第15話 不穏
「超かっこいい、超かっこいい。それ、俺がやりたかったやつですよ。伊藤さん!」
「じゃあ、やればよかったじゃないか」
「いや、僕はまだ素手でコンクリ割る境地には届いてませんから」
相原が隣ではしゃいでいて、講習の内容がよく聞こえない。
犯罪者を捕縛、もしくは排除する義務を負うことになりますと、協会の人が説明している。
それは指名手配犯がでたら捕縛を命じられて、相手が応じなければ殺せという事である。
「でも、仮にレベル21だとしても、素手でコンクリートを割れますかね」
「それは魔力とスキルと霊力次第だよ。それにしても、本当にレベル21だとは私も思わなかった。どうやって上げたんだい」
「まあその辺は教えてもらえないんでしょうね」
講習の内容に集中するのは無理そうなので、俺も話に入ることにした。
「それよりもロビンフットってのはなんだ?」
「東京で一番レベルと霊力が高いと言われている人ですね。なんでもトリプルマジックアローとか言うスペルを使いこなしているそうですよ。日暮里のソロランカーです。たまに遠くから助けてくれることもあって、そう呼ばれてるわけですね。それよりも伊藤さん、フルレットに入りませんか。伊藤さんならミヤコ嬢のハートだって掴めます」
「で、そのロビンフットが有坂さんだってことですか」
「ま、まあ……、そういうことになるね」
「ええ?? マ、マジですか? い、いや、薄々は気付いてましたけどね。だって僕よりレベルが高いなんて、普通じゃありえませんからね」
「黄金のスペルスクロールですか」
「ああ、伊藤君も手に入れたらしいね。初めてダンジョンに降りた時に見つけたんだ」
それなら魔法だけで敵を倒してきた有坂さんでもレベル14ということだ、
クリスタルを通常ドロップしないダンジョンでは、そのくらいが上限になるのだろう。
ほとんどクリスタルだけで回復してきた俺は、相当なチートである。
金色のスペルスクロール自体は、それほどのレアだとも思えない。
大きなチームなら一つくらい出していてもおかしくないはずである。
さっきの金髪はクラウンというチームに所属していて、女の子は赤ツメトロというチームだそうである。
「そのチームってのが、ギルドとかクランって呼ばれてたやつか」
「そうですよ。最近ではチームと呼ぶのが一般的になりました。僕はこう見えてフルレットのリーダーですからね。お二人のような一匹狼は、いずれ淘汰されますよ」
有坂さんはどこにも所属してないらしい。
一人が気楽だという、その意見にすごく同意できる。
気になっていた霊力についての質問にも、小声ながら気安く答えてくれた。
現在、東京のトップといわれる有坂さんで、2400だそうである。
最近では魔法攻撃よりも、槍で囲むのがセオリーになりつつあるそうだ。
なので有坂さんも、どこかしらのチームに入る予定だと言った。
クラウンはありえないし、赤ツメトロは女性しかいないというし、フルレットに入るなら相原の下に付くことになるから、今のところはどれも不可である。
壇上では、発見した地下資源の登録の仕方について話している。
地図でエリアを特定し、協会に申し出れば掘削業者を競売で選んでくれるそうだ。
「他のチームについての情報はないか」
俺がそう聞いたら相原だけじゃなく、有坂さんまで神妙な面持ちで首を振った。
何か聞いてはいけない事を聞いたような感じである。
「抗争中のチームもあるから、メンバーだと知られたくない人も多いんだよ。抗争で死人も出しているからね。メンバーだと知られたら、それだけで命の危険がある。しかも、そういった粗っぽいチームが、名前を変えて活動していることもあるからね」
「死人? 東京のダンジョンはそんなことになってるんですか」
「いや、東京だけじゃないよ。世界中でどこでもそうさ」
「平和なのは、人が誰も近寄れない北海道ダンジョンだけだって言うね」
相原が自分の冗談にヒヒヒと笑う。
「だから伊藤君なんかは、安易に勧誘には乗らないほうがいい。巻き込まれるよ。それが気がかりで、私もどこに入ろうか決められないんだ。人間同士で本気で戦ってるのを、地下で何度も見ているからね」
「僕の経験では、あのイキってる金髪みたいのはすぐ殺されるよね。マジ敵を作るのは簡単だけど、身を守るのは大変だから。あんな風に周りに噛みついてたら、あっという間に敵だらけですよ。特にイキリオタクには気を付けないと。陰湿ですからね。ダンジョンではリアル世界での価値基準なんて糞の役にも立ちませんから」
俺の目の前で息巻いてる男は、まさに陰湿そうなイキリオタクという姿である。
有坂さんも何とも言えないという表情で相原の話を聞いていた。
「海外の軍人がうろついてるなんて話もあるし、私も殺されて間もない死体を目撃したことがあるよ。モンスターにやられたのかもしれないけど、あれをやったのはたぶん人間だ」
なんだか怖い話が色々出て来て嫌な気分になる。
モンスターが出て来て人間を殺してるというのに、どうして人間同士で争うのか。
たぶん、それはダンジョンからもたらされる利益のリソースが有限だからだろう。
そんなことが頻繁に起きるから、チームを組むのが当たり前になっているのだ。
有坂さんくらい実力が先行してないと、そんな状況でソロなんてとても無理だ。
「でも、トリプルマジックアローだけでそんなに、簡単に敵を倒せるもんですかね?」
「それは僕も知りたい!」
「私にはクライミングの経験があるから」
なるほど。岩場を上ってそこから敵を倒すのだ。
しかし、敵にも飛び道具があるから、言うほど簡単ではない気もする。
「マジックアローの魔法は、特性で敵を追尾できるんだ。だから隠れて撃ってればいいんだよ。両手が塞がるから、そこだけ面倒だけどね」
いろいろ種明かしをしてもらったが、俺はあまり話せることがない。
アイスランスとブラッドブレードについてだけ明かすことにした。
どちらも俺が出した金のスペルスクロールである。
俺と有坂さんの話を、相原はとても羨ましそうに聞いていた。
「二人ともずるいなあ。そんなの金スペルの引き次第じゃないか。クソゲーすぎる」
「まあ、切り札になる魔法があれば、相原だって強くなれるんじゃないか」
「いや別に、自分は攻略組のランカーだと自負してますが。二人がちょっと運よく敵を倒せてるだけでしょ。それに伊藤さんはまだ何か隠してますよね」
「まあな」
裏庭ダンジョンについてバレたところで、俺の許可無く入る奴はいないように思える。
それでもダンジョン管理なんかに時間を使うわけにはいかないから、誰かに話すという選択肢はない。
俺たちはそんなことを話していて、ろくに講習は聞いていなかった。
情報はあとでネットで拾えばいいだろう。
そのあとでレベルを申告し免許が交付された。
協会を手伝う希望者は残ってくれと言われて半分くらいはその場に残った。
レベルを上げたものだけを集めたのは、これのためだろう。
しかし、オーク討伐や指名手配犯が出た時の有志として手伝ってほしいという話で、それを聞いたほとんどの奴は帰ってしまった。
まあ、命がけで手伝うことになるから、メリットがまったくない。
「自衛隊から特別な情報提供も受けられます。多少の便宜を図ることも可能ですよ」
協会の人はそんなことを言っているが、今日集まった奴らは、お金を稼ぎたいだけだ。
多少の便宜程度では、犯罪者を敵に回したり、金になるかもわからないオークを倒せと言われる対価にはなっていない。
いくらなんでもリスキーすぎる。
赤ツメトロのリーダーだという少女と、俺たち三人、それと10人ほどが最後までのこった。
俺たち三人は身内話に盛り上がっていて、帰るタイミングを逃しただけとも言える。
それで手伝うという話になってしまった感じである。
しかし、俺と同じように有坂さんも最初から手伝うつもりでいたに違いない。
メールで連絡するから、なるべく協力してほしいと頼まれて終わりだった。
あまりにも協力的でない者が多すぎて、協会側も面食らっている感じである。
それで講習は終わりとなった。
「あんたすげーな。あのパンチさ。どんな魔法を持ってんだよ」
帰り際に赤ツメトロの京野が話しかけてきた。
あまり自分の使う魔法については話したくないので、答えを濁した。
「体全体を覆うバリアのようなスキルがあるんだよ。それ以上は教えられない」
「じゃあ武器は何だよ。それくらい教えてくれたっていいだろ」
俺が両手剣を見せると、どこで出したんだと聞いてくる。
俺は栃木だと適当に答えた。
今日、金髪が持っていた武器は、以前に俺が売ったシミターである。
そして目の前の京野が使っているのは、俺が骸骨から出した槍だろう。
意外と狭い世界である。
京野は俺に名刺を渡して言った。
「欲しいアイテムがあったら連絡してくれ、なんとかなるかもしれない」
「僕も名刺が欲しいな」
「おめーなんかに用はねえ」
相原はフラれた。
俺としては、まあチーム名を名乗れる所なら、関わっても平気だろうと考えることにした。
赤ツメトロとフルレットくらいなら、まあ大丈夫だろう。
クラウンも態度が悪いだけで、どこかの大学のサークルという感じもする。
しかし、トラブルメーカーになりそうなので関わるつもりはない。
その後は有坂さんたちとご飯を食べに行き、その後で販売会に行こうという話になった。
相原は、そんなところで買えば割高だから、ネット通販で最安値を買うべきだとか文句を言っていたが、どうやらついてくるようだった。
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