第12話 ダンジョン管理法



 石の上で寝ていた俺は、バランスを崩しそうになって目を覚ました。

 この石でできた森に出てくる、犬――たぶんコボルトのゾンビは非常に厄介である。

 いつものように怒りに任せて斬りかかって行けば、負ける可能性が高すぎて、さすがの俺も慎重に動かざるを得なかった。


 しかし探索に夢中になった俺は奥に進みすぎて帰れなくなり、大きな石の上で寝ることになってしまったのである。

 コボルトの群れに見つかる危険性があるため、無造作に歩き回るわけにはいかないのだ。

 俺は目覚ましにインスタントコーヒーを淹れて、ラーメンを二袋茹でて食べた。


 こんな味のしないコーヒーは初めてである。

 これなら缶入りのエナジー飲料でカフェインを摂取したほうが良さそうだ。

 それに食べ物も、食べる時に音がするラーメンを選んだのは良くなかった。


 食べ終えたら下に降りて、あたりの気配に神経を向ける。

 しばらく移動すると足音がしたので、そちらに向かい、三匹のコボルトを見つけた。

 うまい具合に二体が重なり、こちらから気をそらしたタイミングを狙ってアイスランスを放つ。


 俺の魔法が完璧に敵をとらえて、二体がばらばらになった。

 骨と皮と腐った肉を無理やり組み立てたような体だから、盾さえ使わせなければこうなる。

 残った一匹が向かってくるが、魔弾で上に飛ばしてから、着地のタイミングに両手剣を全力で突き入れた。


 剣は盾を貫通してコボルトの急所を貫いていた。

 俺はうまく倒せたことに安堵して、流した冷や汗をぬぐった。

 ドロップアイテムはパープルクリスタルとオレンジクリスタルだ。


 ちゃんとこちらから仕掛けるような形にできれば、一瞬で片付けることも難しくはない。

 しかし相手に先に気付かれると、勝てるかもわからない本当に危険な接戦を強いられる。

 村上さんの話では、倒した敵の近くに居るのが5人までなら、霊力の取得が公平に分配されるようになっているらしい。


 もしこれがゲームなら、明らかに上限でパーティーを組む前提の難易度である。

 ヘラジカだって脇に回らず正面から倒すってのは、まともな戦い方じゃないだろう。

 前方はガードが堅く、狙いもつけにくい。


 正面であたふたしていたら、強力な魔弾を連打されて、あっという間に盾をバラバラに壊されてしまった。

 盾は丸い木製の板に、薄っぺらな革を打ち付けただけの簡素なものだった。

 もう少し強い装備か魔法、スキルが欲しいところである。


 あのオークゾンビのリポップを待つか、パーティーメンバーをそろえるかすれば、もう少しは楽になるだろうが、どうしたものだろうか。

 あの金色のスペルスクロールに匹敵する何かが、もう一つあれば現状は変わる。

 この場所を他人に教える気はないのでパーティーの案は取れないのが辛いところである。

 となればオークだが、ボスだからリポップしない可能性もある。


 いや、どれも消極的過ぎるなと考えなおした。

 どうせゲームみたいなもんなんだから、レベルを上げればいいのだ。

 ここに居るモンスターを全部倒す頃には、そんな悩みはきれいさっぱりなくなっていることだろう。

 まっすぐ帰ろうと思っていたが、それはやめてコボルト狩りを続けることにした。


 背を低くし、なるべく音をたてないように移動する。

 気づかれたとしても、相手が動き出す前に攻撃を仕掛けるつもりで当たる。

 今やるべきことはそれだけだ。


 伊藤さんが持ってくる武器は重すぎて評判が悪いですよ。

 私なんか、この両手剣を持ち上げることもできないんですからね。

 村上さんがそう評した両手剣に、遠心力を上乗せして振り回しているというのに、ヘラジカの角はそれを弾き返してくる。


 疲れが出てくるのが早い。

 寝起きだというのに昨日の疲れが残っていて、いまいち踏ん張れない。

 俺は腹に力を入れなおして、もう一度剣を振り下ろす。

 その一撃は敵の角を叩き折り、浅いながらもなんとか相手の体を切り裂いた。相手はバランスを崩したので、あとは畳みかけるだけだ。


 これだけ苦労して倒してもドロップアイテムはなかった。

 どっと疲れが出て、俺は石に寄りかかって少し休憩することにした。

 魔光受量値にはまだ余裕があるが、どのくらい時間がたっているのかわからない。

 5000円もしたGショックは、戦っている内に壊れてしまったらしく動かなくなっていた。


 それに今回は回復クリスタルとマナクリスタルを、売ればいくらになるかもわからないほど使ってしまっている。

 それでもダンジョンで戦うことがやめられないのだ。

 レベルのおかげなのか、少しの休憩でも体の疲れは抜けた。


 それから気を失う寸前まで石の森を歩き続けたが、ついに端まではたどり着かなかった。

 ヘラジカを8体、コボルトは30以上倒しただろうか。

 仕方がないので、とぼとぼと来た道を引き返しはじめる。

 また、ぎりぎりまで粘ってしまったと後悔が訪れる。長居すればするほど、帰った後で肉体に出る痛みは大きいのだ。



伊藤 剣治

レベル 20

体力 692/692

マナ 414/414

魔力 131

魔装 167

霊力 13399

魔弾(13) 魔盾(9) 剣術(14) オーラ(16)

アイテムボックス(5)

アイスダガー ファイアーボール

ブラッドブレード アイスランス

魔光受量値 3916



 高値で売れるようなドロップもなかったし、ひたすらアイテムを失っただけの探索だった。

 ドロップアイテムは、ほとんどがパープルクリスタルとオレンジクリスタルだ。

 それでもクリスタルを売る気にはならない。


 ここで霊力を使って回復などしたら、先に進めなくなる。

 今は投資だと思って、このぎりぎりの戦いをできるだけ続けるべきだろう。

 現時点で、オレンジ21、ブルー51、パープル12が手持ちである。


 家に帰ると、ちょうど日も陰ってくるかというところだった。

 それから二日ほど寝込んでいる間に、政府もやっと探索協会という組織を立ち上げた。

 ここで許可証を受けるとダンジョンへの入坑が許可されるようになるそうだ。


 同時に武器の携帯も許可されるようである。

 すでに研究者と調査隊、自衛隊は公式にダンジョンに入ってるが、それが一般人まで拡大される。

 一般人と自衛隊が衝突したり、空洞内での殺人事件なども起きていると言われているが、それらの問題はどうなるのだろうか。


 政府としてはなんとかしてそれらを管理できるようにしたいのだろう。

 これ以上放っておけば、許可制にして管理することも難しくなるという判断だろう。

 現在ダンジョンに入っているのは、アウトローなのも多い。

 海外では銃を持ってダンジョンの入り口に立っていた軍人が殺されたりしているのだ。


 俺のダンジョンは今まで通りモグリでやって行けるだろうが、いつかは他のダンジョンに行くことも考えて登録くらいはしておいた方がいいだろうか。

 それに北海道のオークを討伐するというなら、積極的に参加したいと思っている。

 加えて、万が一どでかい鉱床のような地下資源を俺が見つけないとも限らない。


 すでに調査隊が壁一面の鉱床を発見して大騒ぎになっているのだ。

 それら地下資源に関しては、特殊地下空洞管理法によって見つけたものの所有権になる予定である。

 ダンジョン内は地上の一部ではなく異世界と見なす法律である。


 そのためにも、やはり協会に入っておかないと、後々不利益をこうむる可能性がある。

 今週中には法律が施行されるようなので、これからダンジョン探索は一獲千金を求める者たちであふれることになるだろう。

 争いや揉め事も多くなる。


 リポップが遅いことから縄張り争いだって起こらないわけがない。

 だから、より人が少ないところに行けるよう、霊力は貯めておくべきだ。

 最近ではクランとかギルドとかの民治組織もできたそうで、そっちにも所属しておかないと割を食う可能性がある。


 このダンジョン管理法が認めているように、ダンジョンの中は異世界という扱いであり、国内法は適用されないのが世界的な認識である。

 つまりダンジョン内は、法の支配が存在しない無法地帯なのである。


 そこにやっと一つの法律が適用されたというところであり、これは国際社会から、そういった圧力があったという事である。

 どういった思惑でそうなったのか知らないが、俺にとってはどうでもいいことだ。


 もう一つのニュースとして、ダンジョン内で取れる鉱石から、武器の生産が可能になったという話があった。

 高エネルギー結晶体ではなく、鉱物である。


 名古屋と京都の間にできたダンジョン入り口から産出され、それを名古屋大学が研究してダンジョン内で有効な武器を作り出したそうである。

 ダンジョン内の鉱物は火薬との相性が良くないため、銃の開発が成功する見込みはないそうだ。


 すでにステータス強化や、その他の性能付き武器がダンジョンからは見つかっているので、モンスターにダメージが与えられるだけでは大したことがない。

 それでも、これからダンジョンに入る者にとっては朗報である。



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