第10話 査定




 風邪薬の効能欄に書かれているようなことが、すべて同時に来たような苦痛を味わった。

 ようは頭痛、悪寒、発熱、吐き気、関節の痛みである。

 痛み止めを飲もうが、何をしようが、この苦痛は癒えなかった。


 それでも熱に浮かされながら頭にあったのは、ゾンビオークやゾンビハイゴブリンと戦った記憶である。

 あのとてつもない迫力の突進と、ハイゴブリンによるスピード感のある戦闘。

 考えを巡らせて思ったのは、レベルウエイトが重要だという事だ。


 近接戦闘では力負けした段階で、バランスを崩して一方的に攻め立てられてしまう。

 マナクリスタルが豊富にあるから、魔法で遠くから一方的に攻撃するという手もあるが、リキャストタイムの問題があるから近接戦闘はどうしても必要になる。

 そして体力回復クリスタルは、ただ純粋に戦闘を維持するためと、命の安全を確保するために、もっと必要だ。


 二日寝込んで魔光受量値が3桁になったら、無理して村上さんのやっているリサイクルショップにやってきた。

 売りたいものも多くはないが、俺は彼女の持つ情報が欲しかった。


 安いスキルストーンとヘマタイト武器くらいしか出ていない。

 魔法書はハイゴブリンから出たアイスダガーが一枚だけ余っている。

 ドロップ率は全体的に低めにあるように思うから、最初に色々と都合よく揃った俺は、かなり運がよかったのだろう。


「こんにちは伊藤さん。売り物ですか」

「ああ、査定してもらえるかな」


 村上リサイクルショップは、田舎の畑の中にポツンとあるプレハブだ。

 最近では、第82地下空洞地上開口部と正式名称が付いたダンジョンの近くにある。

 この界隈では一番大きなリサイクルショップである、というか栃木県にはここくらいしかない。


「伊藤さんは回復クリスタルを売らないんですか? 今は一番お金になりまよ」

「ああ、自分で使っちゃうからね。やっぱり需要があるんだ」

「なにを言ってるんですか。もう病院が廃業になるって話ですよ。なんでも治しちゃうもんだから薬はいらないって」


 それは盲点だった。

 てっきりダンジョンの攻略に使う以外の使い道はないと思っていた。

 そんな使い道があるのなら、さぞ高値で売れるのだろう。


「レッドクリスタルとオレンジクリスタルの相場だけ教えてくれないかな」

「レッドクリスタルは10万ですね。でも、どんどん下がってます。売るなら今のうちですよ。オレンジは聞いたことがありませんね。伊藤さんが出したんですか」

「まあね。あと、アイスダガーも売りたい」

「わっ、ありがとうございます。最近だとこれが一番よく売れるんです」


 話を聞く限り、東京の方のダンジョン攻略はあまり進んでいないようである。

 査定を待つ間、俺は椅子に座って出されたコーヒーを飲んだ。

 若い店主の店だけあって、コーヒーを出してくれるなんて気が利いている。


 それにしたって、オレンジクリスタルくらいなら出ていてもおかしくなさそうだが、この辺りの連中はまだゴブリンを倒しているのだろうか。

 疑問に思った俺は、世間話のついでに情報を引き出すことにした。


 適当に話を振ると、村上さんはいくらでも話してくれる。

 話しを聞くかぎりは、攻略がまったく進んでいないようだった。

 俺は偶然回復アイテムのドロップが多いダンジョンに入っているから運がよかったのだ。

 それに今はブラッドブレードまであるし、武器も魔法も早い段階で見つけることができた。


 最近設立された自衛隊の攻略チームともなると、アイテムを買いそろえて効率的な攻略を目指しているらしいが、それ以外のアイテムハンターたちは、入ったり引き返したりの繰り返しで、ほとんど進んでいないそうである。


 この店の客でも、レベル9が最も高く、あとは5前後が数人といったところらしい。


「スペルスクロールなんて高いものだろ。それを、そんな入り口あたりで攻略してる人たちが買っていくのかい?」

「ふふっ、ずいぶん強気なものいいですね。そうですよ。入り口のあたりで攻略している自衛隊の人たちが主に買っていってくれますね。数を集めれば集中砲火で安全に倒せるじゃないですか。だって、いきなり剣で魔物に斬りかかって行く人は、そうそういないですよね」


 俺や初期の掲示板にいた人たちは、素手や石ころで立ち向かっていったのだ。

 あの人たちは今ごろどうしているのだろうか。

 さすがに入り口付近でもたもたやってはいないだろう。


 かつてはお世話になった掲示板も、あまり見なくなってしまっている。

 回復手段のなさが理由なのか、とにかく情報が遅いのだ。

 いつまでたってもゴブリンの次のモンスターの情報が入ってこない。


 村上さんの話だと、最近はパーティーを組んでダンジョンに入るのが一般的になっていて、あまり外との情報共有がなされなくなったそうである。

 ダンジョンが金になることから、ガラの悪い連中も増えて、有益な情報を周りに与えても自分の首を絞めるだけの結果にしかならないということだ。


 俺がふと殺気を感じて振り返ると、村上さんが俺に銃を向けていた。

 いや、おもちゃのエアガンである。

 なんの冗談かと思っていたら、いきなりそれを撃ってきた。


 商品に当たったら穴が開くぞと思って、俺はその飛んできたBB弾を掴んだ。

 なぜそんなことが出来たのかわからないが、なぜかできたのだ。


「す、すごいですね。それを掴めるってことは霊力が1500はありませんか。というか、なぜ撃つのがわかったんですか。後ろ向きから掴んだ人なんて初めて見ましたよ。あっ、これは相手の強さを測るために、最近流行っているテストなんです。急に試してすみませんでした。あまりに自信がありそうな口ぶりだったので気になって……」


「千、二千どころか一万あるよ」

「そっ、そんなわけないじゃないですかー。やめてくださいよ、もう。一瞬信じちゃいましたよ。東京の一番強い人でも2000くらいを行ったり来たりらしいですからね。でも伊藤さんは間違いなく私が知ってる中で一番強いですよ」

「行ったり来たりってどういうことかな。ちょっとステータスについて知っていること全部教えてくれないか」


「いいですよ。まず魔力はスキルと魔法の威力を表す数値です。魔装はスキルと魔法に対する防御力になります。霊力は全ての身体能力に影響します。頑丈さや、力の強さ、素早さなどですね。肉体を回復するのにも消費しますし、マナを回復するのにもステータスの数値と同じだけ消費します」


「霊力を使った回復? それって念じればできるのかい?」

「ええ、そうですよ。ゆっくり回復するじゃないですか。それが霊力を使って回復するってことですよ」

「え……、じゃ、じゃあ、回復にクリスタルを使った場合はどうなるのかな。クリスタルなら霊力は減らないよね」


「うーん、そうなりますかね。だから自衛隊の人はあんなにクリスタルを集めてるのかもしれませんね。あまり出ないし、みんなイザというときのために自分の分を持っておきたがるから、数が流通しないんですよ。あと霊力を消費するスキルを持つ人もいるらしいですよ。それが、とても強力だとか言う話ですね」


 ならば回復アイテムが出まくる裏庭のダンジョンは、めちゃくちゃ有利である。

 そのシステムのせいで、俺だけやたらと攻略が進んでいたのだ。

 強さを引き換えにして回復していたのでは、攻略が遅いわけである。

 俺なんて、今まで一度もアイテム以外で回復したことがないくらいだ。


「東京にいる霊力2000の人は、車にはねられても、なんともなかったそうなんですよ。むしろ車の方が大きくへこんだって言ってました。ふふふっ、笑えますよね」


 まったくそんな実感はないが、俺なんてもう車をバラバラにするレベルである。

 それだけ俺の体がダンジョンの物質に置き換えられているという事だろうか

 それともダンジョンの持つ力を、俺がそれだけ吸収したのか。


 よくわからないが、霊力の値が最も重要なのは確かだろう。

 となると霊力をタダで節約できるブラッドブレードのようなスキルは、とてつもなく貴重だ。

 もしこれがゲームなら、裏庭ダンジョンのドロップはかなりのバランスブレイカーである。


「回復魔法が出たって話は聞かないよね」

「ヒールの魔法は出たそうですよ。回復がないと剣を持って戦うなんて無理ですよね。でも数は本当に少ないんですよ」


 それでダメージを食らわないために、パーティーで攻略するのが流行っているのだ。

 なるべく霊力を消費せずに攻略すれば、それだけ強くなれるし安全も確保される。

 しかし、それだとかなり長いこと魔弾のお世話になるしかなくなる。


 そこで査定が終わり、少しだけ財布に余裕が出来た俺は店内を見て回った。

 マジックアローのスキルストーンと、シャープネスブレードのスペルスクロールくらいしかない。

 どちらも300万と書かれている。


 マジックアローは両手じゃないと使えないというし、俺の武器は切れ味などない原始的なものである。

 むしろ切れ味がないからダメージが与えられるとも考えられる。

 それに今ある魔法とも競合しそうなので必要性は感じない。


 俺は壁に掛けられていた雑な作りの小さなショルダーバッグと、鎧の下に着けられそうな水筒機能がついているリュックサックを買った。

 リュックサックの方は、迷宮産の素材ではなくナイロン製である。

 荷物をいじらなくてもホースから水を飲むことができる便利なヤツだ。


 それとアイスホッケー用のヘルメットを1ダースほど買った。

 高いものだが、ファイアーボール一発で駄目になってしまうから、替えが沢山必要になる。

 あとは休憩中に温かいものを飲みたかったので、キャンプ用のバーナーやクッカーなどを軽さ重視で揃えた。


「オーク狩りの誘いがあれば、参加しますか?」


 去り際にそんなことを聞かれた。

 そんな話が出ているのだろうか。


「絶対に嫌だよ。俺でさえ一体倒すのがやっとだったんだ。それも足場の悪いところでなら、まず勝てないだろうね。知り合いが参加しそうなら絶対に止めた方がいいよ」


 ゾンビが生身と同じ強さかはわからないが、俺はそれだけ言って店を出た。

 たぶん村上さんは、俺がオークを倒したなんて話は信じなかっただろう。




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