Keep Burning
ドラム缶で何かを燃やしている男がいる。
たまに残業をすると、路肩で何かを燃やしている男がいる。私は、良いのかなぁ、と思いながらもバイクで素通りをしていた。
その日残業を終えると、雨が降っていた。私は事故を起こさない程度に家路を急ぐ、やはり、路肩ではあの男がドラム缶で何かを燃やしていた。
雨もあって、やや低速でバイクを走らせていた私は、好奇心に負けた。速度を落として、男の傍らで停まる。
「失礼、いつも何を燃やしてるんですか?」
私がそう声を掛けると、男はびっくりしたようだった。怯えているようにも見える。だが、人目につきたくないなら、もっと場所はある筈で、こんなところで燃やしているのだから、今までだって聞かれたことがあるに決まっているのだ。
「……化け物を燃やしています」
「なんですって?」
私は思わずドラム缶を覗き込んだ。そして「ひっ」と情けない声を上げ……それが何なのかに気付いた。人形だ。
「お焚き上げ、ですか?」
「そんな可愛いものじゃありませんよ!」
男は怒鳴った。それから慌てた様に言う。
「ち、違うんです。あなたに怒ったわけでは……」
そして彼は話してくれた。これはもともと、浴衣を着た人形だったらしい。彼の娘の持ち物だったが、娘が不慮の事故で死亡してからこの人形も供養に出した。男と妻の目の前で、確かに人形は燃えた筈だった。
「それなのに、戻って来て……」
何度でも娘の部屋に戻ってくる。同じ人形があったのではないかと私は思ったが、そうすると目に付くところに出てくるのは確かに辻褄が合わない。
「だから、こうやって燃やし続けてるんだ、何度も何度も何度も!」
彼はその人形が娘の仇であるかの様にドラム缶を睨んだ。私は、もうかけるべき言葉が見つからなくて、口をつぐむ。
「……変な話を聞かせてしまって申し訳ありません」
「いえ、私が訊きましたから……風邪と火傷に気をつけて」
よく眠れると良いですね。
私は彼にそれだけ告げると、再びヘルメットをかぶってバイクにまたがった。
翌日、雨の上がった通勤途中で、私はあのドラム缶を見かけた。煤だらけのドラム缶は朝日の中でどこか場違いなたたずまいを見せている。
その時は疑問に思わなかったが、あとでふっと思い出した。
いつも残業帰りに彼を見かけても、翌朝あそこにドラム缶はなかった筈だ。彼は毎回片付けていたのだ。昨日は、どうして?
雨が降っていたからだろう。私はそう結論づけた。
後日、私は男がドラム缶から離れたところで焼死していたと言う新聞記事を見付けて仰天した。まるで何かから逃げたかの様であったと言う。
『ドラム缶の中で何を燃やしていたかは不明である』
人形は焼けなかったのだ。
私は通勤経路を変えた。私には何も起きなかったが、今でもあの道は通る気にならない。
(ドラム缶、浴衣、人形)
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