第30話 オーク討伐





「たしかトロールが奥に居座っているんですよね」

「その討伐を伊藤さんにお願いしたいのです」


 マジかよという気がする。

 そもそもオークの掃討さえ、まだ早いんじゃないかというのが率直な意見だ。

 俺だってオークに邪魔されながらトロールの相手など不可能だから、他の参加者にもオークぐらいは相手してもらわないと困る。


「作戦の決行はいつの予定なんですか」

「来月の初週を予定しています」


 あと二週間と言ったところだろうか。

 宝物庫まで行ければ、あとは自衛隊チームのレベル上げを手伝ってもいい。

 格下狩りでは魔光を受けにくいから、パワーレベリングはやりやすいのだ。


 しかし二週間では、そう何度もできるわけじゃない。

 まあ砦を攻めるにしたって、すぐにトロールが出てくるとも限らない。

 無理そうなら一旦引き下がるくらいの判断はしてくれるだろう。


「もし準備に必要なら自衛隊の人材も貸し出せますよ。それに今回の参加者の中から、必要そうなメンバーがいるなら、我々が交渉することもできます。何なりと申し付けてください」


 そうは言われても、使える奴がいるのかどうかすらわからない。

 参加者のほとんどは、俺とは違う入り口からダンジョンに入っている奴らだ。

 俺は自分の考えだけ伝えておくことにした。


「作戦が長引いても大丈夫なように、クリスタルは豊富に買い集めておいてください。それと参加メンバーにはいつでも連絡できるようになってると助かります」


 その後で、実力が足りているかの選定が行われたようだが、俺たちは免除された。

 俺はすぐさま村上さんのところに行って、手持ちのクリスタルをほとんど売ってしまった。

 俺が売ったものだとは知られずに、自衛隊に売って欲しいと頼んでおく。


 村上さんは任せておいてくださいと請け合ってくれた。

 そんなことをしていたら相原から電話がかかってきた。


「伊藤さんはオークの討伐に参加しますか」


 なぜか少し焦ったような声である。


「まあな。お前も参加するのか」

「佐伯さんを参加させるつもりですか! 相手はオークなんですよ!」

「それがなんだよ。オークくらい楽勝だろ」

「レイプされたらどうするんですか!!!」

「なんだよそれ。モンスターがそんなことするかよ」


 そもそもオークという名前でもないし、人間と戦うためだけに生み出された個体である。

 なぜ人間の女を襲うと確信しているのかわからない。


「オークって、イノシシの怪物だぞ」

「そうですよ!! オーク退治に行くというのなら、僕も行っていいですか」

「俺のパーティーに入るのか。別にかまわないけど、おまえのチームはどうするんだ」

「北海道には行きたくないそうです。では二人分空けといてください。伊藤さんのパーティーなら安全でしょう」

「お、おい、二人って―――」


 相原は勢い任せに電話を切ってしまった。

 いったいアイツの精力のようなものはどこから湧いてくるんだろうか。

 いつも全力で生きているなという感想しかない。


 そして俺はまた裏庭ダンジョンまで行って、大図書館の奥のコボルトゾンビを狩りつくして、出たクリスタルを村上さんに卸した。

 睡眠をとる時間もなくて、移動中の新幹線でなんとか仮眠だけは取った。


 それで東京に戻ってきたら、暇そうな蘭華にそろそろダンジョンに行けそうだと言われる。

 一休みして、オーガを倒しに行く準備をしていたら相原がやってきた。

 後ろには小さい女の子を連れている。


「僕を伊藤さんのチームに入れてください!」


 相原は会うなり土下座して頭を地面に叩きつけた。

 石畳にひびが入って血が流れているが相原は微動だにしない。

 俺の隣でスカートをはいていた蘭華は、裾を押さえて怯えた顔をする。


「いきなりすぎて流れが読めねえよ」

「えー、私が説明します。あっ、私はお兄ちゃんの妹で桜と言います」


 相原の連れてきた利発そうな女の子が礼儀正しくお辞儀した。

 長いしっとりとした黒髪が似合う、委員長というかんじの女の子だ。


「兄妹……? 似ても似つかないわ」

「よく言われます。お兄ちゃんは、悪い女に騙されて、貢がされ、同じチームのイケメンにすべて持っていかれて傷心中です。いつものことなので同情はいりません」

「悪い女じゃない!」


 蘭華と同じく、スカートをはいていた桜は、顔を上げようとした相原の頭を踏んづけた。


「お兄ちゃんはこう言っていますが、女の人に初めて肩をポンと触れられて惚れてしまっただけの間柄です。さらにはチームを追い出されて、こうして行くところもなくなって、伊藤さんを頼っています」


「なるほどな」


「お兄ちゃんはカリスマもないのに率先してチームを率いていましたから、もともと煙たがられていたんです。私はそんなお兄ちゃんに連れまわされていました。前のチームではヒーラーをしていました。なにとぞ、兄と私をよろしくお願いいたします」


「お願いしますよ伊藤さん! あいつらみんな宗教なんですよ。愛想尽かしたんですよ」


「宗教というのは、みんなで仲良くまったりと、というのが前のチームの標語だった事だと思います。言うまでもありませんが、愛想を尽かしたのはお兄ちゃん以外の人の方です。今までも、私まで放り出すのは気の毒だという事でおいてもらっていただけなんです」


「伊藤さんに捨てられたら、僕ぁもう行くとこがないんすよ!」


 俺は拾ったつもりがない。

 しかし、別にパーティーには空きがある。

 立ち位置的にも、二人はちょうどいい。

 それに相原はともかく、桜に頭をさげられてしまっては断ることもできない。


「まあいいだろ。これから行くけどついてくるか」

「はい!」


 返事したのは桜だけで、相原は泣いているだけだった。

 思い切り引きずっているが大丈夫なのだろうか。

 さっそく蘭華が桜を更衣室に案内していき、二人はうまくやれそうだった。


「いい妹だな。それに可愛いじゃないかよ」

「いえ、僕に妹属性はありません。どちらかと言えば姉萌えですので、よろしければ差し上げますよ」

「お前のそう言うところが、色々とダメなんだろうなあ」


 相原は頭にはてなを浮かべていた。

 もはや、思いつきで生きてるようなものだ。


「レベルの方は上がったのか」

「少しは。しかし、伊藤さんには、守るものが無くなった男の強さというのをお見せできると思います」




 その舌の根も乾かぬうちに、ブベラッとかいいながら相原は血まみれになって転がされていた。

 突っ掛って行ったオーガに、棍棒で撃ち返されたのだ。

 そこに桜のヒールが入って、相原はむくりと起き上がった。


「だ、大丈夫かよ」

「もう見切りましたよ。次はいけますッ!」


 そう言って突っ掛っていき、また打ち返される。

 どこで手に入れたのか知らないが、相原は鉄の鎧に鉄の兜、そしてカイトシールドまで持っていた。

 まるで中世かどこかの騎士のようだ。


 それだけ守りを固めていれば、オーガの一撃でも即死だけはない。

 最近出回っている、ダンジョンから産出された魔鋼によって作られたものだが、加工技術が確立されていないので、かなり粗悪な作りになっている。

 見ていられないので、俺が前に出てオーガを倒した。


 最初はビビっていた桜も、すぐに順応して魔法で支援をしている。

 相原はもう自棄になっていて、何も考えずに敵に突っ掛っていくだけだった。

 有坂さんと桜のフォローでなんとか戦えているかもしれないくらいの動きだ。


 片手で持った槍くらいじゃ、本当に敵の気を引き付けるくらいにしかなっていない。

 桜にはマナ回復クリスタルを持たせているが、ヒールにもクールタイムがある。

 相原を庇って俺まで何度か攻撃を受けてしまった。


 しかしどんな攻撃を受けても、相手がオーガなら俺は回復に困らない。

 ほぼ俺と蘭華だけで敵を倒して進むことになった。

 昼休みになると、相原は隅の柱に寄りかかり、すさんだ顔つきで天井を見ている。


 少しだけ様になっていた。

 桜は天幕にひとしきり感動したかと思うと、蘭華の昼食作りを手伝い始めた。

 かなり出際のよさそうな様子である。


 桜がボロボロのローブと革の服くらいしか身に着けていなかったので、俺は革鎧とクロークを出してやった。

 相原とは違ってちゃんとお礼を言ってくれる。


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