第27話 連携





 魔光受量値を減らしている時間があまりにも長く感じられてフラストレーションがたまる。

 蘭華たちよりも受ける魔光は少ないから、一人でゴーレムを相手にすることもできるが、イマイチ気晴らしにはならない。


 ダンジョンで出るアイテムの中には、攻撃性能の高い魔獣を宿した鎧なんてものまであるのだ。

 敵からの攻撃を能動的に迎撃し、攻撃もやってくれるようなやつだ。

 宝箱ひとつで、俺よりも探索力のある奴が生まれていてもおかしくはない。


 なまじ知識があるだけに危機感ばかり募って、それなのに何もできない時間があるというのが非常にじれったい。

 だからといってできることもなく、俺は蘭華に付き合って東京観光などをしながら過ごしていた。


 どこに行っても何も感じないし、なにを見ても感動がない。

 前回の探索は中途半端に終わったから、明日にはまたダンジョンに入ることができる。

 それだけがひたすら待ち遠しかった。


 人間は危機に陥ると、体を戦闘状態にするためにドーパミンが放出されるそうだ。

 そのドーパミンという脳内麻薬に依存性があり、ダンジョン中毒を引き起こすということで、ダンジョンジャンキーなる言葉が最近できたそうである。

 まさに俺のためにあるような言葉だ。


「そんなに楽しいかしらね。モンスター退治なんて」

「急になんだよ」


 浅草で串団子を頬張っていた俺は、まるで思考を読まれたかのような蘭華の言葉に面食らった。

 団子を食べる手が止まっていたかと思えば、急に変なことを言いだす。


「暴力と他人の悪意が渦巻いているような場所じゃない。どうして、そんなところに好き好んで行くのよ。怖くはないの」


「怖いことなんて他にもたくさんあるだろ。たとえば将来の話とかさ。だけど、そういう余計なことを一切考えなくていい場所なんだぜ。むしろ楽しいじゃないか。あそこは熱くなって目の前の敵を倒すだけでいいんだ」


 うまいからもう一本だんごを注文しようとしたら蘭華に止められた。

 こいつといると食事内容まで管理されてしまう。

 他人に嫌われることを一切恐れていないから、なんでもありで口を出してくるのだ。


「本当は怖がらなきゃいけない事もあるかもしれないじゃない。考えない方が怖いわ」

「死ねばそれまでだよ。生き残ったら勝ちなんだ」

「でも、モンスターだって生きてるじゃない」


「迷宮に出てくるモンスターは魔法で作られた虚影だよ。同一種はすべて同じ個体から作られたコピーなんだ。よく見てみれば細部まで全て同じだぞ。感情があるように見えて、脳みそや体の中身すらほとんどないんだ」


 本当はもっと複雑で、俺には理解など出来そうもない魔法理論の産物だが、それほど大きく外れた話でもない。

 昆虫タイプや獣タイプなど、規定された行動に多少の違いはあれど、あらかじめ作られた行動パターンに従って、攻撃と守りを繰り返しているにすぎない。


 蘭華は考え込むような仕草を見せた。

 形のいい顔の輪郭と鼻のラインがよくわかる。

 桜色の唇と、白い肌が輝いてみえた。


「剣治が私にさせたいことって何なのよ。それがわからないわ」

「俺が一番にダンジョンを攻略しないと世界が滅ぶかもしれないんだ」

「あら、それは大変ね」


 冗談だと思ったのか、蘭華が笑う。

 しかし、俺はいたって真面目だった。


「マジだぜ」


 言うつもりはなかったが、別にいいだろう。

 そんなことを言いふらすとも思えないし、誰かが信じるとも思えない。


「それで、どうして私なのよ」

「悪意が渦巻いてるって、さっき自分で言ってたろ。いざって時に信用できる奴じゃなきゃな。途中で喧嘩してパーティー解散なんてことになっても、一からやり直しだからな」


 そうなの、と言ったきり蘭華は黙ってしまった。

 俺はもう一本だんごが食べたくてしょうがない。

 蘭華が考え込んでいる隙に注文しようと立ち上がったら、しっかりと裾を掴まれた。


 その日から蘭華は変わった。




 新宿ダンジョンの二層目。

 俺に向かって飛びかかってきた4匹のヒョウを、1匹は有坂さんが魔法で倒す。

 そこに俺を飛び越えて前に出た蘭華が、すれ違いざまにナイフで急所を一突きににしてもう一匹を倒した。


 そして巻き付けたチェーンソードによって、もう一匹も空中で真っ二つになる。

 最後の一匹は俺に蹴り上げられて空中で吹き飛んだ。


「おい、俺を足蹴にするなよ。最悪、足場にするにしても、頭を踏みつけるなよな」


 蘭華は得意げな顔をしているだけで、謝る素振りもない。

 まあ、やる気になったようだからいいかと、俺はそれ以上何も言わなかった。

 自分に所有権があるかのように使っていた俺のナイフを、いつの間にか使いこなせるようになっている。


 ナイフとスキルの効果によって、だいぶ手馴れた動きが出来るようになった。

 以前とは目の前の敵に対する集中力が違う。

 なぜだか追い抜かれそうな気がして、俺も頑張ろうという気になった。


 いくら最高レベルの希少性を持ったナイフを使っているとはいえ、そう簡単にできることではない。

 背が高いわけでもないのに、ハードルの種目で県大会に行っただけのことはある。

 走っている姿を初めて見たときは感動を覚えたくらいだ。


「いかがかしら」

「そのナイフは俺のだからな。貸してるだけだぞ」

「負け惜しみに聞こえるわよ。それよりも今日はもう少し奥に行きましょうよ」


 有坂さんのスキルも多少は上がっている。

 それなりに動けるようになっているから奥に行っても大丈夫だろうと思って、行ってみることにした。

 そこで現れたのはコボルトだった。


 最初に現れた一匹に蘭華が向かって行ったかと思うと、壁を蹴る三角飛びで簡単に背後をとってナイフで斬りつける。

 しかし、レイピアを振り回されて距離をとった。

 もう一度近づくが、盾で受けられて攻撃が当たらない。


 攻めあぐねた蘭華は盾を蹴って距離をとった。

 そこでやっと追いついた俺は、手に持っていた剣を振るう。

 盾と共にコボルトははじけ飛んだ。


 またこいつらの相手かよと、俺はため息をつきたくなった。

 やはりコボルトゾンビよりは動きがよくなっているが、今の俺にとってはもはや雑魚になり果てている。


「何が悪いのかしらね」

「レベルが足りてないんだろ。相手の方が反応がよかったように見えたぞ」


 そもそもスピードだけで後ろをとるのは容易なことではない。

 すでに蘭華の霊力は有坂さんよりも高くなっているが、それでもまだ足りていない。

 俺とは違って蘭華にはスキルもあるが、正面からでは盾に防がれてしまう。


「そう、意外と大変だわ」

「ちゃんと俺が引き付けるから、隙をついて倒せばいいだろ。お前が正面からやり合う必要なんてないんだ」

「それもそうね」


 そのためのパーティーである。

 連携するか、役割を分担すれば圧倒的に負担を小さくできる。

 問題は俺が引き付けるにしても、魔弾やアイスダガーはコボルトに避けられてしまう点だ。


 視界の悪い場所だから、敵が集まりすぎるということはない。

 仕方なく、ファイアーボールを使って広範囲に炎をばら撒くことにした。

 炎に巻かれたコボルトは自慢の盾でもそれを防ぎきれずに、ヘイトを俺へと向けた。


 コボルトの注意が他にそれていないと、今度は俺の攻撃が当たりにくい。

 盾で受けてくれれば簡単に倒せるが、上に逃げられるとどうしようもない。

 それを察した蘭華が、フォローで上に逃げたのを倒してくれた。


 息が合っていて、とてもいいと褒めてくれた有坂さんに、蘭華がそんなはずないと噛みついている。

 しかし、俺としてもあまりにやりやすくて驚いた。

 蘭華が寄って来そうなタイミングはわかるから、攻撃を当ててしまわないだろうかと下手に縮こまる必要もない。


 思い切りでかい剣を振りまわせる。

 この日で、俺はやっとレベル32になった。

 レベルの上りが遅くなってきているように感じる。


 所持していたクリスタルも減りすぎて、このところ相手できているのはゴーレムくらいだ。

 ソロでの探索は限界にきていた。

 裏庭ダンジョンまで行って、もっと上位のクリスタルを集めてくるべきだろうか。


 オレンジとパープルの上位はイエローとホワイトで、その上に透明なクリスタルがある。

 透明な奴は万能なクリスタルで、体力もマナも回復してくれる。

 東京のダンジョンにアンデットが出てくれるのが一番ありがたいが、図書館の知識によれば、アンデットは他のモンスターとは共存しないらしい。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る