く振ることができる。


 下手に力まないで、流れるような動きをイメージすればいいのだ。

 途中まで蘭華が俺に付いて来ようと頑張っているなという考えが頭のすみにあったが、いつの間にか何も考えずに感覚だけになっていた。

 言葉では考えていないが、頭はちゃんと働いている。


 地面を蹴って剣を振るまでの動作が、次の動作にうまくつながって、コボルトの残骸が宙を舞う。

 その残骸が地面に着く前に、次の残骸がまた宙を舞っている。

 気の毒なことに、コボルトは盾でも剣でも俺の攻撃を防ぐことができない。


 そして飛び上がったのでは遅すぎる。

 目潰しのつもりか砂を蹴ってくるが、動きは見えすぎるほど良く見えているから避けられないわけがない。

 猫目のおかげで見えていることに気付いたのはずっと後のことだった。


 たとえ目が見えなくても感知と魔力のおかげで、居場所を感じ取れる自信がある。

 やはり山口さんに暗視ゴーグルは無意味だと言っておいてよかった。

 コボルトの残骸を舞い上げるのが楽しくて、ついつい夢中になりすぎてしまった。


 何時間ハイになっていたのかわからないが、正気に戻った時には自分の心臓の音と激しい呼吸音にギクリとした。

 自分が発していた音だとは思えないほど息が上がっている。


 恐る恐る後ろを振り返ると、4人の呆れたような顔が遠くに見えた。

 酸欠でブラックアウトしそうになりながら、みんなのところに戻った。


「惚れました。弟子にしてください」


 と、相原が安い土下座と共に言った。

 その相原を無視して、俺は三人に謝った。


「つい楽しくなっちゃってさ。悪かったな」

「集中しすぎよ。あんな動きに私がついていけるわけないじゃない。何度も、待ってって言ったのに」

「ありえない動きです。信じられません」


 桜はなにかビビっているような感じだったので、俺は慌てて言い訳をした。


「慣れてるからな。レベルさえ上がれば誰にでもできることだよ」

「……そうかしらね」

「ドロップアイテムはどうした?」

「みんなで拾ったわよ」


 俺の踏み込みに耐えられなかったのか、革のブーツに穴が開いていたので、強化コボルトから出た新しい靴に変えた。

 ブーツというよりはミドルカットのスニーカーみたいな靴だ。

 こっちの方が動きやすいから、蘭華にも同じものを装備させた。


 すでに昼休憩の時間になっていたので天幕を出して休んだ。

 いくら何でものめり込みすぎだ。

 午後は自分ではあまり倒さずに、俺以外の4人の動きを指示しながらやった。


 頭が冷静になったのか、周りの動きがよくわかる。

 相原は状況判断が出来ていないし、蘭華は周りに合わせすぎて動きにキレがない。

 有坂さんはもっと敵だけに集中すべきだ。


 桜は位置取りが危なっかしい。

 それらを指摘していくだけで、有意義な連携が生まれるようになる。

 夢中になって突っ込んでいった俺が言えた義理ではないが、4人とも俺の言う事をちゃんと聞いてくれた。


 新しい加護を受けて、デメリットが減ったことで動けてる部分もあるように思う。

 有坂さんもマナクリスタルを使えるようになった。

 枷が外されたようなものだ。


 気が付いたら、城壁のある宝物庫まで来ていた。

 今回は途中に中ボスも居なくて、東京のダンジョンにボスはいないのかと思っていたら、やはり城壁に空いた入り口の前で待ち構えている巨体がいた。

 5メートルはある一つ目の巨人だ。


「サイクロプスってところかな」

「ど、どうするのよ」


 距離をとって魔法で叩けば倒せてしまいそうな感じがする。

 しかし、せっかくのボスだから俺が自分で倒したい。

 俺は何も言わずにサイクロプスの元まで歩いていった。


 腕の先がブレードのようになっている。

 懐に潜り込んで、魔剣で斬りつけると金属でも殴ったような感触がした。

 有坂さんのトリプルマジックアローを、一つ目の巨人――サイクロプスはマジックシールドで防いだ。


 こいつのマジックシールドは、有坂さんの魔法を三発受けて砕けもしない。

 蘭華が瞬歩で腕に乗り、そのまま駆け上がって目を狙うが、サイクロプスは体を帯電させて対抗した。

 電撃にやられた蘭華が降ってきて、俺はそれを受け止めるて距離をとる。


 蘭華を地面におろすと、俺はもう一度懐に潜り込んで足を斬りつけた。

 わずかに裂けるが、全力で斬りつけてもそれだけだ。

 掬いあげるように腕の先についているブレードを振るわれ、それを受けた俺は10メートルも後ろに飛ばされた。


 相原が突っ込んでいき、振り下ろされたブレードを受けたところで、俺は相原を足場にして飛び上がる。

 目に向かってアイスランスを放ち、それを敵がブレードで受け止めたところに、その腕をめがけて魔剣を振り下ろした。

 バギンという音がして、バリアのようなものが砕けた感触がした。


 どうやらオーラのようなもので守っていたらしい。

 しかし、空中に飛び上がってしまった俺は、思い切りブレードを食らってしまって吹き飛ばされた。

 桜のヒールが飛んできたのか、着地した時には傷が治っている。


 今まで傷一つつかなかった鎧は、切り裂かれて肌が見えていた。

 かなり深い傷を負わされたようだ。

 サイクロプスの足元で相原が叫んだ。


 相原の盾は、もう半分がほとんどつながっていないような状態だった。

 その瞬間マズイと思ったが、もう一度ブレードの攻撃が相原に振り下ろされた。

 マジックシールドの弾ける音がしたが、蘭華が蹴っ飛ばして相原をブレードから逃した。


 蘭華はその場に座り込んでしまっている。

 俺は蘭華の庇うために、全力でサイクロプスに突っ込んだ。

 相手の攻撃を弾き飛ばし、一太刀目で足を両断し、次の一撃で膝をついたサイクロプスの眼に剣を突き入れた。


 オーラのようなスキルを砕いてしまえば、サイクロプスは大した相手ではなかった。

 巨体が炭になって崩れ去る。

 ドロップはサイクロプスのブレードが付いた、薙刀のような槍だ。

 それに幻影のローブが一つ落ちていた。


 よろよろと相原がこちらに歩いてくる。

 脳震盪を起こしているのか、視点が定まっていない。


「お前は無茶しすぎだぞ」

「そうでしょうか」


 半分壊れた兜を頭にぶら下げながら、相原が言った。


「もっと相手の攻撃をよく見ないと駄目ね。今の死んでたわよ」


 蘭華に言われると、相原は赤くなって俯いた。


「この槍はお前のだな。そしてこっちは蘭華だ」


 俺はドロップの槍を相原に投げて、ローブを蘭華に渡した。

 そして俺は宝物庫の中に入って、中心にあったオーブを起動させる。

 無事宝物庫の管理者権限を得た。


「すごい。宝箱が沢山ありますよ」

「こりゃあ壮観だ」


 壁には精緻な彫刻がびっしりと刻まれ、シャンデリアが煌々とした光を放っている。

 内部は最近まで使われていたかのように綺麗だ。

 桜は宝箱の数に驚いたようだが、元々ここは宝物で埋め尽くされていたような部屋だ。


 それなのに宝物は残っていなくて、宝箱が並べられているだけだった。

 宝物しかないよりは宝箱の方がマシだと考えることにしよう。




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